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1.帝国武術大会 前編

 今日からヴィルザード帝国伝統、武術大会が開催される。

 会場となるのは、宮殿の敷地内にある訓練場。

 屋内施設である為、参加者も応援席の私達も、雪の心配をしなくて済むようになっていた。


「わぁ、結構な人だかりですね」


 これだけ沢山の人が集まっているなら、出店なんか出したら軽食や飲み物もよく売れそうだけど……。

 あくまでも宮殿内で行われる行事だからか、そういったお店は無いらしい。

 食事はお昼、普段は騎士さんや魔術師さん達がよく利用している大食堂が開放されるそうだ。

 くぅ〜……! 事前に陛下に相談出来ていたら、絶対稼ぎ時だったのに……無念!!

 

「これでも観戦に来られるのは、各国の討伐ギルドや名のある騎士、将兵の関係者……。それから、陛下より招待を受けた方々に限られています」


 試合が行われる区画は魔道具による障壁が張られ、その外側に観戦場所が用意されている。

 そんな応援席の中でも、一部は身分の高い人が集まるエリア──いわゆる貴賓(きひん)席になっているという。

 一応は陛下の婚約者という立場である私の席も用意されており、本来ならば私もそこに混ざるべき……なんだろうけど。


「……ちょっと抵抗がある、かも」


 見るからに高貴そうな雰囲気の人達の中に混ざるのは、根っからの庶民育ちには勇気がいるのだ。

 それは今日の付き添い人であるフェルさんも分かってくれているらしく、


「陛下が出られる試合は、あくまでも大会優勝者のみが挑戦出来るエキシビジョンマッチです。その時間までは、無理にあちらに行かれずともよろしいのでは?」


 と提案してくれた。

 貴賓席は間違い無く最前列で応援出来る場所ではあるから、陛下の出番が来るまでは、別の場所に居させてもらおうかな……?

 ……だって、最前列で応援するってジュリウス陛下と約束してるからね!




 *




 俺は武術大会の最後を飾るエキシビジョンのみでの出番となるが、我が近衛騎士団を率いるレオールは予選から参加する。

 今年こそは昨年の優勝者である歴戦のドラゴン殺しに打ち勝とうと、例年以上に気合いを入れての参加となっている。

 他の近衛騎士達も「民間の討伐ギルド選手に負けていられるか!」と奮戦。

 

 午前中の予選が終わった現在、本選大会へと駒を進めた中には、レオールを含めた騎士達が数名。

 それから予想を裏切らず、前回大会優勝者のドラゴン殺しの男もだった。

 

 本選が始まるまでの昼食休憩がある。

 しかし今回はロミアへの脅迫状の件もある為、騎士団と協力して、魔術師団にも警戒にあたらせていた。

 ゲラートからは“特に目立った動きは無い”との報告を受けている。

 俺はエキシビジョンまでは暇がある為、今日の大会に集中させてやりたいレオールと副団長の代理として、大会終了までは近衛騎士団の指揮権を預かっている状態だ。

 

 本選への激励と軽い報告も兼ねて選手用の控え室に向かうと、廊下の前で若い女性に詰め寄られているレオールの姿があった。

 

「レオール騎士団長! 予選突破おめでとうございます!」

「あ? アンタは確か……」

「フロスト新聞社のアンジーです! 今年こそは打倒ワール氏という目標に燃えている事かと存じますが、少々お時間よろしいでしょうか!」


 フロスト社のアンジー……。

 そういえば、この前のロミアの件を書いたのは、確かそんな名前の記者だったはず。

 武術大会には学生や無名の冒険者からの参加希望も受け付けている為、大会で結果を残して将来に繋げようとする若者も多い。

 彼女らのような新聞社を招く事で、有望な若者の未来に貢献出来れば──と思っての招待ではあるのだが、やはり記事の目玉となるのはレオールのリベンジマッチの勝敗になるのだろう。


「本選への意気込みをお願いしますっ!」

「……今年は俺が勝つ。それだけだ」

「シンプルな勝利宣言、ありがとうございます! また後程、大会終了後にインタビューに伺わせて頂きます!」

「俺の記事は別にいいから、うちの期待のルーキーの特集でもしといてやってくれよ。ソイツの田舎の婆さんが腰を痛めちまって、初めての大会なのに試合に来れなくなったって落ち込んでたから……」

「それはそれで、心温まる記事になる予感……! そちらの方にも是非インタビューさせて頂きますね!」


 それでは! と、終始ハキハキした喋りで頭を下げた記者が、くるりと踵を返す。

 すると今度は俺と目が合い、彼女もまさか皇帝がこんな所に居るとは思っていなかったらしい。口と目をこれでもかと開いて、かなり驚いている様子だ。

 ……それにしても、この女性にはどこかで会った事があるような気がするな。

 前に彼女からインタビューでもされた事があっただけかもしれないが。


「こ、皇帝陛下……! お疲れ様です!!」

「あ、ああ。フロスト社の者だそうだな。先日の魔道プレートについての記事、読ませてもらった」

「あっ、ありがとうございます!! ご婚約者のロミア様からは、弊社からの質問状に対して大変ご丁寧なお返事と、インタビューだけでなくお写真まで掲載させて頂きまして! 読者の皆様からも大変好評頂き、編集長には褒めてもらえましたし、お給料もアップしてもらえました!! あらゆる意味で、ロミア様には大変お世話になっております!!」

「そ、それは良かったな」


 今度は俺と記者の会話を眺める形になっているレオールが、何か言いたげな表情でこちらを見詰めている。

 ……いや、黙ってないで助けてくれよ。


「……そうだ。記事といえば」


 ふと、ロミアについての記事を担当した記者が丁度目の前に居るのだからと、彼女に一つ質問をしてみる事にした。


「今日の大会だが、新聞記者の貴女から見て、何か気付いた事はあるだろうか? 参加選手についてでも、観戦客でも何でもいいんだが……」


 常にスクープに対して嗅覚を研ぎ澄ませている記者──それも、帝国一の新聞社であるフロスト社の者であれば、俺達では気付いていない何かを嗅ぎ付けている可能性もある。

 アンジー記者が首を傾げると、一つに束ねた黒髪が跳ねた。


「そうですねぇ……。実はちょっと注目していた事があったんですが、これを陛下のお耳に入れてしまって良いのかどうかが悩みどころでして……」

「構わない。遠慮無く言ってくれ」

「……あたし、今日のエキシビジョンマッチで陛下と、陛下を応援されるロミア様のお姿を写真に収めようとスタンバっておく予定なんですよ」

「スタンバ……?」


 聞き慣れない言葉に、記者用語なのだろうかと想像する俺。

 しかし、すかさず彼女の背後から、


「“待機しとく”っつー意味な」


 と補足してくれるレオール。

 どうやら話が気になったようで、控え室に戻るのは一旦後回しにするらしい。


「それで? お嬢さんがどうかしたのか?」

「いやー、それでロミア様のお姿を美しく撮れるベストスポットを探していたんですけど、貴賓席にお姿が無くって、変だなぁって思って気にしてたんですよね」

「あー。どうせ貴賓席の貴族連中と一緒だと気まずいとかで、エキシビジョンまでどっかでフェルと時間潰してんじゃねえのか?」


 確かにロミアは、周囲からすれば突然現れた俺の婚約相手だ。

 予選から貴賓席に居れば、噂話が好きな連中から根掘り葉掘り質問されて、居心地の悪い思いをする事になるかもしれない。

 ……だから俺と約束した“最前列での応援”を果たすまでは、宮殿内のどこかに避難しているのだろう。

 脅迫状の件で、そういった方面の配慮に至らなかった己を殴りたい衝動に駆られる。


「結局ロミア様のお姿を見る前に予選が始まってしまったので、慌てて試合会場に戻ったんですけど……。もうすぐ試合が始まるっていうのに、会場へ向かう人の流れとは反対方向に歩いていく人影を見たんですよね」


 ──それは……確かに妙だな。


「その人物の人相は?」

「残念ながら、ローブのせいで顔までは。身長と体格的には男性で、がっしりした背中でしたね!」

「予選の後、その男をもう一度見掛けたりはしていないか?」

「あれっきり見てませんね。……あまりお役に立てずに、申し訳ありません」


 アンジー記者には、またその男を見掛けたら近くの騎士か魔術師に声を掛けるように伝えて別れた。

 昼休憩の間に警備担当全体にも情報を共有し、念の為そのローブ男への警戒を強める事にした。




 そして、遂に本選が始まる。

 

 トーナメント形式でそれぞれ順調に勝ち上がっていくレオールと、昨年優勝者のワール。

 会場である訓練場は例年以上の熱気に包まれ、鬼気迫るレオールの剣技に、流石は俺の認めた国では一番の騎士だなと笑みが溢れる。

 

 対してドラゴン殺しのワールはというと、去年のエキシビジョンでは対人戦を得意とする俺に敗れてしまったものの、その弱点を克服したのだろう。

 今年の彼は、その恵まれた体格を活かしたパワープレイによって、ほぼ一撃で対戦相手を沈めていく。

 多少の怪我までならゼルナンドが対応出来る為、実戦武器での戦闘を許可しているのだが……。


 それにしても、ワールは本選からとんでもないスピード決着が続いている。

 大剣の使い手である彼は、三十代半ばの大男。

 ドラゴンと渡り合うその剛力で、以前までの弱点であった対人戦の繊細な動きに対応し、大剣を鈍器のように振り翳して相手を吹き飛ばしていた。

 防御結界は攻撃魔法や矢などを主に防ぐものである為、吹き飛ばされた選手は結界を通り抜けた時点で、場外扱いとなって敗北する。

 そうやって次々に勝利をもぎ取っていくワールの試合は、純粋な剣技で圧倒するレオールの試合とは異なる空気感があった。


 ──こうも一瞬で決着がつくと、観客も盛り上がりきれないのだろうが……。


 そうこうしているうちに、予定より早く決勝戦が始まった。

 やはり最後に勝ち残ったのは、“技”のレオールと“力”のワール。

 果たして今年の勝者となり、この後に控えている俺との試合に臨むのはどちらなのか──


 そして未だに発見の報告のないローブ男は、一体どこへ消えたのか。

 フェルから魔道具による連絡が無い以上、ロミアは無事なのだろうが……。


 両者が決勝の舞台に立ち、向かい合う。

 彼らは審判の号令を合図として、とうとう決勝戦が開幕した。

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