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12.満月の晩に

 窓の外には、綺麗な満月が昇っている。

 そんな素敵な深夜に、私は一人で自室を離れていた。


「……さて、ここで問題です。私は今、どこにいるでしょうか?」


 返事なんて来るはずないので、セルフ解答しますね。

 まーったく……見覚えの無い廊下ですねぇ……!


 そう、私は何を隠そう方向音痴。

 もう何度も通っている魔術塔なら辿り着けるはずだからと、フェルさんもエリザも呼ばずに自室を出て来たのだ。

 

 実は今日、例の魔道プレートについて参考になりそうな本を数冊借りてきた。

 その中で、上下巻の下巻の方だけ持って来てしまっていたものがあったのだ。

 

 寝る前に序盤の所だけ読んでおこうと思っていたものだから、昼夜逆転している魔術師さんも多いし、言えばいつでも貸し出してもらえるようになってるのよね。

 宮殿内なら騎士さん達だって警備しているし、不審者が居るとは考え難いから、サッと行って帰って来るつもりだったのだ。

  

 ……いやね、途中までは順調だったんですよ?

 あ、ここエリザと通った絵画の飾ってある廊下のところだな〜とか、フェルさんが教えてくれた晴れた日に景色が良い窓のある所だ〜とか、見覚えのある道を通っていたはずなんですよ。

 けれどもそれらは明るい日中の出来事で、今はほんのりと魔道具の照明も抑えられた、薄暗い宮殿。

 

 ……その影響で、景色が違って見えるんですよね〜。

 すると、あら不思議!

 見覚えがあるはずだった通路を(多分)間違えて通ったり、絶対間違い無いと思って降りていった階段を(多分)間違えたり……。


「……なんか、気が付いたら全然知らない地下に足を踏み入れてるよねコレ。下手したら地下牢とかに迷い込んでて、極悪人とかに遭遇しちゃうやつだったりしない……?」


 大丈夫か、私。

 大丈夫じゃない!


「やだもう〜……! 宮殿の中で迷子になってるなんて、絶対に陛下達に知られたくない……!」


 知られたら多分、笑われる。

 陛下やゲラートさんなら、きっと微笑ましい感じで笑って流してくれるかもしれない。

 だけど、そこからもしレオールさんに知られたら、爆笑される予感しかない……!

 

 フェルさんもきっと、今の私の惨状を目の当たりにしたら『ですからわたくし、ご用がありましたらいつでもこちらのベルを鳴らして下さいと申し上げましたのに……。フフッ、困ったお方ですね』って言われるもん!

 脳内でフェルさん再現されてるもん!

 おまけにそのベル、部屋に置いてあるからどうしようもないね!

 

 更には道を間違えた事に気付くのが遅すぎたせいか、元来た道に戻ろうとしても、全然戻れない。

 どんどん入り組んだ通路に入り込み、開けたんだか開けてないんだかすら覚えていない扉を何度も潜った。

 本当にどこなの、ここ!


「それに……何だか、凄く冷えるんだよね……。ていうか、冷えるを通り越して、こ、凍えそうっていうか……」


 思わず声が震える。

 羽織ってきた上着も意味をなさなくなってくるほど、吐き出す息も真っ白だ。

 

 その時だった。


 どこか遠く……ここの地下、らしき方向からだろうか。

 籠ったような狼の遠吠えらしき声が、どこからか聞こえて来る。

 

 その声は寂しそうで、苦しそうで……。


「何なの、この音……。もしどこからか宮殿内に魔物が侵入したんなら……どう考えても一大事でしょ」


 誰かに伝えないとまずい。

 そう考えた私は、そのタイミングで連絡用の魔道具──フェルさんから以前預かった、手鏡の事を思い出した。

 コンパクトな手鏡は、あの日以降から常に携帯する癖が付いていた。

 そのお陰で、今もそれは私の手元にある。

 

「魔力を流せば、手鏡に仕込まれた仕掛けが作動して、フェルさんに連絡が取れるはず……!」


 そう思って、魔力を込める。

 ……けれども何故か、手鏡は作動しない。


「……まさかここ、魔道具が作動しない結界の中に入っちゃってるのかも」


 以前、フェルさんから安全の為にそういう結界が張られたエリアがあるとは聞いていた。

 よく周りを見てみれば、先に続く通路は真っ暗だった。

 照明用の魔道具すらも作動しないエリアに来てしまっていたらしい。


「それなら、ここから先は魔法で視界を確保しないとだね」


 私は習いたての魔法で明かりを灯し、先へと進んで行く。

 

 今思えば、この時の私はどうかしていたのだろう。

 少し戻って、フェルさんに連絡を取ってからでも遅くはなかったのに。

 それすらも思い浮かばずに、一人で行く事を選んでしまったのだから。




 ──そして私は、とんでもない光景を目にしてしまった。


 冷たく凍り付いた、鉄の扉の向こう側。

 身体の芯まで凍りそうな猛吹雪が吹き荒れる室内で、びっしりと描き記された大きな魔法陣と、何重にも巻き付く魔法の鎖に繋がれている怪物が居た。

 

 それは雪のように白い体毛に覆われた、暴れ狂う巨大な狼。

 魔道具らしき物から発生しているであろう魔法の鎖を引き千切らんと、何度も身をよじって、苦しげな唸り声と共に牙を立て、爪を振り翳す怪物だった。


「なに、これ……。なんで、こんな所に……っ、!?」


 その怪物の姿をよく見てみると、左前脚に何か怪我でも負っていたのか、火傷のような痕がある。


「あの怪我……左側……」




 ──陛下が怪我していたのと、同じ場所……?



 

 その時だった。

 

 ぶわり。

 途方も無い魔力の渦が、吹雪となって私の身体を吹き飛ばす。

 その風があまりにも強烈で、私は呆気なく宙を舞い、流されるままに床に叩き付けられた。

 痛いとか寒いとかいう次元じゃなく、もう訳が分からなくて。


 

 気が遠くなっていく。

 

 身体がどんどん凍り付いている、のだろうか。

 

 頭の片隅でまた、ぼんやりと悲しげな遠吠えがしたような……。




 そのまま私の意識は、真っ白に包まれた。

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