7.ルーシア家の娘
突然大声を出したゲラートさんに言われるがまま、私は女性の魔術師さんと一緒に別室へ連行された。
私より少し歳上そうなその女性──リナさんから手渡されたローブは、他の魔術師さん達よりもシンプルなデザインだ。
色は白。この色のローブを着ているのは、どうやら私だけらしい。
「あの、どうして着替えさせられているんでしょうか……?」
「急に階段を転げ落ちながら降りて来たゲラート団長が『とんでもない事実が判明したので、すぐにロミア様を着替えさせて下さい!』って、とんでもなく必死な形相で頼んでくるものだから、仕方なく……。ああなった団長は、大人しくなるまでこっちの言う事なんて全然聞いてくれないのよ!」
リナさんに詳しく理由を聞いてみると、どうやら私はこれから魔術師団の活動に強制参加させられるらしい。
あまりにも理不尽だぁ!
実際に魔術を使ったり、魔法薬を作る際にドレスなんて着ていたら、焦げたり汚れたりしてしまう。
なのでこのローブには、特別な素材が使われているそうだ。
ある程度の魔術を受けても燃えたりしないし、少しの汚れなら簡単に洗い流せるんだとか。
それもやはり魔術塔で開発された技術らしく、帝国内の冒険者や騎士団からも好評らしい。
魔術師団が開発した薬や素材は、団長のゲラートさんの知り合いである商人が買い取って商売しているという。
そうやって自分達の作った物が人々の役に立ち、その売上が研究費にもなるのだから、とても素晴らしいサイクルだと感心してしまった。
うちの商会でも取り扱えないものかしら……と考えてしまうのは、もう止められないから諦め始めている。
ローブに着替え終えると、作業台が並ぶ一階スペースに連れて行かれた。
ゲラートさんが他の魔術師さん達とホクホク顔で用意している机の上には、鍋や空き瓶、何種類かの乾燥した薬草や色付きの石が用意されていた。
あれ? この小石って、もしかして……。
「……あの、ゲラートさん。この石って、もしかして魔石ですか?」
「あ、お着替え終わったんですね! ええ、魔石は魔法薬の素材にもなりますからね〜。レオ君や騎士団の方々が遠征先で討伐した魔物から採れた魔石を、こうして魔術師団に回してもらうようにしてるんですよ」
「という事は、ここで作られた魔法薬を騎士団が使っていたりするんでしょうか?」
「そうですよ〜! 街の薬屋から買う事もありますが、基本的には僕らが騎士団用の魔法薬を納品してるんです」
パッと見ただけでは、素人には魔石と宝石の区別は付かない。
魔石とは魔力の塊であり、主に魔物から採れる小粒の石が市場に出回っている。
地方には純度の高い魔石鉱山があったりして、うちの商会でも取引する事もあるけれど……。
そういう大きな魔石は、大掛かりな装置や、高級品の武器などに使われる事が多い。
私が実際に見たものだと、伯爵家にあったお風呂用の湯沸かし装置がそれだ。
それと、赤毛の騎士団長のレオールさんが腰に下げていた剣にも、よく目立つ赤い石が付いていたと思う。
実戦用の剣に宝石を付けているとはあまり思えないから、多分あれも魔石なんじゃないかな?
それにゲラートさんの説明通り、ちょっとお高めの魔法薬にも魔石が使われているのは知っていた。
これでも育ちは地域で一番の商会ですからね! ある程度の品物の知識はありますとも。えへん!
「……話が逸れましたが、私にローブを着せたのはどうしてなんですか? 新しい魔法薬の実験の見学ですか?」
するとゲラートさんは、魔術師の皆さんから何かの紙を回収し始める。
「ロミア様の支度を待っている間、先程調べたあなたの“例の加護”について、魔術師団に共有させました〜」
「……え?」
その“例の加護”って、聖女様と同じ聖属性っていうやつだよね?
えっ、それをどうして魔術師の人達に言いふらしてるの!?
ジュリウス陛下にならまだしも、こんなに大勢の人達に明かして良いような内容じゃない気がするんですけど!
「あ〜、安心して下さい! あまり大っぴらにしない方が良い内容でしたので、こちらの魔法契約に署名させて一切口外出来ないように縛り付けてあるので〜!」
穏やかな笑顔でそう言いながら、サラッととんでもない高レベルの契約書の束を纏めている彼。
残る最後の一人であるリナさんもそれに署名し、それを確認したゲラートさんは、全員分の契約書を魔法か何かでどこかに片付ける。
「この魔術塔では、帝国内において最高機密にあたる魔法研究・魔道具の開発、および魔法薬の研究が行われています。ですので、ここには古代魔法レベルの防音魔法と防御結界が施されているので、ロミア様にも安心して聖属性の魔力を扱って頂ける環境が揃っているんですよ〜!」
「……まさか、世にも珍しい魔力を使った実験がしてみたいから、陛下への報告よりも先にこっちを優先させたかったんですか?」
「えへへ〜」
えへへ〜、で済むようなものなんですか……?
するとゲラートさんは、机の上に用意されていたいくつかの小瓶の中から、一つだけ手に取った。
その小瓶の中には透明な液体が入っていて、中の液体が小さく揺れている。
「こちらの魔法薬なんですが、魔力が溶け込みやすいように成分を調整してあるんです〜」
「あ、遠慮なく実験に移っていくんですね……」
私が思わず遠い目をしながら呟くと、リナさんが『諦めろ』とでも言うかのように首を横に振った。
さっきリナさんが言っていた通り、ゲラートさんは研究の事となると優先順位がおかしくなってしまうらしい。
彼は手に持った小瓶に魔力を注いでいく。
中の液体が少しずつじんわりと色を変え、ほんのりと黄色に染まっている。
次に染まった液体を、近くに用意されていた土の入った植木鉢に注いだ。
すると、何かの種が埋めてあったのだろう。
ふかふかの土の中から、小さな植物の芽がにょきょきと生えてくる。
芽吹いたその植物は、まるでそこだけ時が早く流れているかのように、みるみるうちにその成長を早めていく。
何事かと驚いているうちに、その植物はあっという間に小さな花の蕾を付けていた。
「な、何でこんなに早く植物が成長したんですか!? 市販の魔法薬なんかじゃ、こんな速度で花や作物を育てるなんて不可能なのに……!」
「これでもまだ未完成なんですよね〜」
「ええっ、これで未完成なんですか!? 今の段階でも、簡単に食料問題を解決出来そうな商品なのに……」
するとゲラートさんは、今度はまた別の液体が入った小瓶を私に差し出してきた。
ちょっと戸惑ったものの、
「僕の予想が正しければ、ロミア様の魔力ならこの花を開花まで持っていけるんじゃないかと思うんです」
と期待を込めた眼差しを向けてくるので、私もリナさんにならって、大人しくその瓶を手に取った。
「でも私、こういう実験なんて一度もやった事が無いし、不安すぎるんですけど……」
「大丈夫ですよ〜! ……よっぽどの事が無い限りは」
「そ、それ本当に大丈夫なんですか!?」
「とりあえず魔法の練習感覚で、魔法薬に魔力を込める感覚を掴んでいきましょ〜!」
気が付けば、私達の近くに居た魔術師さん達がこちらを見守っていた。
彼らも研究らしく七百年ぶりの聖属性持ちによる実験が気になるようで、期待と興奮が混じった視線を全身で浴びせられている状態だ。
「な、何だか見られすぎてて落ち着かないんですが……!」
「歴史的にとても貴重な、聖属性での魔法実験ですからね〜。注目を集めて当然ですよ」
「……やらないと部屋に帰してもらえないやつですよね、これ」
「そうですね〜!」
くっ……!
無駄に整ったその顔立ちのせいで、悪意が欠片も感じられないから、強く断り辛いっ……!
「ああ、もう……! 分かりましたよ! やれば皆さんの気が済むっていうんなら、さっさとやってやりますとも!」
私は“どうか失敗しませんように”と祈りを込めて、小瓶の液体に魔力を注いだ。
すると上手くいったのか何なのか、無色透明だった薬液が乳白色へと変わっていき、光を反射するようにキラキラと輝くカラフルな粒が中で渦を巻き始めた。
「これ、判定石を使った時と同じ色……?」
「ロミア様、それをその花にかけてみて下さい!」
「は、はい!」
ざわつく作業スペースで注目を一身に浴びながら、私はゲラートさんの指示通りに変化した液体を、植木鉢に注いだ。
するとゲラートさんの黄色い薬液で蕾を付けたその植物が、私の白い薬液を浴びてゆっくりと花を開かせる。
どうやら鉢に埋められていたのは、赤い花だったようだ。
「「「おおっ……!」」」
「これが聖属性の持つ魔力の効果か……」
「なあ、初日で開花まで行ったのは今回が初めてだよな……?」
更にざわつきが増した室内で、ルカさんの花を見つめる視線が鋭さを増した。
「……! ロミア様、これ追加でもう一本お願いしても良いですか?」
「え、あ、はい!」
慌ててまだ残っていた透明の小瓶をもう一本差し出してきたゲラートさんの指示に従い、同様の工程を繰り返す。
すると今度は、その花が突然赤い炎に包まれたではないか。
「えっ、なんか急に燃えちゃったんですけど! これ大丈夫なやつですか!? 私、何か失敗してますよねコレ!」
「いえいえ、大成功ですよ〜! ツェド聖樹林の限られた地域でしか花が咲かないと言われる、フラーマの薔薇。それがロミア様の手で、今この場所で開花したんです!」
「えっ……ほんとに咲いてる……? 俺、夢でも見てるのか……?」
「『聖樹林に流れるマナでなければ開花には至らない』というのが通説だったが、まさか人間の魔力であの花を咲かせてしまうだなんて……」
「凄い! これで新鮮なフラーマの薔薇がいつでも手に入るなら、カツカツだった研究費にも少しは余裕が生まれるかも!」
「歴史的発見じゃないか!」
「……あの、皆さんの盛り上がりっぷりが凄まじすぎて怖いんですが!?」
「それだけの成果を上げたんですよ〜! 今日、魔法薬学と薬草学の歴史が動きました〜!!」
私達の目の前でメラメラと燃える、真っ赤な炎の薔薇。
急ではあったものの、ちょっとした実験に付き合ったつもりだったのに、何だか大事に巻き込まれてしまったらしい……。
「……というわけで、ロミア様」
「はい……?」
「もうちょっと色々検証したいので、こっちの薬液にも魔力注入してもらってよろしいですか〜?」
次々と机の上に目の前に並べられていく、いくつもの瓶や植木鉢。
魔術師さん達はそれぞれ盛り上がっていて、お互いに今後の実験の計画を話し合ったりしているらしい。
ローブの着替えを手伝ってくれたリナさんも、流石に貴重な花が目の前で開花した事実に意識を持って行かれてしまったらしい。
彼女の握る羽根ペンが、紙の上を延々と滑り続けているのが視界に入ってしまった。
とはいえ、彼らのこの盛り上がりの原因となったのは私の魔力──聖女様と同じ聖の加護だ。
一般に流通している判定石では見付ける事が不可能だった、世にも貴重な特別な魔力。
私が属性無しではなかったと知れたのは、素直に嬉しい。
……けれど同時に、こんな珍しい加護を持って生まれたせいで、私の人生が大きく変わってしまったとも言えるのだ。
私が家族と同じ炎の加護だったら、姉妹三人で両親と仲良く暮らせていたのかもしれない。
──だけどそうだっとしたら、私はルーシア家に引き取られていなかった。父さんと母さんの娘として生きる人生にはならなかったんだ。
大勢のお客さんと、従業員達の笑顔の為に。
そして大切な家族の為にと、父さんは商会を大きく発展させてきた。
母さんは、そんな父さんに惹かれて逆プロポーズをして結婚したんだよ、とこっそり私に教えてくれた事があった。
……二人の娘として生きてきたこれまでの日々は、かけがけのない日々だった。
私もそんな父さん達みたいになりたいと憧れるようになったのは、いつからだったろうか。
……だからこそ、そんな二人の死が、何よりも悲しくて。
「……これがその“試練”だったとしたら、乗り越えてやらなくちゃ負けだよね」
父さんと母さんなら、きっと『負けるなロミア!』と背中を押してくれるはず。
きっと二人が見守ってくれているから、私が聖炎を──《聖の加護》を持って生まれた意味を、必ず見付けられるはずだから。
「ゲラートさん!」
「はい、何でしょう?」
「私、せっかくここに来たからにはやってみたい事があるんです! 実験には付き合いますから、後で相談に乗ってもらえませんか?」
「勿論です〜! では早速、こちらの鉢植えから試してもらって──」
父さんと母さんの自慢の娘として。
ルーシア商会の一員として育てられたこれまでの私の日々を、無駄になんてさせるもんですか──!




