46話 あの世でまた会おうぜ、バカヤロー
まだ残暑が続く八月下旬。美奈に部屋から連れ出された悠斗は、近所のスーパーの前に立っていた。
やがて、一台のタクシーが停まるとカレンが降りてくる。
「ごめんね?ゆうちゃん、待った?」
「いや、はえーよ」
美奈から頼まれ、ラインを送る事10分。彼女は理由も聞かず、すぐにやってきたのだ。
「ねぇ?あたしと待ち合わせの時は普通に1時間後とか言うのになんでかなぁ?」
日陰から美奈がジト目で姿を表すと、カレンは顔を引きつらせながら、悠斗に歩み寄る。
「なんでみーちゃんがいるの?二人でデートじゃないの?」
「いや、そんな事一言も言ってねーし」
ただ美奈に言われるがまま、カレンを呼び出しただけだ。あいりと関係すると言われ、ただ黙って従った。
「ゆうちゃん騙したの?」
「いやいや、美奈がカレンも連れてくって」
可愛く睨むカレンに言い訳する。
「カレン、お墓参り行くよ」
「ッ!?」
そう言って歩き出す美奈。カレンは驚いた様子でその背中を追った。
「ねぇ、ゆうちゃん忘れてるんでしょ?」
「ううん、思い出してる」
「なぁ、墓参りって……」
スーパーから車道を挟んで広がる住宅街。車通りも少ない道路脇を三人で歩く。見覚えのある景色に悠斗は察した。
あの墓って……。
やがて、墓地が見えてくる。水汲み場を通り過ぎ、階段を登った先には『倶會一處』と刻まれた墓石がある。
美奈はその前に立つと、悠斗を見つめた。
「ここにね、眠ってるの」
「……」
美奈はそれだけ言うと、手を合わせ目を瞑る。墓地には蝉の声が静かに鳴り響いていた。
「あいり、ごめんな……」
悠斗も手を合わせる。
「うぅ」
横を見ればカレンは口元を抑え嗚咽を堪えている。
——ダセー事してんなよ!
——おまえ、名前は?
——かれ……
——ん?カレー?お前カレーっていうのか?変な名前だな
——ゆうちゃん、カレーじゃなくて、カレンちゃんだよ!
——そうなのか?
——う、うん
——ほらね?ちゃんとした名前があるでしょ?
——悪ぃ。俺、ユウトっていうんだ。よろしくな
——あいりだよ。ねぇ、一緒に遊ぼうよ!
——おう、こいよ。おまえ泣き虫だな
——もう!ゆうちゃん!
涙を浮かべるカレンを見て、遠い昔の思い出が蘇ってくる。幼いあいりに手を引かれていた花蓮。
——そんな泣くなよ。あいつら俺がやっつけてやったからよ
——ゆうちゃん、喧嘩強いんだよ
——おう、俺が守ってやるよ
幼い悠斗は花蓮に笑いかける。そんな記憶だ。
「変わんないな、おまえ」
懐かしさのあまり花蓮の頭を幼い頃のように優しく叩く。
「ゆう……ちゃん?」
カレンはその久しぶりの感触に、悠斗の顔を見上げた。その目には戸惑いの色が見える。
「あ、わりぃ」
慌てて手を下げると、バツが悪そうに視線を外す。
「本当に昔の事、思い出したの?」
「ああ、よく三人で遊んだよな」
以前、夢で見た景色。どこにでもある公園。急斜面の階段が続くあの神社。そこにはいたのは、あいりと花蓮だ。
「鬼ごっこにかくれんぼ」
「あいりちゃんは歌が好きだったね」
「ああ、今でも思い出せるよ」
「ほんとに?」
「ああ……」
つい最近、聴いたのだ。黄昏時、城下公園で歌う少女。茜色に染まった長い髪は風に揺れ、悠斗はその歌に耳を傾けていたのだ。
「柊のとこにね、あいりが来たみたい」
「みーちゃん?」
二人の会話を遮る美奈に、カレンは不可解そうに眉を歪める。
「あたしだって、言って良い冗談の区別くらいできるよ?でも、そうとしか思えないの」
美奈はカレンの瞳を真っすぐに見つめる。その真剣な眼差しに、嘘偽りはない。カレンはそう感じ取ったのか、悠斗に視線を移す。
「……こっち帰ってきた時にさ。知り合いもいなくてずっと部屋で天井眺めてたんだよ。孤独でさ、笑っちまうけど寂しくてさ……」
自嘲気味に笑うと、空を仰いだ。
「そしたら、黒髪の女の子がいつの間にか立ってたんだ。びっくりしたぜ?幽霊なんて信じてなかったけどよ」
幽霊とは思えない程、自然に存在する黒髪の少女。今でも鮮明に覚えている。
「そいつがさ、なんか話しかけてくるけど、無視してたんだよな。鏡には映らないし、幻覚と幻聴……孤独すぎてヤバいもんが見えてるんだって自分に言い聞かせてさ」
「……ゆうちゃん」
カレンは心配そうに悠斗を見つめている。
「で、ある日そいつに答えちまったんだ。それが始まりさ」
それからの経緯を話す悠斗。美奈達はただ黙って耳を傾けていた。
「……って感じで、俺にはもうあいりは見えない。本当にあいりだったのかもわかんねぇんだ」
「……あいりだよ」
「うん、あいりちゃんだね」
美奈達は悲しそうな嬉しそうな複雑な表情を浮かべる。
「あの子、約束だけは守る子だったから」
——約束だからね?
美奈の言葉にあいりの口癖が蘇る。
——また一緒に遊ぼうね
引っ越しの日、あいりとそう約束した。彼女は約束を守ったのだ。
「そろそろ行こうか」
美奈はそう言うと、階段に向かって歩き始める。
「秋の彼岸になったら、また来るね」
「あいり、またな」
「またね、あいりちゃん」
三人はそう言って階段を下っていく。最後に振り返ったカレンは昔の事を思い出していた。
——ゆうちゃん、引っ越しちゃった……
大好きなゆうちゃんが居なくなった公園。悲しくて辛くて、ずっと泣いてばかりいた。置いてけぼりにされた気分だったのだ。
——大丈夫!
あいりは泣いている花蓮の頭を優しく撫でて笑う。
——ゆうちゃんと約束したの。また会おうって
——ぐすっ……ほんと?
——うん!またゆうちゃんに泣き虫って言われるよ?
——うん……
涙を拭いて、無理矢理笑顔を作る。
——大丈夫、また会えるから
——うん
それ以来、あいりと仲が良かった美奈が輪に加わる。男勝りの美奈はいじめられそうになる花蓮をいつも庇い、守ってくれていた。
やがてダイエットに成功した花蓮は芸能界に入る事を決意する。
待っているだけではダメ。
ゆうちゃんに見つけてもらうの。
男性が苦手だったが、仕事だと割り切ってファンに笑顔を振りまく日々。
「なのに……」
先に悠斗と再会したのはあいりだったのだ。
「でも……」
考えてはいけない事が脳裏に過る。カレンは首を振って、それを振り払った。自分は最低な人間だ。
「カレン、行くよー」
「う、うん」
美奈の声に慌てて階段を駆け下りていく。その心の闇を悠斗にだけは知られたくない。そう強く願いながら。




