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13.貴方の未来を思うなら

 目が覚めると、私はいつもと変わらない宮殿内の自室のベッドの上だった。


「あれ……私、確か……」


 まだ朝日が昇り始めたばかりの時間帯。

 窓の外を小鳥がチュンと鳴きながら飛んで行くのを横目に、昨晩の出来事を思い返す。


 私は魔術塔に本を借りに行く途中で迷子になって、うっかり地下に迷い込んで。

 フェルさんに連絡をしようとしたけど、魔物の唸り声みたいなのが気になって、奥まで行って──


「お目覚めですか、ロミア様」

「……フェルさん、こんな朝早くに珍しいですね」


 記憶を掘り起こしている最中、フェルさんが心配そうな面持ちで側にやって来る。


「昨晩、ロミア様はすぐそこの廊下で倒れておられたのですが……お加減は如何ですか?」

「えっ? 私、廊下で倒れたんですか?」


 地下室じゃなくて?

 あの、大きな白い怪物が繋がれていたあの部屋じゃなく……?


「はい。偶然通り掛かったわたくしが発見し、念の為ゼルにも診させております。特に異常は無いとの事でしたが、ここ最近は例の商品開発に勤しんでおられましたから……。ゼル曰く、過労で倒れられたかもしれないそうです」

「過労……ですか」


 私……そんなに疲れている自覚は無かったんだけどな。

 それなら、あの地下室で見たものは全て夢だったの?

 ……それにしては、床に叩き付けられた時の痛みとか、肌を突き刺すような冷たさが妙にリアルだったけど。

 

「本日は念の為、お部屋でゆっくりとお休みになられても構いません。魔術塔にはわたくしから連絡させて頂きます」

「いえ、休む程の体調じゃありません。一応、今日は魔力をあまり使わないように気を配りますね」

「左様でございますか。では、後程いつもの時間になりましたら再度お迎えにあがります」


 そう言って頭を下げ、フェルさんは静かに部屋を後にする。


「……もしもあれが夢じゃないのなら、帝国には何か大きな秘密があるって事になるけど」


 ヴィルザード帝国の皇帝は、戦争や反乱の鎮圧にて凄まじい功績を残しているという。

 

 初代皇帝は【豪雪の皇帝】。

 歴史的なドワーフ族との戦いで有名な【獣神の武帝】。

 そして、二年前に起きた反乱軍との戦いを終わらせた【氷獣の帝王】──ジュリウス陛下。


 軍事オタクでもない私でも知っているような皇帝の異名には、一部の共通点がある。

 雪、獣、氷。

 それらは、私が地下で見たはずの白い狼の特徴と一致するのだ。


 一般的には知られていないだけで、あの狼が帝国の戦いの歴史に深く関係しているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、いつの間にかフェルさんが起こしに来る時間になってしまっていた。

 あの後、結局一睡もしていなかったと気付いた彼女に「それならば、お茶をご用意しておくべきでした」と苦笑され、またいつもの日常が始まった。




 *




 ……そのはず、だったのだけれど。


 私が過労で倒れたのが理由だろうか。

 ちょっと用事を思い出してどこかへ行こうとすると、必ずゲラートさんやフェルさん、時にはレオールさんにゼル先生までもが付き添うようになっていた。

 ……心配してもらえているのは嬉しい。

 けれど、余計な負担を掛けさせてしまっているのが、あまりにも申し訳無さすぎる!

 

 部屋で寝る時以外、常に誰かが一緒なのだ。

 いくら私が陛下の婚約者だからって、そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫なのに……。

 そう遠慮すると、皆さん首を横にぶんぶん振って「ロミア様が大切だから!」の一点張り。

 うう……。私も皆さんの重荷になりたくないから、しっかりスタミナ付けて、仕事で成果を出して貢献しますね……!


  

 あれから順調に魔道プレートの生産が進み、試験的に宮殿の一部の路面に使用される事が決定した。

 大地の加護持ちの魔術師さんが総出で排水設備を整え、溶かした雪がしっかり川まで流れていくようにしてくれたのだ。

 排水管に使用されている金属はマドグマー鉱石といい、厳しい寒さの帝国でも、中で流れる水が凍らずに済む優れ物。

 これもゲラートさんの一族が開発されたというのだから、天才一族ってとんでもないですね!


 魔道プレートに魔力を流すのに必要な魔術回路は、直接地面に特殊なインクを使って書き込む必要がある。

 実は、そのインクに使用されている原材料の一部に、私の魔力──聖炎を溶かし込んだ魔法薬が含まれているのだ。

 その製法は、魔法契約でガチガチに縛って口外厳禁。

 何故だか私の魔力を使ったインクだと、どんな魔力を持った人であっても、最適な効率で魔道プレートが起動する。

 

 このお陰で、私が直接魔力を流して帝都を巡回するような必要も無い。

 魔術回路に保存魔法をかけ直すメンテナンスさえしていれば、例え私が死んだ後だって、帝国の人々が雪かきで命を落とすような事故も無くなるのだ。


 そうして魔道プレートの安全性の再確認や、屋根の形に合わせた加工方法などもあわせて、工事業者と連携している。

 まずは貴族街や大きな施設から順に希望者を募って、使用感を報告してもらう準備も進んでいるそうだ。


 

 それから最近、良い事があった。

 グランプリの記事を見たルーシア商会の皆から、手紙が届いたのだ。

 情報は商売人の武器でもあるので、帝国の新聞も購読しているから、いつかは知られるだろうと思っていたけど。

 グランプリについてのお祝いと、魔道プレートをうちでも扱いたいから資料が欲しい事。

 それから何より、伯爵家に行ったはずの私が何故だか異国の皇帝陛下のハートを射止めて、電撃婚約しているのがサッパリ意味分からん! という、至極真っ当な疑問の声が多数寄せられている。

 

 在留資格が欲しいから、婚約だけさせてもらってます。一年経ったら国に戻るかもしれません──なんて馬鹿正直な返事が書けるはずもなく。

 魔道プレート開発に関わってくれているリナさんにお願いして、資料は纏めて送ってもらったけど……返事はまた今度で良いでしょうか。そうしよう。

 商会の皆は、私が居なくなった後でも元気にやっている。それはとても安心した。


  

 ……ただ、もう一つだけ起きた変化もあって。

 あの晩以降、フェルさんやレオールさん達とは常に顔を合わせているのだけれど、ジュリウス陛下と会う機会が激減したのだ。

 最初はもうじき始まる武術大会の件で、陛下も色々と多忙なのだろうと納得していた。

 けれどそれだと、同じく大会の警備や出場選手としても関わる近衛騎士団長のレオールさんも忙しいはずで。


「ロミア様、そろそろ休憩を挟みましょう。紅茶とスコーンをご用意しましたので、いつも通りゲラート様の執務室にお越し下さい」

「あっ、もうそんな時間でしたか? すぐ行きます!」


 丁度よく作業も一段落したタイミングだったので、階段を上がって四階へ。

 ここでも陛下からのティーセットでお茶をさせてもらっているものの、それも余計に陛下の事を考える切っ掛けになってしまう。


 ……陛下は本当に優しい人だ。

 私の意思を尊重してくれる方だからこそ、自分の気持ちを後回しにして、婚約者となる提案をしてくれた。

 昔出会った時の縁を大切にしている彼だからこそ、親切心から始まったこの婚約には──色恋なんてものは存在していない。


 ──ちょっと顔が見られないからって寂しく思うだなんて、本当の婚約者でもないのに図々しすぎるよね。


 いつかは終わる、特別な関係性。

 ただでさえ育ちも身分も違いすぎるのに、“陛下に一目でも会いたい”なんて思っちゃ駄目だ。


 彼はいつか私から離れて、ちゃんとした教育を受けたお姫様と結婚する。

 彼が選んだ相手ならきっと良い人だろうし、幸せな夫婦になるのは間違い無い。

 

 そうなった時、私は絶対ここには居たくない。


 ジュリウス陛下が誰かの側で微笑み、幸せに暮らしていくであろう宮殿には居られない……!


 そもそも彼は私の恋人でもないのに、こんな未来の事を想像して、勝手に落ち込むなんて馬鹿げてるのは分かってる。

 だけど……だからこそ。


「……私、もっともっと頑張らないとなぁ」

「そうですか〜? 今でも頑張りすぎなくらいですよ〜?」

「そんな事ありません。私なんて、まだまだで……」


 お金を稼いで、母とカミラに恩を返す。

 帝国を少しでも豊かにして、ジュリウス陛下に恩を返す。

 そうしたら私は、残ったお金で帝国を出て──


 


 ──彼の事が耳に入らないような遠い土地で、静かに生きよう。


 この身分違いの感情には、しっかりと蓋をしておかなければならないのだから。

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