地獄の日々 2
そんな……どうして……。
人だかりが出来ている電子掲示板の前で、彬はショックのあまり全身から力が抜けていくのを感じた。
今日付けでアリスとのペアが解消――ということはつまり、この前の模模擬戦後のアリスの抗議をユリが全面的に認めたわけだ。
逆に考えれば、彬はディバニオンのパイロットとして、ユリから限りなく落第に近い評価を受けたに違いなかった。
がっくりとうなだれる彬。
その隣で同じく掲示板を見ていたアリスは、笑みをこらえきれず、下を向いて周りに聞かれないようつぶやいた。
「あーよかった。ちょっと危ない橋だったけど、これでやっと次にいける」
危ない橋とはどういうことか?
要するに模擬戦でわざと負けるように仕向けたのも、教官である北条ユリの前で彬を罵ってペア解消まで申し入れたのも、実はすべてアリスの計算のうちだったのだ。
もちろんそんなことがバレたら大変だ。
重い懲罰や場合によっては退学すら覚悟しなければいけないし、たとえそこまでいなくても、彬とのペア解消の訴え却下されていただろう。
だが、とりあえずはアリスの目論見は成功した。
そして、ディバニオンはすべて二機一組のユニットを組まされるので、彬とおさらばしたアリスには、近いうちにユリから新たな相棒が指定されるはずだ。
「今度はまともな相手でありますように……」
アリスが祈るようにつぶやく。
しかし、それにしてもなぜそこまでしてアリスは彬を嫌ったのか?
彬の優柔不断な性格が気にくわないこともある。
が、なによりも、これ以上彬とバディを組んで一緒に戦っていると、足を引っ張られまくって、今後の自分の成績まで大きく響するに違いないと思ったからだ。
白人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフ美少女白兎アリス。
彼女はある理由から上昇志向が極端に強く、なんとしてでもディバニオンの兵科でトップを取り、将来は自衛隊の中で軍人として将官まで出世することを夢見ていた。
「おうおう、この時期にまさかのお別れかよ」
と、ヘラヘラしながらアリスに声をかけてきたのは、先日の模擬戦の対戦相手、巽だった。
その横には紫苑もいる。
「アリス、やったわね」
紫苑は隣に彬がいるのもかまわず、アリスに言った。
「ありがと。この間の模擬戦があんまりひどかったから規則違反覚悟で北条先生に訴えたんだけど、なんとかなったみたい」
すまし顔で答えるアリス。
この三人、表面上の関係は悪くはない。
が、アリスは内心、巽と紫苑のことも自分より能力は劣ると見下していた。
とはいえ、巽は大企業のオーナー社長の御曹司、紫苑は高等裁判所の裁判官の一人娘と、出自はアリスとは比べ物にならないぐらい上だ。
階級は固定化したこの時代においては、二人をアリスが追い越すのは、並大抵のことではなかった。
「ったくなんでお前みたいな奴が同期なんだろうな」
巽はわざと大きな声を出して、彬に言った。
だが彬は何も言い返す気力がなかった。
「ディバニオンのパイロットとして基本的な能力が足りてないんだよお前は」
巽がしつこく絡み、目障りだと言わんばかりに彬をどんと小突く。
「やめなさい、巽」
と言う紫苑も、実際はなにもしない。
ただ侮蔑の目で、彬を見ている。
この学校に、彬のような能力の低い学生はいてはならない――
紫苑は内心、そう思っているのだ。
「さあ、もう次の授業が始まるよ。こんな奴放っておいて早く行こう」
アリスはそう言って、彬を見捨ててスタスタ廊下を歩き始めた。
ペアを解消した今となっては、アリスの眼中にもう彬の姿は入らなかった。