表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

5話 桃色の通学路

 時刻は午前7時50分、悠斗の通う高校は8時20分までに着席すれば良い。初夏の陽気を肌で感じながら、静かな住宅街を一人寂しく歩く。


「……昨日は散々だったな」


 その起因である金色に染まった髪を弄りながら、小さく呟いた。クラスでは避けられ、声をかけられたと思えば会話が出来ないやつだったのだ。


 ただ、なんとかなるだろうと思う程度には楽観的だった。そんな風に思えるのは、あいりのおかげだろうか。


「昨日は災難だったね〜」と慰めるような声が聞こえてくる。


「まぁ、あれが普通の反応だよな……」


 金髪が悪いのだと、どこからか聴こえてきた幻聴を慰めに、悠斗は歩く。


「悩みすぎるなよ、金髪少年」

「いや、別に悩んでるわけじゃ……」


 幻聴がまだ続くのかとそれに答えながら、足を止めた。


「え? 」


 その声の主を探すように横を見下ろせば、桃色の髪が風になびく。二つに分けられた短いツインテールが左右に揺れ、制服であるワイシャツの胸元は大きく開かれていた。


「おはよう柊君!人生は行動がすべて!全速前進だ!」


 その少女は右手を軽く挙げて、その細い腕で小さく敬礼のようなポーズをとった。


「お、おう」

「そうそう!グッジョブ!」


 少女は、親指を立てて白い歯をキラリと光らせた。その勢いに、悠斗はたじろいぐ。


なんだ?この不審者は……。


 思わず後ずさるが、少女は気にする素振りもなく、


「ふーん、なるほどねぇ~」


 瞳をキラキラさせながら、納得するかのように頷いた。一体何なんだ……と、悠斗がその奇抜な行動にドン引きしていると、少女はその大きな瞳で、悠斗の顔を覗き込む。


「ねぇねぇ?どこから来たの?」

「どこって……家から?」


 その勢いにまた一歩後ずさりながら答える。悠斗は、この桃色髪の少女に見覚えがなかった。

 ただ、どこかで見たような……と、そんなデジャブを感じる。


「違う違う、転校生だよね?前はって意味〜」

「あぁ、東京だよ」


 違和感を感じながらも、悠斗は素直に答えた。なにせ対人スキルが皆無なのだ。


「うわぁ、大都会じゃん。こんな時期に珍しいね。親の転勤?」

「まぁ、色々あって…一人暮らし」


 主導権は少女にあるようで、悠斗はたじたじになりながらも、なんとか答えた。その答えに満足したのか、少女はまた親指を立てて白い歯を見せる。

 その屈託のない笑顔に思わずドキリと鼓動が早まる。


「いいね!いいね!好き放題出来る!」

「そうか?」


 現実はそう甘くないぞ。掃除に洗濯、食事の用意などやるべき事は多い。

 そもそも悠斗は、逃げ場を求めただけだった。


「ウチは家族多いから、ぎゅうぎゅうの牛小屋だぜ」

「…へぇ」


 牛小屋に駄洒落をかけてるのだろうか?少女は、苦笑いを浮かべる悠斗に「あれ?」と首を傾げる。

 そんな一瞬の間が悠斗に先程から浮かんでいた疑問を思い出させた。


「ところで、誰?」

「覚えてないの?教室に居たんだけどな~」


 少女は、腕組みをしながら首を捻る。教室という事はクラスメイトなのだろうか?


「いたっけ?」

「ガーン!めっちゃショック!」


 そう言って大袈裟にのけ反った。そのオーバーリアクションに、思わず悠斗は苦笑いを浮かべる。

 昨日の事を思い出してみるが、初夏を感じさせない冷たい空気に迎えられ、クラスメイトの顔をろくに見ていない。


 思い出したら胸が痛くなってきた……。


「すまない」

「しょうがないなぁ~もう。許してやんよ」


 悠斗の肩をポンポンと叩きながら、少女は満足そうに微笑んだ。


「君が教室入って来た時、マジで興奮しちゃったんだよね」

「え?なんで?」


 少女は目をキラキラさせながら、笑顔で両手を軽く叩く。


「うぉ~ヤンキーだ!本物初めて見たすげぇ~!って」

「……俺はヤンキーじゃないぞ」


 悠斗は思わず溜息をついた。その溜息を、少女は「またまたぁ~」と笑い飛ばす。


「昼休みカツアゲしてたじゃん?失敗してたけどね〜あはは」

「してねーよ!」


 咄嗟に否定しながら、なんの事かと記憶を辿る。教室での記憶……カツアゲ……もしかして……。


「ウチの目は誤魔化せないぞぉ」

「いやいや、違うんだって!」


 あれはなけなしの勇気を振り絞って、一緒に昼飯を食べないかと声をかけたのだ。そして、見事に玉砕した……。


「あ、そういえば」


 そんな悠斗を他所に、少女は何かを思い出したかのように手を叩いた。


「放課後、こばとに絡まれてたよね」

「こばと?」


 悠斗は首を捻った。いったい誰の事だろう?


「牛乳瓶の底みたいなメガネ」


 少女は両手の指を丸めて眼鏡のような形を作ると覗き込む。


「ああ、あの変なやつか?」

「そう!あの変人!」 


 悠斗の答えに満足したのか、少女はウンウンと首を縦に動かした。その表情は喜びに満ち溢れている。


「あのメガネ、こばとって言うのか」

「あたしがボケたら、クソ真面目にツッコんでくんの。面白いヤツだよ」

「そんな愉快なイメージは無かったけどな」


 どちらかと言えば恐怖を感じたのだ。


「こばと、布教したいアニメがいっぱいあるみたいなんだよね」

「アニメやら二次元やら、よくわからない事を言われたな」


あれは布教活動の一環なのか?


「三度の飯よりアニメが好きみたい」

「……はは」


 思わず苦笑いが漏れる。オタクに偏見はないが、あの狂気じみた迫り方は、さすがにと感じてしまう。きっとあいつも友達がいないのだろう。

 悠斗の乾いた笑い声に、少女はククッと笑う。


「君もオタクの世界においでよ~」


 冗談なのか本気なのかわからない声色で、小さく手招きをした。悠斗はその言葉に、また苦笑いを浮かべる。


「勧誘はほどほどにしてくれ」

「おぉ!ありがとう!こばとすっごく喜ぶと思う!」


 悠斗の右手を両手で掴み、少女はブンブンと振った。


「え?」


 やんわりと断ったよな?と思いながらも、その勢いに思わずたじろいでしまう。あの瓶底メガネと仲が良いのだろうか?

 だが、悠斗は屈託のない笑顔で喜ぶ少女を見て、否定するのを諦めた。


「ヤンキーなのにやっぱ怖くないね。もしやマイルド路線?」

「いや、これは……」


 茶髪にしようとしたら金髪になった。……なんて言ったら更にいじられる気がする。


「でもヤンキーならもう少しキャラ作った方が良いよ?」

「だ・か・ら!ヤンキーじゃねぇっての!」


 思わず大声を上げてしまった。


「あはは。良いツッコミするね!」


 だが、少女は悠斗の反応に親指を立てて、白い歯をキラリと光らせた。だから、そのドヤ顔やめろ。思わず心の中でツッコむ。


 そんな事を考えていると、少女は右手を軽く上げ敬礼のようなポーズを向けてくる。


「ではさらば!健闘を祈る!」


 唐突に告げるとエンジン音を真似るように口を鳴らし、両手を広げて駆け出す。その小学生のような後ろ姿に悠斗は苦笑い浮かべた。


「あんなやついたよな」


 子供時代に一人はいるような、無駄に元気なやつ。幼少期の記憶が抜け落ちてる悠斗だが、どこか懐かしい——そんな気持ちを感じた。


 もっとも彼女は立派な女子高生。ただ、悠斗はそんな懐かしい気持ちにさせる少女に、惹かれるモノを感じたのだ。


「あ、名前聞き忘れた」


 まあ、クラスメイトなら昼休みにでも聞けるか。


 ようやく静寂を取り戻せた通学路を、悠斗はゆっくりと歩くのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ