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10.前途多難な婚約生活

 エリザに業務を引き継いだ後、わたくしは足早にある場所へ向かっていた。

 そこは、宮殿内でも立ち入る者が制限されている部屋──皇帝の執務室である。


「失礼致します、陛下。フェルでございます」

「……入れ」


 机から顔を上げた陛下は、突然やって来たわたくしを見て眉根を寄せた。


「……どうしたフェル、何かあったのか?」


 彼がそう手短に尋ねる。

 わたくしはグッと拳を握り締めながら……嘆き混じりにこう告げた。


「ロミア様の事なのですが……あのお方は、陛下のお気持ちに全く気付いておられません……!」

「なっ……!?」

「わたくしは分かりやすく『陛下はロミア様以外と婚約するつもりがない』とアピールしたはずなのです! それでも……それなのに、あのお方ときたら……超が付くほどの鈍感なのです……!!」

「ほ、本当なのか!? 俺は、俺は彼女への想いの丈を、全て吐き出したはずなのに……っ、──!」


 慌てて椅子から立ち上がった陛下だったが、その拍子に思わず机に手をついたせいで、夕方の訓練で負った左腕の傷に響いたらしい。

 昨日から実力だけは確かな治癒術師のゼルが研修会で不在の為、応急手当てだけ済ませた状態だ。

 魔法で受けた傷は治りが遅い為、ゼルの適切な診察が必要になる。


 少なくともロミアがジュリウスからの好意を【友情】だと勘違いされているのが分かった彼は、今後の方針を変えていかねばならないだろう。

 すると考え込むジュリウスに、フェルはこんな提案をした。


「……はぁ。婚姻が出来ただけでも前進したと思って浮かれて怪我をしたかと思えば、それすらも怪しかったとは思いもしていなかった……!」

「それにはあの場でプロポーズを見守っていたわたくしも驚愕ですが、陛下とロミア様の婚約期間は一年間。それが過ぎれば、在留資格を失った彼女は王国に帰ってしまわれるでしょう」

「タイムリミットを迎える前にロミアが俺を意識して、想いを通じ合わせねばならないと……」

「わたくしフェルも、微力ながら陛下にお力添えを致します! ロミア様には、今度こそ幸せを掴んで頂かなくてはなりませんので……!!」

「ああ……頼りにしているぞ、フェル!」


 そうしてわたくし達は、密かに固い握手を交わすのだった。 




 *




「……あの、ちょっと待ってくれ。今、何と言った?」

「ですから、僕達魔術師団を代表してロミア様が発案された【魔法回路式魔道プレート】が、商会ギルド連盟主催の新商品発表会でグランプリを受賞したんですよ〜!」


 ジュリウス陛下との婚約が発表されてから二週間後。

 魔術師団で準団員としての立場を与えられた私は、丁度良いタイミングだったので新開発の魔道具を発表会に出させてもらっていたのだ。

 

 この商会ギルド連盟というのは、各国の商会ギルドに登録している販売業者や商品開発者の集まりだ。

 第二の実家であるルーシア商会もここの発表会には出ていたものの、グランプリどころか入賞するような画期的な新商品の開発は出来ていなかった。

 けれども私がレオールさんとの帝都カフェ巡りで得たアイデアをゲラートさんに気に入られ、『魔術師団のサポートと私の聖属性の魔力があれば出来るかも』というその場のノリだけで一気に開発・実用化に漕ぎ着けてしまった──その新商品こそが、【魔法回路式魔道プレート】なのだ。


 何とグランプリに輝いた商品は、商会ギルド本部のある帝国で最も大きな新聞社“フロスト新聞”で一面を飾る事になっており、私の名前もそこに載っている。

 その新聞を差し出してみると、陛下は複雑そうな表情で記事に目を通した。




 ──────




『商会ギルド新商品発表会 今年のグランプリ受賞者は、噂の皇帝陛下の美しきフィアンセ!?』


 先日行われた、今年度の商会ギルド連盟主催の発表会。

 今年のグランプリに輝いたのは、帝国民長年の悩みの種である雪かき・雪下ろしに革命をもたらす新商品【魔法回路魔道プレート】。審査員らの意見も満場一致、堂々たる一位を獲得した。

 

 この商品は特殊な手法で刻まれた魔法回路を、温めたい路面・屋根の下に予め書き込み、起動板から魔力を流す事で、回路の届く範囲全域に魔力を巡らせる。

 その魔力も微量で済むよう調整されており、従来は加工の過程で捨てられる魔石クズを再利用してプレートに混ぜ込んで焼き上げ、路面や屋根に敷き詰める新素材の建材となっている。

 プレート表面には斜めの溝があり、溶けた雪の水はけを良くする工夫もされており、加点対象となった。

 これによって消費魔力を抑え、降り積もった雪を自動的に溶かす事が可能。

 危険な雪かき作業から解放され、路面凍結や雪下ろしによる生き埋めが激減するとの期待が持たれている。

 この魔道プレートの普及によって、帝国各地の排水設備の拡充が課題となると予想される。


 更に当新聞社は、この魔道プレートの開発者が、先日電撃発表されたジュリウス皇帝陛下の婚約者であるとの独自情報を得た。

 

 会場にて表彰されたのは、宮廷魔術師団の準団員であるロミア・ルーシア氏。

 今春に新会長が就任したシルリス王国・ルーシア商会。その前会長夫妻の養女。

 

 会場にてルーシア商会と頻繁に取引をしているという業者との接触に成功し、ルーシア氏を目撃した業者従業員からの証言を得た。

 従業員の男性は「ルーシア氏本人で間違い無い。しかし、どうして彼女が皇帝陛下の婚約者になっているのか」と、戸惑いをあらわにしていた。


 当社は引き続き、突如として業界に現れた若き天才魔術師、皇帝のフィアンセでもあるルーシア氏の今後に注目していく。




 ──────




「……ロミア嬢の努力が報われて祝いたい気持ちと、別の意味で大きく話題になった君の行動力に驚愕している気持ちがぶつかり合って、理解が追い付かないんだが?」


 記事を読み終えた陛下は、誌面を執務室の上に放り出して天井を見上げてしまった。


「えっと、陛下をビックリさせたいから黙っていてほしいと言われてしまって、詳しい事が今日まで言えなくて……。ご、ごめんなさい!」

「……君が謝る事ではない。どうせゲラートが面白がって、新聞に載るまで秘密にしているように言ってきたんだろう」

「えへへ〜」

「俺が皇帝じゃなかったら、今すぐ一発平手打ちしてるところだぞお前……!」


 え、ちょっとそれ見てみたいかも。

 でも陛下は立場を理解して冷静さを取り戻そうとしているのか、フェルさんが丁度良いタイミングで持ってきた紅茶で一息ついた。


「……改めて、貴女の発想と努力に敬意を。そして、我が国の為に素晴らしい技術の提供をありがとう、ロミア嬢」

「いえ、これは自分のやりたい事の為でもありましたから」

「人の為になる商品を作る事が、か?」

「それもそうですけど……私、伯爵家に資金提供をしたいと思っているんです」

「……どういう事だ?」


 私を売ろうとした父・ダリオスは無事に投獄された。

 伯爵家の当主は母のマリゴルドが代理となり、姉・ダリアが婿を迎えるまでは彼女が領地を治める事となったのだ。

 けれどもガタガタになったアリスティア領の立て直しは、母の力だけでは簡単には実現出来ない。

 それに、そんな母を側で支えるカミラも、あんなに広い屋敷の全てを一人で管理するのは無理だった。


「あくまでも姉が家に戻るまでですが、今回の魔道プレートの売上の一部を伯爵家に寄付するんです。母にもその旨は手紙で伝えますし、家で雇える人が増えればカミラの……たった一人の使用人の負担も減りますから」


 私を産んでくれた母が居なければ、私は今ここに存在していない。

 母にもきっと母なりの苦しみがあって、あの日私との再会を果たしたはずだ。

 彼女にだって、今からでも自分の人生を取り戻す権利があるはずだから。 

 それにカミラだって、他の使用人に仕事を任せられるようになったら、彼女も自分の人生を選び取る余裕が出て来るだろう。


「……だから私、陛下にここに連れて来てもらってから、自分のやりたい事しかやってないんです。今回の魔道プレートが作れたのだって、そういう選択肢を与えて下さった陛下のお陰なんですよ」

「ロミア……君という人は、本当に……」


 陛下はしばらくすると、小さく微笑んだ。


「……それなら次は、君に俺の勇姿を見届けてもらいたいな」

「……と、おっしゃいますと?」

「もうじき、帝国内外から参加者が集まる武術大会が開催される。ロミア嬢には、その応援に来てもらいたい」


 そう言われて、視線がふと彼の左腕に吸い寄せられた。

 武術大会に向けた鍛練で陛下が怪我をした、というのはこの前ゼル先生に聞いていたけど……。

 宮殿を離れていて治療が遅れた影響でか、咄嗟に魔法を防ごうと庇った左腕に、火傷のような痕が残ってしまっているそうなのだ。

 幸いにも、ゼル先生が調合した塗り薬を使っていればそのうち完治するらしい。


「……分かりました! 最前列で応援しに行きますね!」

「ああ。君の声援があれば、たとえ百人が相手であっても余裕で戦えるな」

「そうやってイチャイチャしてたら、また新聞に書かれそうですね〜。ロミア様も“美しきフィアンセ”として話題になっていますから、注目されるでしょうし〜」

「「い、イチャイチャしてるように見えましたか!?/見えたか!?」」

「見えますよね〜、フェルちゃん?」

「見えますねぇ、ゲラート様」


 何はともあれ、私の帝国での新生活は順調な滑り出しを見せた。

 でも、“美しきフィアンセ”は表現盛り過ぎだと思う。

 もし記者さんに会ったら、余計な事は書かないでって文句言わなきゃ!


 

 ……けれどそれも、束の間の平穏に過ぎなかった。

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