1.色の無い私
こちらはカクヨム様で先行公開していた作品を、大幅に改稿した作品になります。
主人公がお相手の皇帝と心がすれ違いながらも、じっくりと時間をかけて愛を育み、全力ラブラブハッピーエンドを目指す作品です。安心してご覧下さい。
タイトルの読みは→冬幻郷です。
私の魔力には、色が無い。
色──それはこの国において、人の価値を決める重大な要素だ。
一般的に、子供が五歳になると『判定石』という特別な石で、その子の魔力の有無と属性──“加護”を調べる。
商売人である私の両親も、その石で私の魔力を調べたそうなのだけれど……。
私は魔力はあるけれど、何の加護も持たない役立たず──いわゆる【属性無し】だと思い知ったというのが、私……ロミア・ルーシアの一番古い記憶だった。
当時の私は、それはもうショックを受けた。
だって、何の色にも染まってくれないあの石が、まるでこの先の私の未来を象徴しているかのように思えてしまったから……。
それでも心優しい両親は、属性無しの私でも受け入れてくれた。
商会で働く他の皆も、私の事を変に気にせず、一人の人間として対等に接してくれる良い人達だ。
魔法が使えなくても、やれる事はある。
属性無しはシルリス王国では差別の対象にされがちだけれど、私は周りの人達にとても恵まれて育ったと思う。
それでも毎年、私が誕生日を迎える度に魔力を調べている。
同い年の子供達は、年々魔法が上達していった。
瞳をキラキラとさせながら、自在に水を操り、風で木の葉を浮かせ、蝋燭に火を灯す。
そんな事が簡単に出来てしまう彼らの姿が、私はどうしても羨ましくて。
次は違う結果が出るかもしれない、なんて希望にすがって。
……けれども、それもあっさり打ち砕かれて。
毎回その結果に悲しみ、早く両親を安心させなくてはと焦るものの、こればかりはどうにもならないらしい。
*
十九歳を迎えたその年、両親が立て続けにこの世を去った。
仕事で遠方に出た父は、「向こうに着いたら手紙を出すよ」と言っていた。
その手紙は結局私の手元に来ないまま、訃報だけが届き……。
そんな父の後を追うようにして、母が突然体調を崩し、急死したのだ。
「父さん……母さん……」
母の墓前には、生前からよく好んでいたヒマワリの花束を備えた。
魔法薬で成長促進させた色鮮やかな季節外れの太陽は、春の風に小さく揺れる。
「私……これからどうしたら良いのかなぁ……」
ルーシア商会は、父の右腕だった男性が引き継いだ。
新会長となった彼は、父が信頼していただけあって立派な人だと思う。
……加護無しの私なんかとは違って。
母の葬儀が終わった数日後、私は彼に呼び出された。
「……聞いたよ。この街を離れようか考えてるんだって?」
「誰から聞いたんですか、そんな話」
「うちの奥さんからだよ。この間の葬儀の後、彼女から『ロミアちゃんの事、どうしよう』って打ち明けられたんだ」
その話は、紛れもない事実だった。
ルーシア商会には両親との思い出が詰まり過ぎていて、ただでさえ父さんを喪った悲しみすらも癒えていないのに……。
大好きだった母さんまでみるみる弱っていくのを間近で見て、これ以上ここに留まるのは、私の心が耐えられそうにないからだ。
「僕もミルラも、君とは血は繋がっていないけど、本当の家族のように想ってる。君さえ良ければ、僕らで引き取りたいって二人で話し合ったんだ」
そう言ってくれた彼の熱意は、本物だった。
けれども彼は、昨年結婚したばかり。
彼の奥さん──ミルラさんのお腹の中には、もうすぐ産まれてくる赤ちゃんが居る。
「……ありがたい申し出ですが、遠慮させて頂きます。私ももういい大人ですし、いつまでも皆さんの善意に甘えてばかりではいられませんから」
新会長の提案は、親切心から来るものなのだろう。
けれどいくら何でも、これから子宝に恵まれる新婚夫婦の生活に水を差す訳にはいかない。
「……分かったよ。でもその前に、君に渡しておきたい物があるんだ」
「渡しておきたい物……?」
そう言うと彼は席を立って、しばらくして小さな小包を持って戻って来た。
その中には、手の平に収まるくらいの小さな箱が入っている。
「あの、これはいったい……?」
「……奥様から、『もしも私の身に何かがあったら、これをロミアに渡して下さい』と頼まれていたんだよ」
テーブルの上に置かれた小箱。
私は視線を上げて、もう一度彼に目を合わせてから、頷いてそれを手に取った。
中に入っていたのは、見覚えの無い銀の指輪だった。
よく見てみるとそれは、ほんのりと全体的に黒ずみがある。
「この指輪……」
……きっと母さんが亡くなる直前まで、この指輪を磨いていたのだろう。
銀のアクセサリーは、定期的なお手入れをしないと、あっという間にその輝きを失ってしまうからだ。
そんな指輪には、花の模様が刻まれているようだった。
触ると金属特有の冷たさがあったものの、それもすぐに私の体温に馴染んだ。
……母さんの優しい温もりも、この指輪から感じられたら良かったのに。
そう思ってしまうのは、私の心が弱っている証拠なのだろう。
どうしようもない寂しさをごまかすように、手元にあったハンカチで磨いて確認してみる。
あっという間に本来の輝きを取り戻した指輪をよく見てみる。
すると、どうやら指輪には薔薇の花が彫刻されていたらしい。
──この模様、どこかで見た覚えがあるような……。
両親の結婚指輪はそれぞれ棺に入っているから、母からの遺品にしては謎の残る品ではある。
けれどもそれを彼に託して亡くなったのだから、何か意味がある物なのは間違い無いと思う。
「とにかく、何か困った事があったらいつでも頼ってくれよ。何せ君は、あんなに素晴らしかった会長ご夫婦の愛娘なんだからさ」
「……はい、ありがとうございます」
そんな優しい言葉をかけてくれた彼に対して、私は上手く笑い返せていたのだろうか。