14.貴女の未来を思うなら
足りない。
……ロミアが、圧倒的に足りないッッ!!
「あーあ、またジュリの禁断症状出てらぁ」
「またいつものやつ? 陛下ったら、ほんとにロミア様の事大好きなんだからー」
俺を呆れた目で見下ろしてくるレオールと、ケラケラと笑うゼルナンド。
「仕方が無いだろ!? まだ例の脅迫状を送り付けてきた不届き者も見付からぬまま、大会はもう明後日に控えているんだぞ!」
「それで犯人を刺激しないように、陛下はロミア様と接触しないようにしてるんですよね?」
「で、それが限界に来たコイツは、また新聞に載った愛しのお嬢さんの写真を見るだけで我慢するしかない……と」
「だって!! 俺の我儘を通して彼女にまた何かがあったら、天国の彼女のご両親に何とお詫びすればいいか分からないからさぁ!!」
そんな俺の心からの叫びは、執務室に施された防音魔法で完璧に外部から遮断されている。
こんな情け無い姿を彼ら以外に……特にロミア本人や、元老院共に見られでもしたら大事だからな。
「まあ、死んで詫びられるような状況でもないしなぁ」
「ていうか、陛下が死んだらそれこそロミア様が危なくなっちゃうもんね」
「……彼女の様子は、お前達やゲラートからも毎日聞いてはいるが。それでもやはり……!」
直接彼女の顔を見れないというのが、ここまで精神的にダメージがあるとは想定していなかった。
愛があればどんな困難も乗り越えられるというが、むしろ愛がありすぎて困難に直面するとか……そんなの知らんぞ!?
「あーあ。また写真のお嬢さんの笑顔見て半ベソかいてやんの」
「一応、脅迫状を送ってきそうな犯人の心当たりはあるって言ってましたよね? そいつら適当に取っ捕まえて、ぼくのお薬で洗いざらい吐かせるんじゃだめなんです?」
「……ゼルナンドにはとりあえず“人権”とは何かを改めて考えるよう、フェルに指導を頼んでおくとしよう」
「えっ、そんなの酷いですよ陛下ー!」
「酷いのはテメェの倫理観じゃねえの?」
「レオぴまでひどーい!!」
「妙なあだ名付けんじゃねえ!」
確かにゼルナンドの言う通り、犯人の目星は付いている。
俺とロミアの婚約で不利益を被る者。
皇帝の妻という立場が欲しい者。
彼女が平民生まれだと思い込んで、血筋に拘る者。
そういった連中から怪しい動きをしている者をピックアップしているものの、あの脅迫状以降はそれらしい様子が特に無いのだ。
まあ、たった五人での捜査だから、細部まで目が届かないというのもあるだろうが……。
「……彼女の身の安全だけを考えるなら、アーディン先輩に頼み込んで、彼女を王国で保護してもらうのが最善ではあるんだろうがな」
「でも、ジュリはあのお嬢さんを手放すつもりは無いんだろ? それならとっと腹をくくって、“あの事”を正直に打ち明けて、しっかりプロポーズしてやりゃあ良いじゃねえか」
「あー、この間の地下室のアレを見られちゃったんだっけ? どうにかフェルが誤魔化してくれたみたいだけど、ロミア様ならきっと、そういう秘密もひっくるめて受け止めてくれると思いますよ?」
「……っ、それで彼女に秘密を打ち明けて、嫌われてしまったらどうする!?」
思わず、両の拳を机に叩き付けてしまう。
しんと静まり返った室内。
別に彼らは責められるような発言をした訳ではないというのに、俺が未熟であるばかりに怒鳴って反論してしまった。
……こんな俺を、亡き父上はどう思うだろう。
「……頭では理解しているんだ。彼女はきっと、俺の何を知っても罵倒したり、あからさまな拒絶なんてしないだろうというのは。でも……」
──エスペランス皇族の血の呪いを知らずに結婚した母は、腹の中の俺と父上を“化け物”だと拒絶したという。
「もしロミアにまで“化け物”だと思われてしまったら、その時の俺が冷静でいられるか、分からないんだ……!」
「ジュリ……」
「……陛下の気持ちも理解出来る。けど、それで陛下は幸せになれるんですか?」
ゼルナンドの言葉に、机の上に拡げたままの新聞に視線を落とす。
そこには照れ臭そうに、けれども誇らしげに微笑むロミアの姿が印刷されている。
「このまま何もしないまま一年が過ぎたら、あなた達は婚約を破棄するか、結婚してそのまま宮殿で暮らしていくかの二択を迫られる。陛下はロミア様が“化け物”なんて言うような人じゃないって分かってるのに、いつまでも過去のトラウマに縛られて、最愛の人と向き合う事から逃げるんですか?」
「おいゼル、いくら何でも一応相手は皇帝で──」
「だから何? 陛下は純血思想なんてどうでも良くて、才能とやる気さえあれば平民にだって重要な役職を与える柔軟性がある。国民からも支持されてるし、もし二人の結婚に文句言って来るなら元老院を黙らせるのもぼくらが協力する!」
「……確かにお前の言う通り、俺自身は相手がどんな生まれであっても、血で優劣を決めるような人間ではない」
「それなら! ロミア様が結婚相手になるのも、陛下的には問題無いって事ですよね!?」
「それは、そうだが……」
俺の……皇帝が背負う宿命を知っても、彼女は変わらずに側に居てくれる。
もしもそんな可能性が現実のものになるのなら、これ以上の幸福など、俺の人生には存在しないだろう。
「……ロミア」
誌面で微笑む彼女の頬を、指先でそっと撫でる。
彼女は魅力的な女性だ。
一人の人間としても、女性としても、彼女以外に俺が心を奪われた人はこの世に居ない。
……ゼルナンドの言う通り、真実を打ち明けるべきなのは間違い無い。
でなければ彼女は、俺と別れた後、こんな面倒な男の事なんてすぐに忘れてしまうだろうから。
その瞬間、俺の中で一つの答えが出た。
──彼女の居ないこれからの人生なんて、生きる意味あるか?
俺はヴィルザードの皇帝だ。
それは俺個人の人生よりも優先されるべきものであり、俺を慕ってくれる者達を導く責任がある。
とはいえ、俺はエスペランス家の息子のジュリウスくんでもある。
皇帝にも人権はあり、俺にだって恋愛をする自由はあるのだ。
勿論、結婚する権利だって。
皇帝としての責任と、人としての権利は両立する……!
「……礼を言う、ゼルナンド。お前の言葉で目が覚めたよ」
「えっ、ほんとに?」
「そんなら本気で“あの事”を伝えるのか?」
「ああ。時間はまだ残されている。今度の大会を無事に終え、脅迫状の犯人も捕まえたら……。俺の秘密も、想いの全てを彼女に伝えるよ」
「わぁ……。ぼくの説得、もしかして陛下の人生変えちゃった?」
「マジでその可能性はあるな。この野郎、いざって時は本音が言い出せねえヘタレ坊ちゃんだからな」
「てか、ぼくよりレオぴの方こそ陛下に対して態度悪くない?」
「良いんだよ、私的な場なんだから。それとレオぴ言うなや!」
……俺は本当に、友に恵まれているらしい。
彼らのお陰で気持ちに区切りを付けられたのも束の間、まさか“その時”がこんなに早く迫っていたとは、この時の俺は想像すらしていなかったが。




