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5.優しさに触れて

 カミラが作ってくれた美味しい昼食を平らげた後、私は部屋の掃除を再開しなければと席を立つ。

 たった一人で仕事をしている使用人のカミラの負担を考えると、食べ終えた後のお皿を洗っておいた方が良いんじゃないかと思ったのだけれど……。

 勝手に他所のご家庭──といっても、私の生家ではあるらしいが──のキッチンを使うというのも、それはそれで問題ではなかろうかと結論を出し、彼女の言葉に甘えて食堂を出たのだった。




 ……出た、ものの。


「えーっと……私の部屋には、どっちに行けば良いんだっけ……?」


 実は私、道を覚えるのがちょっと苦手だったりする。

 それは建物の中も同様で、何度か行き来すればちゃんと覚えられるのだけれど……。

 このお屋敷、そこそこ大きいし似たようなドアが並んでいるから、どこをどう通ってここまで来たのかよく覚えてないんだよね……。


「……カミラ、近くに居たりしないかなぁ?」


 とは思ったものの、周囲に人の気配が無い。

 どうやら彼女を頼るのは無理そうだ。


「……そうだ! 確か玄関はあっちの方だったはずだから、そっちの廊下に行けば部屋に戻れるはず!」


 昼食前に井戸水を汲みに行った時の事を思い出し、何となく見覚えのある方へ足を向ける。

 すると見事に私の部屋へと辿り着き、思わず廊下で小さく「やった!」とガッツポーズしてしまった。

 ちょっとした自身の成長を実感しつつ、その後は鼻歌交じりに掃除を始める私であった。




 *




「ロミア様、失礼致します」


 ようやく掃除が終わり、ベッドに腰掛けて一息ついていた時の事だった。

 窓から見える空がオレンジ色になり始めた頃、カミラが何かを手にして部屋にやって来たではないか。


「あ、カミラ! もしかして伯爵夫妻がご帰宅なされたの?」

「いえ、そうではなく……。ロミア様に、こちらをお届けに参りました」


 カミラが持って来たものをよく見ると、それは白い布……というか、枕やシーツといった寝具のようだった。

 既にこの部屋にあるのに、どうして……? と首を傾げていると、彼女は申し訳無さそうに口を開く。


「その……こちらのお部屋に備え付けてある寝具は、長期間そのまま放置してあったものなのです。ロミア様にそのまま使用させる訳にはいきませんので、洗い立ての物と取り替えさせて頂きます」


 そう言われてみると、ベッドもちょっと埃っぽいというか、カビっぽい感じもしてたかも……?

 部屋全体が汚かったせいで、ずっとここに居て感覚が麻痺している気がする。

 ……うん、それなら絶対取り替えた方が良いね!


「ありがとう! 早速、今夜から使わせてもらうね」

「ベッドメイクは私がさせて頂きます。ロミア様は、旦那様と奥様が戻られる前に浴室をご利用下さい」

「えっ、お風呂?」

「はい。長旅もあってお疲れでしょうし、ごゆっくりなさって下さいませ」


 確かに彼女の言う通り、数日間の馬車移動できちんとお風呂にも入れていなかったのを思い出す。

 更に言うなら、私は今日カビと埃にまみれた一日を過ごしていたのだ。

 こんな状態で伯爵夫妻に会うのは、いくら私達が血の繋がった親子だとしても、それは最悪すぎるだろう。


「……そうね。それじゃあ、お言葉に甘えてサッパリさせてもらおうかな」

「それでは、浴室にご案内させて頂きます」


 いったん机にシーツを置いたカミラは、早速私を浴室まで案内してくれた。

 勿論、部屋から浴室までの道順を必死で覚えるのは忘れずに。

 そうしないと、また玄関前を経由してからのルートでしか部屋に戻って来られなくなるからね!



 そうしてやって来た浴室には、魔石で稼働するタイプの浴槽が設置されていた。


「ふーん。こういう所だけは、高級品を使っているのね……」


 お風呂は日々の快適さに直結するからなのか、この設備は残しているようだった。

 まあ、これは私の勝手な想像に過ぎないんだけどね。


 魔石というのは、商会でも高額商品として扱っていた貴重な物だ。

 金や銀といった金属とは異なり、魔力が凝縮して塊となった鉱物──それが魔石。

 炎や水、風といったそれぞれの魔力を含んだカラフルな魔石は、その純度や大きさによって威力が変わってくる。

 その魔力を利用した装置に魔石を取り付け、そこへ使用者の魔力を注いで刺激を与えると、装置が動き出す仕組み……だったかな?


 この浴室に使われているのは、多分お湯を出す為の装置……いわゆる“魔道具”だろう。

 炎を宿す赤い魔石と、水を宿す青い魔石──まるで人が染め上げる判定石のようなその石に、私は掌をかざして魔力を注ぎ込む。

 私は何の加護も持たない【属性無し】だけれど、魔力だけはたっぷりあるらしいから……装置を動かす分には、特に問題無いのだ。


 私の魔力に反応して、空っぽの浴槽に湯気の立つお湯が注がれていく。

 しばらく待てば、この中がしっかりとお湯で満たされていくはずだ。


「……満足に魔法も使えないのに、こういう道具なら使えるのはかなり虚しいわね」


 お湯が貯まるのを待ちながら、一度脱衣所に戻って服を脱ぐ。

 お風呂から出た頃には陽も暮れているだろうし、そのうち夫妻も帰って来るはずだ。

 ……ああ、何かいよいよ緊張してきたぁ!


「父さん、母さん……。私、頑張るからね」


 ルーシア商会の両親に決意を捧げてから、私は改めて浴室に戻った。

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