4.皇帝と令嬢 後編
俺はシルリス御三家であるパレンツァン公爵家の嫡男、レド先輩の誕生日パーティーに招待された。
俺自身は先輩との関係性は薄く、同じ学舎で学ぶ先輩後輩という間柄でしかなかった。
とはいえ、隣国の貴族……しかも御三家ともなれば、最低限の交流は持たねばならない。
彼らはシルリス国内でも高い地位を誇り、我が帝国ともある程度の交流がある。
となると必然的に、帝位を継いだ俺も、御三家の者とは関わりを持たねばならない訳で……。
飛空艇と船、そして馬車に乗り継ぎ、会場となるパレンツァン邸へ向かっていると……そこで彼女を──ロミアを見付けた。
最初はパーティーの途中で帰宅する淑女なのだろうと思ったが、何だか嫌な胸騒ぎがして、急いで馬車を停めさせた。
気になって話を聞いてみると、どうやら彼女は俺が思っていたよりも複雑な境遇であるらしかった。
すると彼女は、つい最近まで平民として育てられていた、一族の中でも異質な存在なのだというではないか。
シルリス王国の貴族は血の伝統を重んじ、同じ加護を持つ者同士でしか結婚を認められない。
その伝統があるにも関わらず属性無しの子供が誕生したとなれば、優秀な血だけをその身に受け入れたはずの彼女の母親は、不貞を疑われる。
魔力はあれど属性無し、というケースは珍しいものではあるが、純血思想を守ればそれがゼロになるというものではない。
けれども王国貴族の純血思想の中では、優秀な血からは優秀な者だけが生まれるべきだという主張が絶対的なのだ。
すると当然、強力な属性を持って生まれるはずだったロミアの扱いまでもが悪くなってしまう。
シルリスでは、血統を裏切った子供の事を“悪魔の子”とも呼ぶという。
その名の由来は、母親が『私の子供は悪魔にすり替えられた! だからこの子は、私とは加護が違う悪魔の子だ!』と言って、自身の身の潔白を主張した昔話にあるらしい。
……きっとそれは、実際にあった話がモデルなのだろう。
我が帝国では加護による婚姻の縛りなどは存在しないが、未だにそういった文化が存在するのは、ロミアの現状を見れば明らかだった。
彼女が名乗ったのは自分の名前だけで、家の名前までは明かさなかった。
けれども彼女のその特徴的な容姿は、俺の古い思い出の中の少女と合致していた。
更には俺がプレゼントしたものと同じ絵本──“ひとりぼっちの狼の子”を大切にしているという話。
記憶の中の少女こそが、目の前の可憐で哀れな女性……俺の初恋の相手その人なのでは、と思わずにはいられなかった。
「……昨日馬車の中でも話したが、俺はそこに居るフェルを筆頭に調査をさせていた」
「えっ、メイドのフェルさんを筆頭に……?」
俺の言葉に、ロミアは後ろに控えるフェルの方を振り返った。
話題に上がったフェルは、ただ無言で微笑むだけだったが。
相変わらず有能なメイドで助かるな、うん。
「レオールを含めた彼ら調査班は、この一カ月間、ミリー嬢の不審死と公爵家の不穏な動きについてを調べていた。その調査の最中に開かれたレドの誕生日会に潜入させていたフェルが、ロミア嬢との政略結婚に関する密会の現場で情報を得たんだ」
「わたくしは、そこでの彼らの発言内容、並びにロミア様の身に危機が迫っている──という旨を、魔道具による通信にてすぐさま陛下にご報告致しました」
フェルのその言葉に、ロミアはすぐにピンと来た。
「ジュリウス陛下のピアスで、あの時フェルさんからの報告を聞いていたから……!」
「ああ、その通りだ。あんな非道な契約が現実に交わされたというのは、今も腑が煮え繰り返るような思いだが……。君の安全が第一だと判断し、帝国での保護を持ち掛けさせてもらったという訳だ」
すると、今度は魔術師団長のゲラートが口を開く。
「ロミア様は、生まれた子供がどの加護を授かったのかを調べる方法をご存知ですか〜?」
「えっと……判定石を使う……んですよね。あまり良い思い出は無いんですけど……」
「ああっ、ごめんなさい……! 配慮に欠けてしまいましたね」
「いえ、これは私の問題ですから! ゲラートさんは悪くありません」
首を横に振った彼女に対し、ゲラートは懐から透明な丸石を取り出した。
「それが、ロミア様に問題があった訳じゃない可能性がありまして〜……」
「えっ……?」
「一般的に、この判定石という物は、触れた者の魔力に反応して色が変わる性質を持った鉱物を加工した品です。こうやって、石に魔力をほんのちょっぴり流すと……」
ゲラートが手にしていた判定石は、あっという間に黄色く染め上げられていった。
その石の中央には、独特の紋章が浮かび上がっている。
「こんな風に、属性が判れば綺麗な色が付くんですよね。大人の場合は自分の意思で魔力を流し込みますが、主に判定を受ける事になる赤ちゃんなんかは、魔力のコントロールが不安定です。しかし血が濃い貴族の子供などは、出すつもりが無くても、勝手に身体から微量な魔力が出ちゃうんですよね〜。なので、赤ちゃんが生まれたらすぐに加護を調べる事も可能なんです!」
生まれてすぐに魔力に目覚めている者も居れば、大人になってから急に魔法が使えるようになる者も存在する。
とはいえ判定石を買うのも家計の負担になる為、五歳ぐらいから魔力を調べ始めるのが一般的だ。
「確か、黄色に雷鳴の紋章は……雷の神の加護、でしたよね?」
「はい〜! 実は判定石の加工技術って、僕の一族が発明した魔道具なんですよ〜! それで赤ちゃんの微量な魔力でも反応するぐらい純度の高い判定石って、地味〜に高価な代物でしてね? 貴族や大商人なんかだったら比較的気軽に買えるお値段なんです。特にシルリス王国のあるエベリット大陸では、頻繁な購入は難しいお話なんですよね〜」
ゲラートから説明を受けたロミアは、顎に手を当てて考え込む仕草をする。
けれども彼女は、すぐに顔を上げた。
「……つまり、判定石は帝国で製造されているもの。だからそこに輸送費が上乗せされる為、王国で高純度の石を買うと、値が張るって事ですね?」
「そうなんです! なので、石を取り扱う業者に注文が入ったら、その都度シルリス王国に出荷する事になるんです。……つまり、ある時期に連続して石を購入した顧客をリストから探し出せば、何とな〜く察しが付くんですよね」
彼の話に、ロミアは眉を下げていた。
「……伯爵が私の加護を調べる為に、何度も買っていたんですね。私が属性無しの子供だと、認めたくなかったから……」
「ああ。それでも結果は変わらなかったから、伯爵は第二子の存在を隠す事にした。伯爵家の娘は、長女のダリアと次女のアカシアの二人のみである──と、出生届を書き換えてな」
そう……表向きのロミアの存在は、ダリオス伯爵の実子としてではなく、丁度良いタイミングで他界した遠縁の夫妻の娘として置き換えられていたのだ。
そして……。
「……この件に関して、貴女の育て親であるルーシア夫妻は、何も感知していないようだった。不幸にも親を亡くし、病弱な親戚の娘を自然豊かな土地で育ててやってくれないかと──伯爵自ら頼んできたらしい」
「そんな……公式な記録の書き換えを!? そこまでして私との親子関係を断とうとしていたくせに、今になってあんな酷い事を私にさせようとするなんて……!」
俺の言葉に戸惑っている様子の彼女。
……それも当然だ。
普通の親なら、大事な娘に“優秀な子供を残す道具になれ”だなんて命じるはずがないのだから。
自身に降り掛かった事態ではないにしろ、心底腑が煮えくりかえる。彼女の内心は勿論、天国のルーシアご夫妻も怒り心頭に違いない。
常識があれば、こんなの誰でも正気を疑う下劣な行いだ。
「……そして伯爵は、領土の作物の不作に加え、先代が残した借金による財政難で喘いでいた。そこで資金援助と姉妹の望む将来を求める為に、今回のパレンツァン家との政略結婚を決めたのだろう」
俺はどんどん顔色が悪くなっていく彼女を早く休ませてやる為に、俺は彼女に最終的な結論を出す。
「……そこで俺は両家の疑いを纏めた書簡を、教団とシルリスのアーディン王の元へ届けさせた。貴女とレドの婚約は、そう遠くない内に正式に破棄される事だろう」
──余計な邪魔が入らなければ、の話ではあるがな。
すると、今度はレオールが口を開く。
「連中の計画はひとまず途中段階で阻止出来たが、アンタに非人道的な扱いを企てていた旨も含めて、こっちで保護させてもらう事も伝えさせてもらってるぜ」
「とはいえ、この件が両家の耳に入れば、ロミア嬢の身に何かが起きる危険がある。正式に婚約解消が決まり、伯爵と公爵家の件が決着するまで、どうか貴女を我が国で保護させてもらいたいと考えている。その後の身の振り方は、君次第だ」
彼女にとっては、これまで信じてきたものや価値観が覆されるような、あまりにもショッキングな話の連続だ。
たった数日で、人生とはここまで激変するものなのかと、俺達ですら衝撃を受ける事実が飛び出して来たのだから……。
「……はい。改めてお世話になります、陛下」
それでも彼女は一筋の涙を流しながら、それでも現実と立ち向かう決意を固めた。
その意思に報いる為にも、俺は戦うと誓おう。
ロミア……お前をもう二度と、ひとりぼっちにさせない為に……。
*
ロミアの保護が決まった後、彼女にはひとまず客室で休んでもらう事にした。
フェルに連れられて謁見の間を出て行ったロミアは、人前で……それも皇帝である俺の前で泣いてしまった事を謝罪していた。
俺としては、普通の女性ならもっと取り乱していてもおかしくない状況だと思うのだが……。
彼女は強い女性だ。ここを出て行く頃には、しっかりと前を向いて泣き止んでいた。
……後で、彼女の目が腫れてしまわないと良いんだが。
「……それでだ、ゲラート。レオール。お前達は彼女をどう見る?」
扉が閉じられた後、俺と共に謁見の間でロミアと対面した二人の幼馴染に話を振った。
まず最初に口を開いたのは、魔術師団長のゲラートだった。
「そうですね〜……とても信用出来る方だな、と。フェルさんの調査通り、ルーシア商会の夫妻の元で暮らしていた頃までは平穏な人生だったというのは、なかなか心に来るものがありますね……。出来る事なら、全て何かの勘違いであってほしかったですよ」
続いて、今度は騎士団長のレオールが。
「シルリス王国の上流階級の血統主義は、相当根深い問題だってのを目の当たりにしちまったからなぁ……。あんな性格の真っ直ぐなお嬢さんが、冷酷非道な伯爵の実の娘だなんて……今でも信じられないぐらいだぜ」
「……それには俺も同感だ。彼女は今も変わらず、清廉な心の持ち主のままだった」
二人は改めて俺の前に並び立つと、段差の上に置かれた玉座に座る俺を見上げる。
「明日にでも、改めてロミア様の魔力を調べてみますね〜。ゼル君の“診断”も気になりますし、はっきりさせておきましょう」
「オレの方でも、引き続き伯爵家と公爵家の動向を探らせておく。何か妙な動きがあれば、すぐに報せるぜ」
「ああ、よろしく頼む」
すると、レオールがロミアの出て行った扉の方に顔を向けながら、口を開いた。
「……もしアイツが帝国貴族に生まれていれば、魔力のせいでいつ殺されてもおかしくないような国で生活しなくても良かったのにな」
「レオ君の言う通りです。……生まれた家のせいで自分の人生を他人に好き勝手されるだなんて、どうかしてますよ。望まない相手と結婚して、無理矢理子供を産ませられるなんて……」
ゲラートもいつもの呑気な喋り方をやめ、真剣な面持ちで固く拳を握り締めている。
……レドの元に嫁いでしまったミリー嬢も、王国貴族と結婚していなければ、もっと違う人生を歩めたはずだろうに。
「……僕は今日、こうしてロミア様と顔を合わせて、どうしても彼女の力になって差し上げたいと思いました。彼女が陛下の……ジュリ君の助けたい人だからという理由だけじゃありません」
「オレ達だってあのお嬢さんを助ける為なら、非番だって返上して働いてやるさ!」
「僕達は、伯爵さん達みたいな人でなしじゃありませんからね〜?」
「そーだそーだぁ!」
「ゲラート……レオール……」
事前にロミアの境遇や、伯爵家と公爵家の疑惑については彼らにも説明してはいた。
その時点では、俺やフェルの報告に半信半疑だったようだが……。
ロミア本人に会って、彼女の人柄に触れ。
二人は俺のやろうとしている事に共感してくれたらしい。
「……これから先、今以上に事が大きくなるだろう。両家からしてみればロミア嬢は行方不明になった状態であるし、娘を誘拐した犯人を血眼になって捜すはずだ」
「まさか娘を攫った相手が皇帝だったなんて知ったら、連中が揃って泡吹いて倒れてもおかしくねえな!」
「むしろ、犯人の手から連れ戻そうとやる気になるかもしれませんよ〜?」
二人の予想のどちらが当たっていたとしても、俺達のやる事は変わらない。
今度こそ、ロミアを幸せにする──
それだけが、俺の大切な初恋の人にしてやりたい、ただ一つの望みなのだから。




