地獄の日々 1
入校後すぐに、彬はあることに気が付いた。
それは、この自衛隊富士高等学校は、一応それらしい名称がついてはいるが実は学校ではない。軍隊そのもの、ということだ。
富士高等学校は全寮制であり、すべての生徒が校舎から十分ほど歩いたところにある寄宿舎で共同生活をする。
部屋は四人一部屋。
二段ベッドが二つ置かれているだけの狭い粗末な部屋で、テレビもなければネットも禁止。プライバシーもなければほっとできるスペースもない。ただ寝るだけの部屋だ。
が、しかし、暇で飽きるということはなかった。
なぜなら連日訓練訓練で、土曜も日曜も休めず、そういう不満を感じる余裕すらないからだ。
朝は六時に起床で七時に朝食。
それからすぐに体作りの基礎訓練が始まり、昼食が終われば、今度はディバニオンのパイロットになるための過酷な実戦訓練が夜まで続く。
夜は二十一時に強制的に消灯されるので、夕食が終わったら明日の支度を整えるだけで精一杯。
当然、高校生らしい勉強も部活も遊びもまったくできない。
おまけに外部との接触は一切不可。友人はおろか親兄弟とも電話やメールすることすら許されなかった。
しかし――なぜ、こんな隔絶された場所で、十代後半の未成年者が、大急ぎで無理やり詰め込みの軍事教練を受けなければならないのか?
普通の状態だったら、おかしいと疑問を抱く者もいただろう。
だが、生徒たちは入校早々、教官には絶対服従という学校規範第一条を頭に叩き込まれる。
そのうえで、生活のすべてを管理されながら日々を過ごすのだ。
思考停止してしまっても無理もなく、あるいは洗脳された、と言ってもいいかもしれない。
ただその点、彬だけは違った。
入校式の時に覚えた何とも言えない違和感を、一年経った今もずっと持ち続けていた。
だからといって何か具体的に反抗できるわけもなく、声を上げる勇気もなかったけれど、しかし、常に心にもやもやしたものがあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先ほどの模擬戦の後。
ブリーフィングルームに、教官のユリと彬、アリスが立ったまま向き合っていた。
三人の他に部屋には誰もいない。
「教官! 私、もう限界です! コイツとの――即刻乾と組むのを解消してください!!」
アリスが彬を指さして黄色い声で叫び、ユリにくってかかる。
「乾のせいで、私がどれだけ損をしているか! さっきの戦いぶりのひどさは教官も見てましたよね!!」
「……白兎アリス、あなたの言い分を聞く前に一つ言っておく」
と、ユリが無表情で言った。
「この学校において教官の命令は絶対。学校規範第一条。そのことを承知した上で乾と組むのは無理だと主張する?」
「ええ、はい」
アリスも一歩も引かない。
「教官が何とおっしゃろうと、命令だろうとなんだろうと、乾と一緒に戦うのはもう無理、もうまっぴら御免です!」
ずけずけともの言うアリスに対し、おどおどする彬。
そんな彬に、ユリが訊いた。
「乾、白兎に対し何か反論することはある? 確かにさっきの戦闘は褒められたものではなかったけれど」
「それは――確かに後ろを取られたのは自分のミスです。でも白兎さんには、前もって敵は2機いるんだから一気に前に出ないように忠告しました。なのにどんどん先行してしまって――」
彬の発言をアリスが激怒して遮った。
「はあ!? なにその小学生並の言い訳。乾がのろまだからそうせざるをえなかったんじゃない!」
「いや、でもだからって……」
「とにかくアンタと組んでる限り、私はむくわれない。いくら努力してもすべて無駄なの!」
言い争言う二人。
そこでユリがパンッと強く手を叩く。
「そこまで!」
さすがに黙るアリス。
「白兎、あなたの要望は了知しました。また乾の言い分も分かりました。しかし乾の抗弁はやはり少々言い訳めいて聞こえます」
「は、はい…………」
ユリは口ごもる彬を見て、珍しく肩をすくめて言った。
「よろしい。今日は二人とも寮に戻りなさい。あなたたち二人に対し、何らかの措置を行うことを検討します」
「あーよかった。それでは教官、失礼します」
アリスはユリに敬礼して、一人でさっさとブリーフィングルームを出て行ってしまった。
彬はどうしていいか分からず、その場に突っ立っている。
「乾、あなたも早く戻りなさい」
「は、はい」
彬は形だけの敬礼をし、ふらふらと外に出ていった。
ユリはそんな彬の背中を見送り、眉をひそめた。
どうして……?
乾彬の潜在能力は他の誰よりも高いはずなのに……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数日後のこと。
学内のエントランスに設置された電子掲示板に、まるで生徒全員に見せしめるかのように、アリスのユニットの解消の辞令が公示された。