49話 夏の思い出
りっちゃんと入れ違うように屋上に入ってくる翔子。夏風でなびく髪を押さえながら、こちらに向かってくる。
「よ、よう」
「りっちゃん、今日も香水キツいね」
翔子はそう呟くと、フェンスに寄りかかった。
「……ああ」
「……」
雲一つない快晴の青空を見上げて、彼女は押し黙る。太陽はさんさんと輝き、心地よい風は二人の頰を撫でるように優しく吹き去っていくが、その沈黙はどこか重かった。
「……悠斗も時間、間違えた系?」
「ああ、まあな」
「……そっ」
「……」
ぎこちない空気が二人の間を流れる。その原因はわかっている。だから、距離感を掴むように、相手の出方を伺うように沈黙しているのだ。
「みなっちから聞いたよ」
「え?」
「幽霊の話」
「……ああ」
最初に切り出したのは翔子だった。
「……ほんとに幽霊だったの?」
「さあな……てか、佐々木からどこまで聞いたんだ?」
「その子、みなっちの幼馴染だったんでしょ?」
「……そうだな」
彼女はフェンスにもたれかかって空を見つめる。相も変わらず青一色。雲一つない快晴だ。
「……どうでもいいかな」
「なんだよ、急に」
怪訝そうに翔子を見ると、彼女は大きく伸びをした。そして、右足を引くと悠斗の足を蹴りつける。
「いてッ!?なにすんだよ?」
蹴り飛ばされた足をさすりながら睨むが、彼女は悪びれる様子もない。
「イライラしたから、これでチャラな」
「意味わかんねぇぞ」
「……馬鹿悠斗」
心底呆れた表情で悠斗を見つめていた。
「悠斗のせいでダンジョン攻略遅れてんだからね」
「あぁ……」
「幽霊の事はもう吹っ切れたんだよね?」
「どうだろうなぁ……」
悠斗は苦笑いを浮かべる。はっきりと諦めたと言えるほど、吹っ切れていないのだ。
「ラインの返事は返しなよ」
「……はは」
翔子にそんな事を言われるなんてと思いながら、愛想笑いで誤魔化す。
「……心配かけんなよ」
小さく吐き捨てるように呟く翔子。それは、意外な言葉だ。悠斗が驚いていると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「友達なら心配くらいするよね?」
「……あぁ」
翔子は照れ臭そうに髪を触る。この屋上で初めてまともな会話をした時とはまるで別人だ。
他人と関わる事を避けていた彼女はもういない。その変化が嬉しく感じた。
「友達だもんな」
「悠斗の言い方はなんかキモい」
「一緒だろ」
悠斗はまた苦笑いを浮かべる。その笑顔に彼女は安心したように微笑んだ。
「夏休みあっという間だったね」
「ああ、ゲームに夏祭りに温泉旅行。色々あったよな」
悠斗はそう呟きながら、翔子との思い出を振り返る。
「……変わらないままがいいな」
翔子はその象徴である空を眩しそうに見上げる。時の流れとは無縁の青空を悠斗も見つめた。
「……そうだな」
学生生活も残り半分。彼女とこうしていられる時間も限られているのだ。その先の未来なんてわからない。だから、翔子は変わらないままが良いと言ったのだろう。
「あ、みなっち」
「ん?」
翔子の声に悠斗も視線を校庭に向ける。登校する生徒達の中に桃色髪の少女が見えた。相も変わらず元気そうだ。そして、その隣にはカレンの姿も見える。
「そろそろ教室行くか?」
「うん」
そう頷きあって二人は歩き出す。この夏の思い出は一生忘れないだろう。楽しい事、辛い事。いつか笑って思い返せるだろうか。
そんな事を考えながら、教室に向かうのだった。




