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18話 イベント前日 翔子

 満月が煌々と夜道を照らしている。華金ということもあり繁華街は仕事終わりのサラリーマンやOLで賑わっていた。

 そんな喧騒から少し外れた裏路地に、翔子の住むマンションがある。


 食べかけのポテトチップス。飲みかけのジュース。乱雑に積み上げられたゲームソフト。

 お世辞にも綺麗とは言えない部屋の中心で、翔子は積み上げられた服の山を漁っていた。


「これはいける……こっちはダメ……うわ、臭っ」


 昨日までの自分が適当に放り投げた服を、一枚ずつ臭いで確認している。着れる匂いをベッドの上。洗濯したか疑わしい臭いをドアの前に放り投げる。

 服の好みは一貫しているようで、黒を基調としたパーカーやジーンズ、髑髏のTシャツなどメンズライクな服が目立っていた。


「ダメ……イケる……あっ、これかっこいい」


 ぶつぶつと呟きながら、選別していく。


「……悠斗はどんな服着てくるんだろ」


 天井を仰いで独り言を呟く翔子の口元は緩んでいる。明日は好きなゲームのイベントなのだ。


「あっ、明日のバッグ……」


 明日の事を考えていると、ふとそんな事が頭に浮かんだ。仕分け途中のTシャツを放り投げ、机の上に横倒しに置いてあるバッグを手に取る。


「おもっ」


 しかし、記憶以上にパンパンに膨れたバッグに思わず声が漏れる。不思議に思いながら、バッグのファスナーを開けた。


「あ……」


 そして、思わず声を漏らす。中からはクシャクシャになったレシート。飲みかけのペッドボトル。未開封のカプセルトイ。

 そして、賞味期限が切れたおにぎりが出てきたからだ。


「めんどくさっ」


 翔子はバッグを逆さまにして、中身を床に落とす。入っている大半のものは、家に帰ってきてから出そうと思って忘れていたものばかりだ。

 翔子は過去の自分のだらしなさにイライラしながら、ゴミ袋に突っ込む。そして、どうにか整理を終えると部屋のドアを塞ぐ服の山が目に付いた。


「出れない……」


 犯人が自分なだけに文句も言えない。要領の悪さに溜息を吐きながら、大量の服を抱えて部屋を出た。


「よいしょ」


 リビングを抜け、洗濯機に放り込む。入り切らなかった分は籠の中。あとは出かけている母がやるだろうと思い、リビングのソファに腰を下ろした。


 翔子はシングルマザーの家庭で育った。母親は朝早くに家を出る時もあれば、夜遅くに帰ってくる時もある。そんな不規則な生活リズムな為、いつも一人だ。


——私も好きにするし、あんたも好きにしていいから


 翔子は母の言葉を思い出していた。その言葉通り好きにしている。

 学校が終わればゲームセンターに行き、帰宅すればスマホをぽちぽちしながらアニメを見て、コンビニの弁当やおにぎりを食べる。そして、眠くなったらベッドに横になるのだ。


 二人はお互いの生活に干渉することなく、適度な距離感で一緒に暮らしていた。


 小学生の頃、共働きで家に一人は寂しいと嘆いていたクラスメイトが居たが、翔子には理解できなかった。

 親に干渉されずに過ごせる環境が快適だったからだ。食べて遊べる程度の生活費を小さい頃から毎月貰っているのだ。


 そんな一人が当たり前の翔子だったが、


「明日はあいつと二人か……」


 ふと悠斗の事が頭に浮かんだ。彼と出会ってから、翔子の生活は少しずつ変わり始めている。


 一緒にゲームを楽しめる友達が出来た。いつも一人だった昼飯に誰かがいるようになった。ウザいと感じていた美奈とも仲良くなっている。

 そして、彼女を中心とした輪の中に自分が入っているのだ。


 これが良い変化なのかは翔子には分からなかったが、悪い気分ではなかった。そして、明日が待ち遠しい。

 そんな気持ちも初めてだ。


「男と二人ってデートになるのか?」


 翔子は部屋に戻るとベッドの上に積まれたお気に入りの服を着て、壁掛けのスタンドミラーの前に立つ。髑髏のTシャツに黒のデニムパンツ。


——初デートなんだから工夫しろ


 らしくもない言葉が浮かび、首をブンブンと振るが、


——翔ちゃん、可愛いじゃん!


 ふと美奈の言葉が頭を過る。鏡の翔子が笑みを見せた。


「くそっ。出来るかよ、こんな顔!」


 いつもの自分らしくない表情に悪態をつく。


「可愛い……か」


 メンズライクな服には似合わない言葉。


「新しい服買おうかな」


 翔子はベッドに積み上げられた服をそのままに、繁華街にある24時間営業の量販店へと向かうのだった。



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