11.想う心
新聞にグランプリ受賞が掲載された二日後、私は受賞のお祝いに帝都の有名パティシエが経営するお店のスイーツを食べさせてもらえる事になった。
新聞の影響はかなり凄まじかったようで、最初は私がお店で直接好きなものを選ぶ予定だった。
しかし、ゲラートさんとフェルさんと一緒に帝都に少し顔を出しただけで、
「えっ? あれって宮廷魔術師団のローブだよな?」
「メイドさんを連れた美人の魔術師って事は、もしかして陛下の婚約者様じゃない!?」
と、すぐに私の正体がバレてしまい、お店に辿り着くどころではない大騒ぎになってしまったのだ。
私は一旦宮殿に帰って、フェルさんにお勧めのケーキを選んで買って来てもらう事になった。
彼女が選んでくれたのは、小さくて丸いチョコレートケーキ。
上にはベリーと、紫色のチョコで作られた花弁が飾られている。
「うわ〜! 私、チョコレート大好きなんですよ!」
「フフッ。そうまで喜んで頂けると、メイド冥利に尽きますね」
「お金を出したのは僕なんですけどね〜」
今日も植物園でお茶をさせてもらう事になり、ケーキはゲラートさんが。
これまたお祝いの品として、レオールさんが選んでくれた彼の地元名産の紅茶の茶葉を使う。
それをジュリウス陛下が吟味したという、白地に紫色の花が散りばめられたティーポットとお揃いのカップで頂くのだ。
皇帝と団長二人からの贈り物でのティータイムだなんて、こんな畏れ多くて、あまりにも優雅すぎる午後があって良いのだろうか……?
「まあ、僕とフェルちゃんの分も買ってありますから、三人でゆっくりお茶しちゃいましょうか〜」
「申し訳ありませんが、わたくしは他の業務がございます。後ほど頂戴致しますので、お二人でごゆっくりお過ごし下さいませ」
そう言うと、フェルさんは残る一つのケーキが入った箱を持って植物園を去っていく。
「……ちょっと残念ですけど、私達で一足お先に贅沢ティータイムしちゃいましょうか?」
「ジュリ君もレオ君も、大会前で忙しいみたいですからね〜。それじゃあロミア様、早速食べてみて下さい」
「はい! ワクワクしますね……!」
ゲラートさんに促され、艶々としたケーキにフォークを通す。
すっ……と沈んだフォークの手応えは、ケーキの濃厚さを直接伝えてくれる。
するとその次の瞬間、中から色鮮やかな赤いソースがとろーりと顔を覗かせた。
ソースが絡んだケーキを口に運ぶ。
「んん〜……!」
最初に感じたのはラズベリーの酸味と、華やかな香り。
咀嚼していくうちに、ねっとり濃厚なビターチョコレートと見事にマッチし、ベリーの酸味と甘味がチョコの香り高さを引き立たせるのだ。
まさか中にベリーソースが入っているなんて思わなかったから、最初はちょっと驚いた。
しかも私はベリー系も大好物なので、まだ一ヶ月も経っていない帝国生活でフェルさんに完全に好みを把握されているのが、若干恐ろしくもある。
「……おいしい……チョコ、好き……ベリー、好き……これ、好き……」
「うわ〜、語彙力溶けてますね〜!」
おまけに可愛いティーカップに注がれた紅茶は、チョコレートケーキの甘さを引きずらせないようなスッキリとした飲み口。
これで口の中をさっぱりさせて、またもう一口ケーキを食べる。
……ああ、幸せの無限ループ始まっちゃいました!
「ふふっ。ロミア様、幸せそうなお顔で食べますね〜」
「これを幸せと呼ばずして、何と呼ぶのか……!」
人の役に立つ物を考えて。
皆でそれを形にして。
それが認められて、祝福されて。
……まるで私個人が、初めて【生きていて良いんだ】って言われたような感覚で。
実の父親に捨てられて、利用されそうになった私でも、誰かの役に立てるって認められたんだ。
──私……今日まで生きてて良かったなぁ。
そう思えるようにしてくれたのは、間違い無くあの夜に手を差し伸べてくれたジュリウス陛下で。
私の魔力と商人としての力が役立てられるなら、この国でも自分の居場所を作れるんだと教えてもらえた。
だから私も、この一年の婚約期間中にお金を稼いで、陛下がしてくれたように、お母様とカミラを助けてあげたい。
それが達成出来たら、残ったお金で自分の商会を立ち上げる。
……だって陛下には、私よりもふさわしい女性が居るはずなんだから。
「…………?」
何故だか少し、胸の奥がぎゅうっとした。
その微かな苦しさは、まるでこのケーキのようなほろ苦さだった。
*
今夜は満月になる。
わたくしはケーキを半分だけ取り分けた後、残りの半分をエリザに譲った。
「えっ、師匠があそこのお店のケーキを半分でも食べさせてくれるってどういう風の吹き回しですか!? 今夜は猛吹雪でも来るんですか!?」
なんて大騒ぎされたものの、ケーキの乗ったフォークを口に突っ込んだら黙々と食べ進め始めたので、それを放置して目的地へ向かう。
今夜は陛下がご不在となる為、午後の鍛錬の後は早めの夕食を済まされる。
その前に先にロミア様のお部屋の掃除を済ませてしまおうと、階段を上がって二階の廊下を歩いていくと──
「……あれは」
……ロミア様のお部屋の前に、何か落ちている。
妙な胸騒ぎと共に扉の前に向かえば、その正体は一枚のカードだった。
「『陛下から身を引け。平民如きが、皇族の高貴な血を穢すその前に。さもなくば命は無い』……ですか」
手書きではなく、印刷された文字。
筆跡では個人を特定出来ない為、犯人探しは少々手こずる事になりそうだ。
「……よりにもよって今日ですか。仕方がありませんが、これは陛下のお耳に入れておかなくては」
「陛下」
「珍しいな、フェル。お前が訓練場に来るなんて」
訓練着で騎士団の剣術稽古に参加していた陛下の元へ駆け付け、それ以上の言葉を口に出す前に、例のカードを陛下にだけ見えるように差し出す。
「……っ、これは──」
──脅迫状。
ロミア様がこれから先どのような道を選ばれても良いよう、国全体に大々的には発表していなかったお二人の婚約関係。
けれどもロミア様ご自身の才能を発揮された結果、どこからかその情報を嗅ぎ付けた新聞記者が、彼女の存在を大きく報じた。
その矢先に、この脅迫状だ。
「如何なさいますか、陛下」
宮殿宛てに脅迫状を送り付けるならまだしも、これが落ちていたのは、彼女の部屋の目の前だった。
警備が甘い訳ではない。
宮殿内部の人間が、何らかの形で関与している可能性が高いのだ。
「……彼女に不安を与えたくない。速やかにゲラートとレオール、ゼルナンドと連携を取り、彼女を一人にさせないよう目を配ってくれ」
「かしこまりました」
少なくとも今夜、陛下は身動きが取れない。
そのうえ、内部の人間が怪しいとなれば、この情報はごく限られた者にしか開示出来なくなる。
私とゼル、陛下の幼馴染であられるゲラート様とレオール様。
……信用出来るのは、たったの五人。
その人数で、メイドから騎士、魔術師、料理人から出入りの業者に至るまでを警戒し、脅迫状の犯人に辿り着かなくてはならないのだ。
犯人探しが長引けば、武術大会が始まってしまう。
そうなってしまうと、容疑者は各国からの参加者から観戦客にまで拡大する。
「……俺達で、彼女を死守する。俺の想いを、こんな紙切れ一枚で踏み躙られてたまるものか──」




