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41話 温泉旅行 その3

 煌びやかな橙色でライトアップされた旅館。昼間とはまるで違う表情を見せる湯の町。浴衣に着替えた悠斗達は、そんな温泉街を歩いていた。


 石畳が敷き詰められた細道には格子戸がはまった昔ながらの建物が並ぶ。人通りはまばらで、夜風はひんやりと冷たい。


「静かだな」

「こういう感じ好き」


 翔子は髪を耳にかけながら、悠斗を横目で見上げる。


「翔ちゃん、この先のお土産屋さんにあの温泉まんじゅう売ってるみたい」

「あ、食べたい」

「まだ食べれるのかよ……」

「甘いものは別腹じゃん?」


 悠斗のぼやきに少し呆れながらも、嬉しそうな表情を浮かべる。カランコロンと下駄の音を響かせて、三人は静かな温泉街を進んでいく。

 飲食店は一軒しか見当たらず、旅館から漏れる光だけが、煌々と道を照らしていた。


そんな中、古い建物が目に入る。看板には『射的』の文字。悠斗はその前で立ち止まると、中を覗き込んだ。

 小さなカウンターが店内に伸び、その奥には景品が陳列されている。だが、客は一人もいない。


「人いないんだな」


 カウンターに座る年配の女性は、スマホをいじっている。


「なんか緩いね」

「ふふ、そうね」


 翔子も同じ事を思ったらしい。カレンも笑顔で応える。そんな三人に気付いたのか、女性は顔を上げた。

 だが、悠斗の顔を見ると、興味を無くしたのか再びスマホに視線を落とした。


「やってく?」

「いや、いいや」


 りっちゃんがいれば喜んでやりそうだが、今は寝ているし、カレン達も射的をやりたそうには見えなかった。

 再び歩き出すと『スマートボール』の看板が目に入る。悠斗は興味を引かれ、そちらに足を向けた。


「ちょっと行っていいか?」

「じゃあ、温泉まんじゅう買ってくる」

「私も温泉まんじゅうが良いかな」

「おっけ」


 二人はそう言うと目の前のお土産屋に入っていく。悠斗はそんな二人の背中に声をかけながら、店内に入った。そこにはパチンコ台を横に傾けたような台が並んでおり、お菓子が景品として陳列されている。


 手動で球を打ち出し、穴に入ると球が増えるシンプルな作りだった。100円20球と書かれている。

 椅子に座ると昭和レトロなデザインの台に100円を投入する。すると台の上部からガラガラと球が転がり、下の受け皿で止まった。


 キューを引き球を打ち出す。軽快な音を立てて、球は釘に弾かれながら上から下へと落下した。


「……難いな」


 全ての穴を通り過ぎた球は盤面の外へと消えていった。もう一度キューを引くと、勢いをつけて球を打ち出した。


 今度は3つの穴を通り抜けたが、最後の『5』の数字がある穴には入った。ガラガラと5つの球が下へと落ち、受け皿で止まる。


「ああ、そう言う事か」


 数字の分だけ貰える仕組みと理解した悠斗は、再びキューを引く。狙いは『15』だ。

 カチンと音を立て、球を打ち出す。だが、無情にも釘に弾かれ続けた球はどこにも入らず消えてゆく。


「どう?面白い?」


 そんな悠斗に温泉まんじゅうを頰張る翔子が声かけてきた。


「面白いけど、難しいな」

「ふーん」


 カチカチと発射される球を目で追う翔子。


「こういうゲームなんだ」


 同じく温泉まんじゅうをつまむカレンは、興味深そうに台を眺めていた。


「悠斗、交代」

「ん?良いけど」


 残りの球が10発を切った所で椅子から立ち上がった。翔子は悠斗の代わりに椅子に座ると、キューを引く。


ダンダンダンダン……


 そして、連続で球を打ち出した。盤面には無数の球がぶつかり合い不規則に揺れ動く。

 いくつかの球は数字の書かれた穴に吸い込まれていった。ガラガラと音を立てて、受け皿に球が補充される。


「おーすげぇ」

「翔ちゃん、コツがわかったの?」

「ううん、こういうの運ゲーだから」


 二人が見守る中、翔子は淡々と球を打ち出していく。またガラガラと音を立てる受け皿。


「楽しそう」

「カレンもやる?」

「うん!」


 翔子と交代するカレン。また連続で打ち出される球。


「あ〜」


 だが、全ての球が穴を素通りし、カレンが悲壮感の混じる声を上げた。


「運ゲーだから気にしなくていいよ」

「うぅ、ごめんね?ゆうちゃん」

「いや、どうせ無くなってたし気にすんな」


 悠斗はしょぼくれる彼女を慰める。結局、景品を取る事は出来なかったが満足した悠斗達は店を出た。


「そろそろ帰る?」

「ねぇねぇ、路地裏行ってみない?」


 カレンは翔子に楽しそうな声で提案した。


「いいよ」

「ゆうちゃんも行こ」

「ああ」


 主導権は女子にあるようで、黙って後に続いた。道の両脇には旅館の垣根や土塀が連なり、大人二人並んで歩くのがやっとの細さしかない。薄暗い道を進む。


「あ、猫」


 不意に立ち止まった翔子は、前に向かって指をさした。暗くてよくは見えないが、確かにそれらしい影が動くのが見えた。


「なあ、この道どこに繋がってるんだ?」

「たぶん、あっちの通りと平行に伸びてるよ」


 悠斗の疑問にカレンは横道を指差した。その先には見覚えのある石畳の細道。


「じゃあ、歩いて行けば旅館に戻れるんだな」


 迷路のように入り組んだ路地裏を、三人は進んでいく。翔子は先程の猫が気になるのか、足を止めてはキョロキョロと周囲を見渡していた。

 道幅は相変わらず狭く、旅館から漏れる光だけが頼りだ。


「ふふ、景色が違うだけなのに歩くのも楽しい」

「そうだな」


 カレンの言葉に頷く。まるで別の世界に迷い込んだかの様な気分になっているのだ。


「あれ旅館かな?」


 先に進む翔子が横道を覗き込んだ。


「そうみたいだな」


 そこには『湯本屋』と書かれた看板が掲げられた建物があった。昼間りっちゃんが入った一階の入口だろう。


「じゃあ……」


 帰るかと言いかけた時だった。入口で佇む人影に気付く。


「いいよ〜こばと〜!視線向けてぇ」


 旅館から漏れる光を背景に、美奈がスマホを構えている。正面には和風のコスプレで何かのキャラに女装した小鳥遊が儚げな表情を浮かべていた。

 視線を上にあげると、窓から宿泊客達が二人を物珍しそうに見下ろしている。


「……」


 三人はそんな光景を見て、完全に硬直する。


「別の道で帰ろうか」

「……ああ」

「賛成」


 カレンの呟きに悠斗と翔子は同意した。三人は美奈達に気付かれない様に、細道を抜けるのだった。


***


 翌日。朝食のバイキング会場。


「朝からよくそんな食べれるな」

「え?バイキングじゃん!元取らないと勿体ないよ」


 朝からもりもりと頰張る美奈。悠斗は呆れた表情を浮かべている。


「先生もいっぱい寝たから、お腹が空きました」

「りっちゃん、満腹で寝ないでよね?」


 身体に似合わない大量に盛り付けられた皿を見て、翔子も呆れている。


「僕は朝弱くてな」


 小鳥遊は眠たそうに目を擦りながら、コーヒーをすすった。その横では美奈が口を動かしながらスマホをいじっている。どうやら、昨日の写真をSNSにアップしているようだ。


「私も太っちゃうから」


 カレンはそう言いながら、サラダとスムージーを口へ運ぶ。翔子はポテトフライやウインナーなど子供が好きそうなものを皿に盛っていた。


「食べ終わったら、みんなで温泉街を歩きましょう!」


 そんな中、りっちゃんが元気よく宣言する。だが、全員が微妙な表情を浮かべていた。


「どうしたんです?みなさん?」


 不思議そうな顔で首を傾げる。


「あたしたち、りっちゃんが寝ている間に出かけたんだよね……散策はもういいかなって」

「温泉まんじゅうも買ったし」


 美奈と翔子の言葉に悠斗達も同調する。


「そ、そんな……!!先生も温泉街巡りしたかったです!!」


 りっちゃんは涙ぐみながら訴えた。


「悠斗、付き合ってあげなよ」

「えぇ、なんで俺が?」


 翔子の思わぬ言葉に悠斗は驚く。だが、そんな悠斗の袖をりっちゃんが掴んだ。その目は捨てられた子犬のようだ。


「……しょうがねぇな」

「柊君、来期は加点しときますね」


 悠斗は溜息を漏らすと、渋々了承する。それを聞いたりっちゃんは満足気に微笑んだ。


「教師がそれで良いの〜?」

「仕方ない。僕も付き合おう」

「私も出席日数危ないから……」

「……なら、行く」


 結局、全員で散策する事になったのだった。こうして悠斗達の温泉旅行は幕を閉じた。


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