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6.本当の両親

 お風呂で汗を流した後、私は湯船から上がりながらある事に気付く。


「着替え、持って来るの忘れてた……」


 どうしよう……!

 せっかくカミラにお風呂を使わせてもらって、さっぱり身体を綺麗にしてから伯爵夫妻の帰宅を待とうとしていたところだったのに!

 せっかく埃やカビ、汗臭さとおさらばした直後だっていうのに……やらかした……!


 ……けれども、流石に全裸のままで部屋に戻る訳にはいかないものね。

 私とカミラ以外に誰も居ないからと油断して、最悪のタイミングで夫妻が戻って来たら、いくら実の娘だからといっても終わってしまう。

 一人の女性として、社会的に終わる……!


「仕方ない……。こうなったら、諦めてさっきまで着ていた服で我慢するしかないよね……」


 人としての尊厳と多少の清潔感の犠牲とを天秤にかけ、私は前者を死守する事を選んだ。

 そうして脱衣所に戻ってみると、見覚えの無いカゴが一つ置かれているのに気が付いた。

 中を覗いていると、そこには私が鞄に詰めていたお気に入りの青いワンピースと、濡れた身体を拭う用の大きめの布が畳んである。


「これ、もしかしてカミラが……?」


 というか、絶対にそうだ。

 私達以外には誰も居ないのだから、私が着替えも何も持たずにお風呂に行ったのを知っていたカミラが、こうして着替えなんかを用意してくれていたのだ。

 こうして私の尊厳と清潔感は、カミラの手によって守られたのだった。




 着替えを済ませて無事に部屋に戻ると、既にベッドメイクを終えていたであろうカミラが私を待っていた。

 彼女はテーブルの上に置かれていた木のコップを手に取ると、私の顔を見て小さく微笑んだ。


「そちらのワンピース……ロミア様の髪色に映えていて、とてもよくお似合いですね」

「あ、ありがとう。面と向かってそう言われると、ちょっぴり照れ臭いね……。あっ、そうそう! カミラ、着替えを持って来てくれて助かったよ!」

「いえ、これも使用人の職務の一環です。本来であれば、ご入浴のお手伝いもさせて頂きたかったところなのですが……そろそろ夕食の支度もしなければならず、申し訳ございません。そのお詫びにもなりはしませんが──」


 と、カミラは手にしたコップに向けて、もう片方の手をかざす。

 すると、みるみるうちに器の中から水が湧き上がり、あっという間に中身が水で満たされた。


「ご入浴後の水分補給に、こちらをどうぞ」


 と、彼女は澄んだ水が入ったコップを差し出す。

 私はそれを受け取りながら、カミラに問い掛ける。


「……今のって、貴女の魔法?」

「はい。私は水の魔法が使えますので、こうして綺麗な飲み水を用意したり、可能な限り冷えた水を作り出す事も可能です。今ロミア様にお出ししたのは、お腹を壊さない程度に冷たいお水になります」

「やっぱりそうだったんだ。……ちょっと懐かしいなぁ」

「懐かしい……というと、お知り合いに私と同じ水属性を扱う方がいらっしゃるのですか?」

「ええ。私の……育ての母がそうだったの。今はもう、父も母も亡くなってしまったけど」


 ルーシア商会を切り盛りしてしいた、父さんと母さん。

 母さんが魔法で出してくれた水は、こんな風に飲み水にもしていたし、子供の頃には魔法で水遊びに付き合ってくれた事もあった。

 流石に、もう最近は水遊びなんてしなくなっていたけれど。

 母さんが亡くなってからは魔法で出した水を飲む機会も無かったものだから、ふと母さんと過ごした思い出が蘇ってきてしまう。


「……お母様は、とてもお優しい方だったのでしょうね。ロミア様のお顔を見ていると、きっとそうだったのだろうなと思います」

「うん。厳しい所もあったけれど、それも私を想っての事だったんだろうなって……今なら分かるから」


 私の本当の母さんとも、そんな関係を築いていけるのかな──


 そんな事をぼんやりと考えていると、玄関のある方から「今帰ったぞ! カミラはおるか!」という男性の声が聞こえてきた。

 きっと伯爵の声だと直感した私は、カミラに貰った水を一気に飲み干す。


「お水、ありがとう! この声、伯爵様だよね? 私もお迎えに行った方が良いのかな?」

「……いえ。後ほど改めてお部屋に伺いますので、ロミア様はこちらでお待ち下さい」

「わ、分かった。待ってるね」


 ……お水を一気飲みした意味、全然無かったわ!

 ちょっと損した気分になりながらも、とうとう帰って来た伯爵の声で現実に引き戻された。



 カミラに言われた通りにしばらく部屋で待機していると、約束通りに彼女が戻って来る。


「ロミア様、夕食の準備が出来ました。旦那様と奥様が、食堂でお待ちです」

「……ええ、今行きます」




 *




 ランチの為に食堂へ向かった昼間よりも、どことなく脚が重い。

 カミラが途中で気遣わしげにこちらを振り返って来るものの、私は「大丈夫だよ」と笑顔を作った。

 多分、無理して笑っているのが丸分かりだろうけれど。


 カミラによって食堂の扉が開けられると、視界に入ったのは長テーブルに並べられた様々な料理と、一組の男女。

 男性の方は白髪混じりの茶髪をしており、前髪を後ろに流した気品のある紳士といった雰囲気だ。

 カミラが騎士として王都に勤めていたと言っていた通り、背筋が真っ直ぐで威厳があり、きっと今でも身体を鍛えているような印象を受ける。


「やあ、よく来てくれたな。私が手紙を送ったダリオスだ。こちらは妻のマリゴルド──お前の父と母だ」


 マリゴルドと紹介された女性は、美しい金髪を結い上げた──私と同じ髪色をした貴婦人だった。

 彼女と目が合って気付いたけれど、どうやら髪色だけでなく瞳の色まで同じであるらしい。

 私と彼女……母マリゴルドは、金髪に真紅の瞳という特徴が一致している。

 それはまさに私がその血を受け継いでいる証であり、伯爵からの手紙に記された内容が事実である事の裏付けだった。

 

 ……ただ一つ疑問に感じたのは、彼女の顔色が少し悪いという事。

 それに一瞬、少し焦った様子で何か言いたげに口を開いたものの、何事も無かったかのように顔を俯かせたのだ。

 彼女も先程までどこかへ出掛けていたそうだから、その疲れのせいなのかもしれないけれど。


「今すぐ私達を父と母と呼ぶのは、心境的に難しい部分もあるやもしれないが……。私達は、お前が戻って来てくれた事を喜ばしく思っている。……おかえり、ロミア」

「……お帰りなさい、ロミア」

「え……と、こちらこそ改めて伯爵家へ迎え入れて頂き、大変ありがたく思います。これからお世話になります、お父様……お母様」


 ……流れでお父様お母様なんて呼んでしまったけれど、セーフだったかしら?

 そんな焦りがあったものの、特に何も指摘される事は無く。


「さあさあ、せっかくの歓迎の料理が冷めてしまう! ロミアも早く席に着きなさい」

「は、はい! 失礼致します」


 この屋敷に来た当初に抱いていた不安は、全て気のせいだったのか……。

 想像していたよりも朗らかに迎え入れられた事に内心驚きつつ、伯爵夫妻との夕食が始まった。



 シルリス王国では十八から成人なので、ダリオスお父様のとっておきだというワインを開けてもらい、久々の親子の再会を祝ってもらう。


「それにしても、ロミアもすっかり大人の女性になってしまったなぁ。まだお前がこの屋敷にいたのは……五歳になる頃だったか? ルーシア夫妻からの手紙で元気にやっているのは知っていたが、マリゴルドに似て美人に育ったものだ」


 お父様がそう言うのなら、私は間違い無く母親似なのだろう。

 育ての親だったルーシアの夫妻……母さんも金髪だったから、まさか養子に出されていた子供だったなんて気が付かなかった。

 目の色が違うのは魔力の影響かもしれないと言われていたし、疑問に思う事も無かったもんね。


「……私、小さい頃の事はよく覚えてなくて。先日頂戴したお手紙にあった私の姉妹も、私と同じでお母様に似ているのでしょうか?」

「ああ。お前達三姉妹は皆、母親似だ。もしも息子が生まれていれば、きっと私によく似たハンサムに育っただろうさ」


 そう言って上機嫌に笑うお父様がワインを口に運ぶ様は、確かに若い頃はとてもイケメンだっただろうなと感じる。良い年齢の重ね方をしたのだろう。

 ほとんど喋らないけれど、お母様も今でも美人だし、若い頃は美男美女のカップルとして社交界を賑わせていたに違い無い。

 ……いや、もしかしたらお見合い結婚かもしれないけれど。


「そうそう、姉妹といえば……ロミアに少し頼みがあるのだ」


 思い出したかのように懐に手を入れたお父様が取り出したのは、一枚の封筒だった。


「突然なのだが、お前には明日行われるパレンツァン公爵家のパーティーに同行してもらいたいのだよ。お前の姉──ダリアの付き添いとしてな」

「えっ、私もそのパーティーに?」

「ご長男のレド殿の誕生会でな。彼の学生時代の後輩が、何とあの【氷獣の帝王】と呼ばれているヴィルザードの皇帝陛下で、親しい間柄だそうだ。陛下も出席されるそうだから、社会勉強として来てみてはどうだ?」

「皇帝陛下ですか……」


 まさかそのパーティーで、これから私の運命を大きく変える人物と出会う事になるとも知らず……。

 私はその提案を素直に受け入れるのだった。

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