え? 私のこと好き? 本当かどうかステータス的なものをオープンさせますわ!
「はぁ、本物の恋してみたいですわ……」
ベル・ヴァレンタインは全てを持っている。
公爵令嬢という圧倒的な地位、一生遊んでいても生活できるような莫大な富。そして優しい両親に優しいお姉様に目に入れても痛くないほど可愛らしい妹。
(欲しいものなんてない。何故ならなんでも持っているから……そう思っていましたの。
でもある日友人に勧められて読んだ本のおかげで私が唯一手に入れてないものを見つけましたの)
ベルが読んだ本の内容は敵国の王子と恋をした馬鹿な王女の話。
最初は王女を馬鹿にしていたベルだったが気がついたらその本の虜になっていた。
ベルは小さい頃からたくさんの男性から婚姻のお願いを受けていたのだが、それはベルのことが好きなのではなくベルの家柄に惹かれての事だ。
要は政略結婚というやつだ。
そしてベルはその本を読むまで貴族の結婚なんてそんなモノだと思っていた。
(ですが、私は気づきましたの! その本のような大恋愛こそ私の求めたいたモノだと! そして私の夢は大恋愛の末に素敵な旦那様と結婚することですわ!)
と決意したのはいいものの……
「来るのは公爵令嬢という地位に釣られてきたボンクラばかり……こんなことじゃ大恋愛なんて夢のまた夢ですわ」
コンコンとドアをノックする音が部屋に響く。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたのは最近執事兼、ベルの護衛として雇われたルード。
天然パーマの頭に鋭い目つきが特徴的だ。
「今日はライアン家の長男、コーリー様とヘンリー家の長男ジミー様とのお見合いがあります。準備はできていますか?」
「いやですの! その2人はどうせ私に興味があるわけじゃないのでしょう? ならば会うだけ時間の無駄というものですわ」
ベルが拒否するとルードの額に青筋が浮かんだ。
「お嬢様。先方も既にこちらに向かってきています。今更わがままが通るとお思いですか?」
「ふ、ふん! パパ上に言えばどうにでもなるはずですわ! ですからお2人との話はなかったことにしましょう!」
ルードは呆れたようにため息を吐いてゆっくりとベルに近づいた。
「前から思っていたのですが、パパ上というのは馬鹿っぽいのでやめてください。ただでさえメルヘンチックなのに見ていられません」
「こ、この私に悪口かしら! もう許さない! クビよクビ! あだだだだ!!」
ルードはベル頭を潰す勢いで掴んだ。ベルの抵抗も虚しく簡単に持ち上げられてしまった。
「お嬢様。私は旦那様に雇われているのであって、貴方に雇われているわけではありません。さあ、馬鹿なこと言ってないで行きますよ」
「は、離しなさい! これ以上は私の可愛らしい頭が変形してしまいますわ!」
「……頭の形に可愛いも何もないと思いますが、はぁ。仕方ないですね。逃げないでくださいよ」
ルードは渋々ベルの頭から手を離す。
(この男、今までの執事より仕事はできるというのに態度は悪いし、すぐに暴力を振るうし最悪ですわ!
この前パパ上にクビにするよう相談したら逆に私が怒られてしまいましたし、どんな手を使ってパパ上の信頼を勝ち取ったのかしら……)
「逃げませんわ! 嫌なことはさっさと終わらせましょう!」
ベルは逃げられないと思い、さっさとお見合いを終わらせることにするのだった。
「……燃え尽きましたわ。真っ白になるまで」
2件のお見合いが終了すると真っ白になって椅子に座っているベルの姿があった。
「お疲れ様でした」
ルードは部屋の入り口付近でベルを労う言葉を吐くが感情がこもっていない。
「……口を開けば家の将来の事やこの国の行く末を案じる言葉ばかり! 私達は今を生きていますのよ! それにお見合いの場でそんなことばかり話して何になるというのです!」
バッと立ち上がり、ベルは叫んだ。
「多くの貴族にとっては一番大切な事かと……今日の予定は全て終わりましたが、これからいかがされますか?」
「勿論街を歩きますわ! 出会いは1日してならずですわ!」
ベルは街の散歩を日課にしている。理由はイケメン平民との出会いがあるかもしれないからだ。
ラブストーリーを多く読んでいるベルにとっては平民との禁断の恋も憧れの一つなのである。
「はぁ、かしこまりました」
ルードは予想していた通りの答えに肩を落としながら準備を始めるのだった。
「ん〜! 良いですわね! 鳥の囀り、人々の喧騒! そして煌びやかな商品を飾っている出店! あとは急いでいるイケメンとぶつかるだけですわ!」
外に出て、商業地区にやってきたベルは今日一日で一番元気がいい。その少し後ろに剣を腰に刺したルードが歩いている。
「……はぁ、相変わらずですね」
自分の世界に入っているベルはベルはルードを無視してるんるんで歩いている。
「……もし、そこのお嬢ちゃん」
しばらく歩いているとボロボロの服を着た怪しい老婆が椅子に座ったままベルに手招きをした。
その老婆が出品しているものはどれも怪しいもので、小瓶に液体が入ったものだった。
「ん? 私ですの?」
キョロキョロと周りを見渡し女の子が自分しかいないことに気づいたベルは自分を指した。
「そうじゃ。こっちにおいで。お前の夢を叶えてやろう」
「あら、おばさま! 本当ですの!? ……グエッ!?」
ベルが老婆に近づこうとするとルードが首根っこを掴んだ。それによってベルは公爵令嬢らしからぬ声を出してしまった。
「お嬢様、何考えてるんですか? 控えめに言ってアホですか? あんな怪しい老婆の言葉を聞いて不用意に近づかないでください。そしてこれ以上私の仕事を増やさないでください」
ルードは元々細く鋭い目をさらに鋭くして老婆を睨みつけた。
「ふおっ、ふおっ、儂は怪しいものではないわ。そこのお嬢さんは恋のことで悩んでいるのじゃろう?」
何故それを知っているとルードは一瞬考えてしまった。
「当たってますわ! おばさまはもしかして占い師ですの?」
そして考えていた隙をついていつのまにかベルが老婆のすぐ近くにいた事に気がついて自分顔を片手で覆った。
「占い師? そんちゃちなもんじゃないさね……って儂のことはよい。お嬢ちゃんは物語のような大恋愛がしてみたいのかね?」
(このおばさま私の願いを簡単に言い当てて見せましたわ。占い師でなければなんなのでしょう?)
「え、えぇ。そうですの! 忘れられない一夜の思い出! 許させれざる身分違いの恋! はたまた誰にも言えないような秘密の恋愛! ……を夢見てきたのですが、私に言い寄ってくるのは家名目的のボンクラばかり……本当に嫌になりますわ」
「夢は夢でしかないからの」
かっかっかっかと笑う老婆にルードはますます警戒心を高めて剣をいつでも抜けるように手を置いた。
「それじゃあ嫌なんですの!」
「ふむ。ならばお嬢ちゃんはどうしたいんじゃ?」
「別に何かがしたいわけじゃありませんわ。ただ……」
「ただ?」
「私のことが好きかどうか分かれば少しは楽になるんじゃないかなと思いますの。毎日、毎日、会いにくる殿方を一目で判断できたら私の自由な時間が増えますわ! そうすれば自ずと出会いの為に使える時間も増えますもの!」
「それがお嬢ちゃんの願いか。……ならばこれを飲んでみるといい」
老婆は数ある瓶の中からピンク色の液体が入った瓶を前に出した。
「こ、これは?」
ピンクの液体を見たベルは本能的に警戒した。
「お嬢ちゃんへの好感度が見えるようになる薬さ。それを飲んでステータスオープンと言ってみなされ。そうすれば相手の好感度が見えるようになる」
それを聴き終わったと同時にルードが剣を抜いた。
「ちょっ! ルード!?」
「世迷言を言うな詐欺師め。お前を衛兵に突き出してやる」
「かっかっかっ、そんな棒切れで儂をどうしようというのだ」
「ふっかける相手を間違ったな。この剣が棒切れかどうか試してみろ!」
ルードが老婆へ向けて剣を振り下ろすが、老婆は霧のようになって消えてしまった。
そしてその場には老婆の薄気味悪い笑い声がこだまするのだった。
「……な、なんだったんだ。あの老婆は。お嬢様その液体は衛兵に渡してってお嬢様!?」
ルードが振り返るとそこにはピンク色の液体を飲むベルの姿があった。
思わぬ光景にルードは吹き出すがベルは気にしていない。
「ごくっごくっ……ぷはぁ! 意外と美味しいのですわね!」
見事な飲みっぷりを披露するベル。
「な、何考えてんですか! お嬢様! 早くその液体を吐き出してください! 毒かもしれないですよ!?」
「そんなことあるわけないで……うっ」
言いかけたところでベルは苦しそうにその場でうずくまった。
「言わんこっちゃない! すぐに医者に連れて行きます。乱暴ですが、自業自得ですからね!」
(息が、できないですわ……)
ルードはベルを肩に担ぐと急いで専属の医者の元へ向かうのだった。
「……ここは」
目を覚ますとそこはベルの部屋だった。
横を見るとルードが壁にもたれかかった状態で眠っていた。
(私はおばさまから貰った薬を飲んで、それから……)
意識を失った事に気がついたベルはルードに少し申し訳なく思ったが、普段から悪口や暴力を振られている為おあいこだと勝手に心の中で言い訳をした。
「そういえば……ステータスオープン」
昨日老婆が言っていたことを思い出したベルは眠っているルードを見て呟いた。
『親愛100 友愛100 恋愛100 敬愛100』
「ぶっ!」
(100点ってことはルードは私のことが大好きということですの!? ふ、普段はあんな態度をとっているのに私のことを好きなんてそんなはずは……)
突然目の前にポップアップが出現して吹き出すベル。ベルはポップアップが出てきたことよりもルードの得点の高さに驚いたのだ。
そして吹き出した音で目を覚ましたのかルードは眠たそうに目を開いた。
「……お嬢様。目を覚ましたのですね」
「え、ええ。き、昨日は悪かったわね。知らない人から貰ったものを飲んでしまって」
あまりの高得点のせいで気が動転しているベルは素直に謝罪をしてしまった。
「全くです。そのメルヘンな脳みそに叩き込んでください。あんな怪しい人物から貰ったものを飲むなど二度としないでください」
(よ、良かったですわ。いつものルードですわ。悪口を言ってそれから心配してる? お、おかしいですわ! ルードが私のことを心配するなんて! やはりルードは私のことが好き? 禁断の恋ですのぉ!?)
「どうかしましたか? 顔が赤いようですが? まだ悪いところでもあるんですか?」
「ななななななんでもありませんの! 出ていってくださいまし!」
ベルは立ち上がるとルードを押して無理矢理部屋の外へと連れ出した。
「分かりましたから。医者が言うにはもう問題ないと言うことですが、くれぐれもおかしなことをしないでくださいね。全くしわのない脳みそでも分かりますよね?」
「分かっていますわ!」
バタンと勢いよく扉を閉めるベル。
そして大きく深呼吸をする。
「な、なにがどうなってますのー!?」
ベルの叫びへの答えはどれだけ待っても返ってこないのだった。
短編って難しい……