第27話 事件は解決され--ませんでした
「ひとつ疑問があるのだが」
巨竜の目を見上げて――爬虫類のそれは顔の横についているから見づらいが――吾輩は尋ねた。
「なんでしょう、閣下」
「何のために戦う。 戦争大臣が逃げ延びたから、君が犯人なのはもうバレた。自分を犠牲にして戦争を引き起こしたいのだろう? どうせ戦争が起きる。もう目的は達したろうが」
「動機には興味がないのではなかったのですか?」
「そうだな、そうだった」
「それでは?」
「再開しよう」
彼女は灼熱の炎を吐く。
視界が白で染まった。
このまま受けては滅びてしまう。
再び炎になっても良いが、
「三人とも同じことの繰り返しではなぁ」
代わりに別のものに変化する。
直後、吾輩は炎に包まれた。
十数秒続いた炎息が途切れ、辺りに闇が戻って――
「面白い人ですね」
呆れたように彼女は言った。
吾輩は返事をしない。出来ない。
勿論、重症を負ったからではない。
声を出す器官はついていない。返事が無理なのも当然だ。
「鎧魔物とは」
そうとも、吾輩はデュラハンに変化したのだ。血を飲んでいない吾輩にすら蹴散らされる無能魔物に。ここ数日、何千体と出会った影響だ。頭がないというのはどんな気分か味わってみたかったのだ。
ただし――
吾輩は無言で拳を振るう。
それは巨竜の大きな顔と同じサイズだった。おまけに鉄で出来ていた。
彼女はしたたかに打たれ、巨体が嘘のように吹き飛ぶ。校舎にめり込んだ。
ただし、その巨人版である。吾輩の頭は――デュラハンに頭はないから、襟部分かな――今、屋根より上にあった。ただのデュラハンでは絶対に勝てんし、灼熱を浴びたらインゴットになってしまうからな。
鋼鉄の身体はところどころ炎息のせいで溶けただれているが、巨人サイズになったお陰で分厚いから活動に問題はなかった。この体なら巨竜と対等に戦える。
それに、巨竜対巨人は楽しそうだった。
吾輩もまた吹き飛ばされながら思った。
素晴らしい打撃だ。生身で受けたら肉塊間違いなしだが、今の吾輩なら堂々と受けられる。
彼女は校舎にめり込んだままその身をひねり、尾を吾輩に叩きつけたのだった。巨大な鉄の塊と化しているにも関わらず、吾輩は宙を舞った。
たまには力と力のぶつかり合いもいい。
こういう非常識な戦いはめったに味わえない。
着地は出来なかった。背中で大地と再会する。強い衝撃。校舎をひとつ潰してしまったようだ。肺があったら空気が抜けてしまっただろうな。
上体を起こしたところで、突進してくる巨竜が目に――目はないはずだが、ふむ。どういう理屈だろうか――入った。
大きく開かれた顎門を掴んで受ける。
勢いを殺せない。衝撃そのままに後退し、校舎が二つ倒壊した。
さて、やられっぱなしではつまらん。
せっかく大きくなったのだ。活かさねば。
吾輩は巨竜を持ち上げ、地面に叩きつける。
校舎がもうひとつ更地になった。
彼女は再び尾を振る。
受け止めた。尾を掴んで振り回す。叩きつける。
巨竜にダメージはない。即座に起き上がり、吾輩を持ち上げる。
浮いた。飛んでいるのだった。竜は飛ぶものだ。
「どうせ意味は無いのでしょうが、デュラハンでいることを楽しんでいるようですから……」
刹那の後、雲の高さにまで達していた。
そして離す。
「デュラハンらしく、潰れてみてはいかがでしょう」
重力が吾輩を捉える。
このまま大地と再会しては、身体が砕け散ってしまう。
別に砕けても良いが――
翼を掴む。どうせなら一緒に落ちようではないか。
楽しいかもしれんぞ。
急速に高度を下げていく。
あっという間に王立大学の中庭が目の前に。
「私は痛いのは嫌ですね」
そう言って彼女は蝙蝠へと変化する。掴んだ翼が霧散した。
おや、逃げるのか。ならば付き合う義理はないな。
吸血鬼の身体に戻る。まだ無事な校舎の屋根に降り立った。
「閣下は私よりも強いのでしょうが、それでも私を滅ぼすことはできません」
少し離れた位置で身体を再構成した留学王女がそう言った。
彼女は屋根を蹴った。距離は瞬時に詰まる。
再び吸血鬼の戦いが始まる。
爪が振るわれ、その度に無数の蝙蝠が舞った。
「永遠に戦い続けるおつもりなら、相手になりますが」
強力な吸血鬼同士の戦いに決着はつかない。なにせ吾輩達は『魔族の頂点』たる種族の、その頂点と言って良い存在だった。消耗を狙ってこれまで戦い続けてきたが、そもそも無理だったのかもしれん。彼女は想像以上に強かった。
しょうがないな。
勿論、永遠に戦い続けるつもりはなかった。
気が進まないが……、吾輩は魔王様からよろしく頼まれているのだ。
消耗戦で解決しないのならば、別の選択をせねばなるまい。
懐からあるものを取り出して装着する。
真っ直ぐに拳を振るう。
「無駄ですよ」
これまで何十回と繰り返したように、無数の蝙蝠に変化して回避する留学王女は――
「は?」
本来の姿があらわになっていた。
吾輩の拳が腹にめり込んでいる。
そしてそのまま、あっけなく吹き飛んでいった。
校舎に突っ込んで半身が瓦礫で埋まる。
動く様子はなかった。
戦いは終わった。
「ふむ。もっと早くこうしていればよかった」
吾輩は嘆いた。
すっかり彼らのペースに乗せられてしまった。
だが待て、考えてもみよ。
ふたりを煽って戦いに持ち込んだ直後、吾輩はいきなり宙に吹き飛ばされてしまった。
そして人狼の追撃と巨竜の炎息。あれは流石に吾輩でも対処に困る。
むぅ。吾輩が炎息で一気に灰になったと思わせていた隙きをついて、さっさと始末すればよかったのは確かだが……。炎に変化できるとは吾輩自身も知らなかった。少し動転していたらしい。
その後については……、そうだな。
吾輩が強すぎると早い段階で知られてしまったら、逃げられていた可能性が高い。吾輩は強いが、逃げ専念した吸血鬼は追うのが難しい。そして当然、逃げられては困る。
さて、早く終わりにしようか。
あの少女、しばらくは動けないだろうが……。
吸血鬼は頑丈だからな。
新たに出来たばかりの瓦礫の山に向かってゆっくりと歩みを進める。
爪はしまっていた。真っ直ぐ瓦礫だけを見据えている。
どこかで息を潜めているはずの家庭教師が襲ってくるだろうから、そこを捕まえようと考えている。これで一件落着。事件は本当に解決されるのだ。
吾輩はゆっくりゆっくりと歩き、耳を澄ませ――
「おかしいな」
どこにも家庭教師の気配がなかった。
あれ、逃げられてしまったか?
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