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3.帝国武術大会 後編

 予選大会では未熟な参加者も多かったせいもあって、少数精鋭の宮廷治癒術師のぼくらの出番も多かった。

 けれども午後からの本選は、ほぼ例年通りの選手の名前が並んでおり、ぼくらが治療にあたる程の怪我人も少ない。

 なので、本選が始まってしばらくは医務室のドアに“お昼休憩中”の札を出しておいて、ちょっと遅めのランチをさせてもらっている。

 まあ、わざわざ混雑している食堂まで行くのも面倒だったのもあって、ランチとは名ばかりのお茶菓子で済ませちゃってるんだけどね!


「ゼルさん、ぼちぼち休憩タイム終了で大丈夫そうですー?」

「おけおけー。まあいつもの人達なら戦いのプロばっかりだから、『これぐらい自分で処置出来る!』とか言って医務室まで来る人も少ないだろうしね」

「じゃあ札戻してきますねー」

「ういー」


 なんて軽いやり取りをしながら、口の中に残ったクッキーを水で流し込む。

 こうやってお菓子で適当に食事を済ませると、フェルの奴がうるさいんだよなぁ……。

 

 とはいえ、今は例の脅迫状のせいでロミア様に付きっきりのはずだから、こうして余裕をかましていてもセーフなんですが。

 陛下もロミア様に会いたすぎて限界来てるし、早いとこ犯人が自首でもしてくれれば楽なのになぁ……。


 なんて思っていたら、助手くんが札を下げようと扉を開けた途端、見るからに顔色の悪い青年がやって来た。


「えっ、どうしました? 顔が真っ青ですけ、ど……」


 慌ててコップをテーブルに置いて駆け寄った次の瞬間、ぼくの全身を鋭い悪寒が駆け巡る。

 生まれつき魔力の感知に敏感なぼくだからこそ、目の前の青年から漂う“何か”を感じ取ってしまったのだろう。

 ロミア様の魔力に特別なもの──聖属性の気配を感じ取った時と似ている感覚だけれど、その性質は真逆だろうと察した。


「……っ、何があった!? 何をやられたんだ!?」

「その、本選で……ワールに……」

「ドラゴン殺しのワール? あいつが対戦相手だったの?」

「は、はい。それで……たった一撃、重いのをモロに貰ってしまって……。それから、信じられないくらい、身体が重いんです……」


 去年の優勝者、ドラゴン殺しのワール。

 ぼくは最後の表彰式にだけ顔を出したけれど、その時はあのおじさんから妙な魔力を感じたような覚えは無い。

 選手は荷物検査もされるし、ゲラートくんが開発した魔道具でドーピング検査もしっかりされている。

 こんな気持ち悪い魔力の気配を宮殿内に持ち込むなんて、本来は不可能なはずなのに……。


「とりあえず、ベッドに案内してあげて。ぼくはゲラートくんのとこ行って、何か良い魔道具がないか確認してくる! 多分これ、魔力汚染かもしれない!」

「ま、魔力汚染ですか!?」

「すぐ戻るから、その人安静にさせといて!」


 魔力汚染──


 最近は特にシルリス王国で報告が多数上がっているという、原因不明の体調不良。

 それがまさか帝国で……それもこんな場所で起きている危険性があるだなんて、想定外すぎる。

 現地の新聞記事によれば、主に若者の間で流行っている伝染病かもしれないと噂されているようだけれど。


「その話がマジだったら、帝国でも汚染拡大なんて騒ぎになるかもしれないじゃないのさ……!」


 双子の弟なのにフェルに劣る身体能力のぼくだけど、ゲホゲホ咳込みながらもどうにか魔術塔まで辿り着いた。

 生憎ゲラートくんは会場警備で不在だったけれど、応対してくれた魔術師のリナさんに「魔力を調べるなら、結果が一番早いのはコレです!」と高純度判定石を持たせてくれた。

 ゲラートくんには後で報告するとして、大急ぎで元来た道を戻って医務室に駆け込む。


「えっ……患者爆増してない……!?」


 ぼくが戻ると、医務室には最初に来た青年と同じ気配を纏った患者達が、ずらりとベッドを埋め尽くしていたのだ。

 そこにはまさかのレオールくんまで加わっていて、彼も同様に苦しげな表情で横たわっている。


「ちょ、ちょっと助手くん! これもしかして、みんなワールさんの対戦相手だったりしない!?」

「まさにそれで、めっちゃ困ってますぅ!!」


 魔力汚染への対処法なんて、ぼくそんなよく知らんのですが……!?

 どうしたら良いのか対処に困っている助手くんは半泣きだったけれど、とりあえず放置してレオールくんのベッドに駆け寄る。


「ちょっとレオぴ! これ持って魔力流してみて!」

「あ……? んだよコレ……って、判定石か……?」

「良いから早く!」

「……わーったよ」


 いつもなら『レオぴ言うな!』が飛び出すはずの彼も、魔力汚染の影響か覇気が無い。

 気怠げな動作でぼくの手から石を受け取った彼は、指示通りに判定石に魔力を込める。


 すると、彼の手の中の石が赤黒く染まっていく。

 それは炎の加護持ちのレオールくんの持つ魔力だけでなく、不純物が混ざり込んでいる事の証明だった。


「こ、れは……?」

「……ぼくも詳細には知らないけど、感覚的に正体には目星が付いてる」


 この場に居るだけで悪寒を覚える、黒い魔力。

 昔、ぼくの師匠だった人が言っていた。


「これは……瘴気(しょうき)による魔力汚染かもしれない」

「は……!? それって──」


 あまり大声では言えない話だから、極力小声でやり取りするしかないけれど。

 

 瘴気とは、全ての生命を脅かす呪いのようなものだ。

 闇属性による魔法とは全く異なる、人体に大きな悪影響を与える毒物とも言える魔力の一種。

 それがどうして、ドラゴン殺しと対戦した彼らの中に混ざり込んでしまっているんだ……?


「……って、ちょっと待ってよ。レオぴが今ここに居るって事は、決勝戦はもう終わったって事!?」

「ああ、準備が出来次第エキシビジョンマッチが……って──」


 ──陛下も危ないって事じゃん!!




 *




 決勝戦には間に合わなかったけれど、せめてジュリウス陛下の活躍だけでもこの目で見られるのは、不幸中の幸いだった。

 レオールさんの体調は心配なものの、後で医務室に様子を見に行こうと予定を立てる。


「それでは只今より、今年度の優勝者──大会二連覇を飾ったワール・ギドマーが、皇帝陛下に一年越しのリベンジマッチに挑みます!」


 審判の声に、陛下とワールさんがそれぞれ舞台に上がる。

 二人が試合エリアに入った後、魔道具の結界が改めて張り直される仄かな光が、四方を包み込んだ。


 ──陛下の姿、久々にこんな間近で見たなぁ……。


 私の部屋の窓越しに見えたのは、陛下のシルエットだけで。

 魔術師団での仕事が忙しくなっていくにつれて、そんな形でしか陛下の事を見る事が出来なくなっていた。

 

 けれども今日は、こうして以前から約束していた大会の応援に駆け付ける事が出来たのだ。

 しばらく見ていなかった陛下の輝くような白い髪が、いつも以上に眩しく感じる。

 すると、会場を見渡していた陛下と目が合った。

 彼と最後に視線が交わったのは、もう何日前の事になるだろう……。


「…………っ、」


 けれども陛下は、ほんの一瞬だけ嬉しそうに口元を緩ませたかと思うと、すぐに顔を背けてしまった。

 エキシビジョンとはいえ、各国から名のある選手や貴族の方々がいらしている場だからなのか。

 表向きには婚約者という立場で認知されているものの、必要以上に親しげにしている所を見られたくないのかもしれない。

 

 ……でも、あの微笑みは本心から浮かべたものだと信じたい自分も居て。

 私だけが顔を見られて喜んだ訳ではないのだと──陛下も私の事を気に掛けていて下さったから、あの優しい眼差しを向けてくれたのだと、そう思いたかったから。


「では、両者とも正々堂々と武勇を見せ付けて下さい! 試合……始めッ!!」


 審判の掛け声と共に、陛下もワールさんも互いの武器を手に取り、一気に距離を詰める。

 ドラゴン討伐を生業としている大剣使いのワールさんに対して、ジュリウス陛下が使うのは細身の長剣だ。

 陛下の鎧姿も相まって、その出立ちはまさに騎士物語に登場するような美貌の騎士のようだった。


「うらああぁぁっ!!」


 ワールさんはこれまの本選でスピード決着を連発していたように、陛下に対しても最初の一撃で沈めようとしているらしい。

 けれどもそれは予想済みだった陛下は、魔法で生み出した分厚い氷の壁でその一撃を受け止めた。

 そうして轟音と共に打ち砕かれた大きな氷の破片が、結界に当たって観客席に飛び散るのを防ぐ。

 それに気を取られていたワールさんの背後に回り込んだ陛下が、続けて背後からの足払いを仕掛けて転倒を狙った──



 

 ──その刹那。




「えっ……!?」


 足払いで体勢を崩したワールさんは、前のめりになりがら……“私”に向かって、あろうことかその大剣をぶん投げて来たではないか。

 丸太のように太いその腕から繰り出されたその投擲は、魔道具の結界で難なく弾き返される──そのはずが、何故か結界を叩き割って私へと向かっている。


 ──このままじゃ、周りの人達まで巻き添えになる!!


 私は咄嗟に立ち上がり、まだ完全には成功させた事の無い習い立ての防御結界を張ろうと両手を前に突き出し、大きな盾を形作るイメージで魔力をフル稼働させる。


「くぅっ……はああぁぁっ!!」

「ロミアーーッッ!!」

「「ロミア様っ!!」」


 魔道具の結界ですらあっさり貫通した大剣を、私は無我夢中で、どうにか必死に歯を食いしばって受け止めてみせた。

 あまりにもぶっつけ本番すぎたものの、それだけではワールさんの暴走は止まらないらしい。

 先程よりも様子のおかしいワールさんの血走った目は、私だけを捉えている。

 突然の彼の異常行動に、会場の人々はパニックになって、我先にと出口を目掛けて走り出す。


「逃げろ、ロミア!!」


 ふらりと立ち上がるワールさんは、まだ私を狙っている。

 ジュリウス陛下は私を庇うように間に入り、彼に剣を向けていた。


「フェル、ロミアを連れて安全な場所へ! 俺は彼を食い止める!」

「かしこまりました! ロミア様、彼の狙いは貴女様です。わたくしがお運びしますので、しっかり掴まって──」

「嫌です! 陛下だって危ないのに──」

「ロミア! 俺とゲラートで押さえ込んでいるうちに、早く逃げてくれ!!」

「でも陛下! その人、さっきから急に黒い(もや)が出ていて、どう見たって危険すぎます!」

「黒い靄……だと……!?」


 私の言葉を受けて、陛下とフェルが改めて目を凝らす。

 しかし──

 

「……失礼ですがロミア様、わたくしにはそのような靄など見えないのですが」

「えっ……? いや、何かいきなり黒い煙みたいな、絶対身体に悪そうな嫌な感じがすっごくするモヤモヤが、ワールさんに纏わりついてますけど……!?」


 どうやらあれは、私にしか見えないものらしい。

 すると、会場の人々を避難誘導していたゲラートさんが、何か思い当たる節があったようだ。


「……っ、陛下! もしかしたらワールさんは、何らかの影響による魔力汚染を受けているかもしれません!」

「魔力汚染だと……!?」

「そうでなければ、真面目な彼がこんな暴走状態に陥っている理由に説明が付きません!」


 魔力汚染……。

 それがあの黒い靄の力って事……?

 人の精神にまで作用するなんて、そんな恐ろしいものが……どうしてワールさんに……!


「ぅぐ……グアアアアッッ!!」

「っ、しまった!」


 それぞれ考え込んでしまっていたせいで、ワールさんが再び攻勢に出る隙を与えて──


 彼は私が跳ね返した大剣を素早く拾い上げ、それを食い止めようと追い掛けたジュリウス陛下に……その刃を振り翳した。


「くっ……!」

「「「ジュリウス陛下!!」」」


 幸いにも咄嗟に距離を取るよう飛び退いたものの、黒い靄を纏った攻撃が掠ってしまっていた。

 その途端、陛下の手から剣が溢れ落ちる。

 ほんの一撃でも靄の影響が強いらしく、身体の力が抜けたのか、陛下は膝から崩れ落ちてしまう。


 

 だが、そこから陛下の身に異変が起きる。



「……っ、ジュリウス、陛下……!?」


 力が抜けた陛下の周囲に、突如として巻き起こる魔力の渦。

 それはすぐに突き刺すような冷気を纏い始め、彼を中心に吹雪が発生していくではないか。

 更には訓練場の床、天井──徐々に私達が居る方までを目指し、氷が張っていく。


「魔力、が……とまら、ないっ……!!」

「これはマズいですね……! 陛下、申し訳ありませんが一時的に封印措置を施しますよ〜!」


 どうやら魔力汚染が原因で、とうとう陛下の魔力まで暴走を始めてしまったらしい。

 ゲラートさんは瞬時に長杖を召喚し、カァンッ! と床に叩き付けた。

 その瞬間、ぐるりと陛下を取り囲もうとする新たな結界のようなものが展開され──


「あれ、は……」


 結界が閉じ切る直前、私は見てしまった。

 

 強風に舞う吹雪に紛れたその向こうに、苦しみを堪えるジュリウス陛下の……白い体毛に覆われた、獣の左腕を。


 それは魔法によって負った傷が残る、治りかけのもので。

 夢だと思って忘れようとしていた──皆は“過労”だと言っていたあの日の夜に見た、白狼の前脚と結び付いてしまったのだ。

 

 あの牢獄のような地下室で苦しんでいた、白く美しい怪物。

 あれが彼だったのだとしたら──


「ジュリウス陛下!!」


 ──陛下を、このまま一人にはさせられない!!

 

 私は、なりふり構わず飛び出した。

 

 フェルさんが何かを叫んで、呼び止めようとしていたけれど……。


 

 彼女の声も。

 吹き荒ぶ吹雪の風音も。

 

 ゲラートさんが閉じ切った結界の中に飛び込んだ後は、すっかり聞こえなくなっていた。

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