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4.信じているのは

 外界から閉ざされたその空間は、まるで別世界のようだった。

 小さな結界の中であるはずなのに、見渡す景色はどこまでも続く真っ白な空間だ。

 そこに、私とジュリウス陛下だけが閉じ込められている。


「陛下、大丈夫ですか!?」

「ロミ、ア……どうして、来た……?」


 駆け寄る私に、ジュリウス陛下が力無く腕で制して抵抗する。

 未だ彼の魔力は暴走しているようで、腕だけでなく、少しずつ肉体の獣化が進んでいた。


「貴方を一人にしたくなかったからです!」

「だが、このままでは……っ、俺の、魔力汚染が進めば……君まで、ゲラートの封印で、ここで一生……!」

「……ゲラートさんの封印魔法の空間って事ですね。陛下が暴走させられて、地下に居た巨大な狼の姿になって暴れてしまわないようにする為の措置だった……と。……一応、もしかしたらとは思っていたんですけどね」


 私のその発言に、陛下はこれでもかと大きく目を見開いた。


「お前は……俺の正体を、知っていて……。それでも、俺を心配、して……?」

「当たり前じゃないですか! ジュリウス陛下がどんな力を持っていたって、あのパーティーの夜に貴方が私を助けてくれた事実は変わりません!」

「で、でも……俺、は……化け物、なのに……。この力が、恐ろしくないのか……!?」


 私が本心を伝えても、彼は自分を“化け物”だと訴える。

 それはきっと、彼をそう蔑んだ誰かが居るせいだ。


「……これは私の推測ですけど、陛下はその力が収まるまであの地下室に籠る生活をしていたんでしょう。それは、その力をどうにか消し去る方法が見付けられなかったから。でも陛下には、周りを傷付けたくない思いがあった」

「……ああ」

「普段はそれで乗り切っていたものの、ワールさんの魔力汚染が伝染して、その力が制御出来なくなってしまった。大体はそんな感じですよね?」

「そう、だが……このままでは、完全に……理性が効かなくなる……! ロミア、お前を傷付けてしまう……!!」


 黒い靄の魔力汚染。

 それが何なのかは分からないけれど。

 

 よく分からない力なら、私だって持っている。


「……私、陛下には何年経っても返しきれない恩があると思っています」


 子供を産む道具として親に売られた私に、この心優しい皇帝陛下が手を差し伸べてくれた。

 なら次は、私が彼を助ける番だと思うから。


「何の根拠もありませんが、やってみる価値はあると思うんですよね」

「なに、を……!」


 特殊な空間に閉じ込められているからか、陛下の吹雪の魔法は封じ込められていた。

 

 ──そのお陰で、彼に触れる事が出来る。

 

 私はそっと陛下の大きな身体を抱き締めて、自身の魔力を──聖属性の魔力を引き出した。

 既に防御魔法で使い過ぎて、正直へろへろではあるのだけれど。


「聖女様と同じ魔力なら、何か素敵な奇跡でも起こせるかもしれないでしょう? だから、しばらくこのままでいさせて下さい」


 もしもこれで何も変化が起きなくて、陛下が完全に狼の姿に変わり果ててしまったとしても……。

 

 私は絶対に、貴方の抱える秘密から、目を背けたりなんてしないから。




 *




 ゲラート様の結界内──封印用の異空間へと閉じ込められている陛下とロミア様の安否は、未だ不明。

 けれども、吹雪だけは収まった。

 視界を確保したわたくし達は、騒ぎの後から駆け付けて来た愚弟のゼルと、重い身体を引き摺ってどうにか辿り着いたレオール様。

 そしてその他の者達と共に、暴れるワール殿をどうにか魔法の鎖で押さえ込む事が出来た。


「……つまり、このワール殿の暴走は瘴気による魔力汚染の影響なのですね?」

「レオぴの判定石も黒くなってたし、王国の学者が出した論文にもそれっぽい記述があったからね」


 ゼルの予想は、ほぼ確定しているのだろう。

 けれども瘴気とは、簡単に身体から抜けないとされているのだ。

 ゼルの話では、魔力を浄化する効果のある貴重な薬草を煎じるか、王国の神殿に居るエルフ族の聖者──かれこれ七百年は生きているという聖属性の使い手を頼り、治療を依頼する必要があるのだという。


「聖人、か……」


 険しい表情で、お二人が封印されている結界を見詰めるレオール様。

 ……今なら分かる。

 ワール殿から黒い靄が出ていると仰っていたのは、ロミア様がそのエルフと同じ聖属性の使い手だからこそ、その目で見る事が出来たものだったのだ。

 彼女がその力を操る事が出来れば、瘴気の影響を受けた全員を治療するのも不可能ではない。

 しかし──


 魔力汚染を受けたジュリウス陛下は、その血の呪いまでもが暴走しようとしていた。

 白狼へと変貌した姿を大衆へ見せない為、かつ理性を失った陛下が人々を襲わないようにする目的での封印措置だったものの、あの中にロミア様が飛び込んでいってしまわれた。


 陛下の秘密を知る者は、元老院を除いてごく僅かの者だけ。

 表立ってこちらからアクションを起こす事も出来ないのだった。


「……ひとまず、あの嫌な気配しかしない大剣はワールから隔離しとこう。多分あの剣がどこかのタイミングで呪いか何かを受けて、それを使ったワールを汚染していったんだろうね」


 ゼルの言葉を受け、ゲラート様が例の大剣を封印結界に閉じ込める。


「じゃあ後は最悪の場合を想定して、神殿に聖者様を派遣してもらうように手配を──」


 と言い掛けたゼルの言葉を遮るかのように、突如としてまばゆい光が溢れ出した。


 先程、ジュリウス陛下が結界に呑まれた地点──その周囲の空間が、七色の光の粒子と共に、純白の光の爆発とでも言うべき力によって、結界をガラスのように砕け散らせたのだ。


「わわっ!」

「っと……大丈夫か、ロミア?」

「はい、無事です! それより陛下、もしかしたら何か……さっきのアレが、ふわっと良い感じに成功したような気がするんですが……!?」


 光と共に現れたロミア様の腰を、片手で支えるジュリウス陛下。

 陛下の顔色は見違える程に健康的で、獣化の片鱗などどこにも見られない。


「うっっっそでしょぉぉおお!?」

「浄化って、こんなあっさり成功しちゃうものなんですか〜?」

「……さっきまでの緊迫感、丸ごと吹き飛んでんじゃねえか」


 ──ロミア様は本当に、不思議な魅力のあるお方だ。


 陛下が恋した赤い薔薇は、もしかしたらその血の呪いすらも跳ね除ける希望となるのかもしれない。

 その為ならばこのわたくしも、主人の運命のお相手だと信じて、更に励まねばなりませんね。

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