帰郷7
婆ちゃん「あんたらご飯食べたのか?何か作ろうか?」
時計を見ると1時半を過ぎていた。
真「米婆さんの所で団子食べたけど綾坂はお腹減ってる?」
婆ちゃん「コレッ!真一!お嫁さんを旧姓で呼ぶとはどういう事じゃ!」
悠子「そうですよ。真一さん。私悲しいです。」
楽しんでいる。綾坂は楽しんでいる。
婆ちゃん「悠子さんや簡単な物作るから座ってなさい。」
悠子「はい!ありがとうございます。お祖母様」
真「綾坂!どういうつもりだ!爺ちゃん、婆ちゃん騙して楽しいか?」
僕は小声で囁く。
悠子「だっていずれは妻になるんでしょ?予行練習! それに、お祖母様、お祖母様とても嬉しそう。」
やるな!この女侮れない。確かに爺ちゃん、婆ちゃんのあんな嬉しそうな顔見たら嘘でもこのまま行くべきだ。、、、いずれ妻になる? どういう事?
爺ちゃん「悠子さん。これは真一が小さい頃、描いていた絵じゃ。見るかい?」
悠子「はい!是非、拝見します!」
爺ちゃん「そんな、かしこまらんでいい!他人じゃぁあるまいし。」
悠子「わかりました!お祖父様!」
悠子はニコリとする。小悪魔の笑顔。
悠子「え、凄い上手!小学1年生でこの画力は凄い!」
爺ちゃん「そうじゃろう!学校の先生も驚いてたわ!天の才があると言っとったわ!」
真「爺ちゃんところでアトリエの鍵貸して。絵、見たいんだ。」
爺ちゃん「、、、鍵なん掛けとらんわ。」
真「まじ?」
僕と綾坂は婆ちゃんの手作りうどんを食べてアトリエへ向かった。
丸太で組んだ平屋のアトリエ。重たい木の扉を引く。ギィー。
真「本当に鍵してないや。」
その空間は8畳程の広さに所狭しと画材が置かれていて独特の香りがする。油絵の具?
二人が部屋に入ると、埃達が踊り、窓からの光が埃達を射る。
温かい、凄く温かい部屋。
真一は迷う事なく奥へ歩いていく。一番奥の机に置かれ、白いシーツを掛けられた一枚の絵。
大きさはA0。
真一はシーツを取る。
悠子は一瞬でその絵に魅入られる。
綺麗な女性。おそらく真一の母親。窓の外を眺めて微笑んでいる。
躍動感があり悲壮感漂い、願いや希望が伝わって来る。自然と頬に冷たい物が走る。
悠子「れ、あれ。涙が出て来ちゃった。」
本当にこの絵を中学一年生が描いたの?天の才、まさにこの事だ。
真一は表情一つ変えずにじっと絵を見ている。
悠子「ねぇ、真一。本当に私を描いてくれるの?」
真「おいおい!呼び捨てかよ、、、?」
悠子は泣きながら微笑んでいる。
悠子を見て '太陽と月が重なる時' 真一の脳裏にそんなイメージが湧いた。
真「うん。僕は、綾坂を描いてみたいんだ。」
悠子「ねぇ、もう少し見てていい?」
真「、、、ああ。いいよ。」
真一は悠子の斜め前に座ると紙と鉛筆を手に取った。
どの位、時間が過ぎたのだろう。二人の姿を夕陽が照らす。
真一は一心不乱に鉛筆を動かし、悠子はそんな真一を見つめている。
爺ちゃん「おい!真一、悠子さんそろそろ宴会じゃ。こっち手伝ってくれ!」
僕はハッと我に帰る。
真「今何時?、、、4時半!ヤバイ帰れなくなる。」
爺ちゃん「何を言っとる。もうじき町の皆が来るぞ!真一の結婚祝いじゃ!今晩は宴会じゃ!泊まってけ!」
真「、、、はぁ?、、、何言ってんだ爺ちゃん!
僕らは帰るよ!綾坂、両親に言って無いだろう?」
綾坂は携帯を取り出し電話をかける。コールの途中でそれを僕に手渡す。
悠子「上手く言ってね。」小声で囁く。
真「?」
悠子「お祖父様!私お手伝いします!」
悠子は駆け出して行く。
プルルル、ガチャ、もしもし、悠子?
携帯を観ると 'ママ' となっている。
ヤッベーどうする、どうする〜、え〜い知るか!
真「もしもし、はじめまして!綾坂さんのクラスメートの仲と申します。実は今日、自分の実家の山梨県に来ていまして不覚にもお嬢様を本日お返し出来なくなりそうで、、、」
悠子母「ん、実家のご両親に悠子を紹介して、二人で禁断の夜を過ごすから帰れないという事かしら?」
真「いや!違います。違います!帰りのバス、電車が間に合わなくて申しわけありません!お嬢様には指一本触れません!」
悠子母「、、、そんな寂しい事 言わないで。悠子今日、仲君と出掛けるの凄く楽しみにしてたのよ。朝方まで、洋服選んでたみたい。
主人も貴方の話をたまにするのよ。貴方、凄い子なのね。主人は前から知っていたみたいで '絵' 描いて欲しいみたいよ。知り合いの会社に飾る為に。
まぁ絵の事は強制じゃないし、一度顔を出して頂戴。娘を虜にした男の顔をみてみたいわ。それと結婚するまでは自制してね。キスも駄目よ!」
真「あ、あの、で、では、本日は宜しいでしょうか?」
悠子母「はい。わかりました。じゃじゃ馬娘をお願いします。」
ガチャ。
真「ッ、ハアアアア。つかれた。」
その夜は町の皆が集まり盛大な宴会が行われた。
米婆さん、山下、静香、手作り土産物屋の親父と奥さん、その他沢山の人が集まった。僕は辛かったあの時の記憶を塗り替える事が出来た気がした。
夜も深まり宴会も終わり、爺ちゃんは飲み過ぎてひっくり返っていた。
婆ちゃん「悠子さん。疲れたじゃろう。風呂沸いとるから入りん。寝巻は涼子さんの浴衣があったから出しとくで。」
悠子「ありがとう。お祖母様。ではお言葉に甘えて。」
綾坂が出て、続けて僕は風呂に入った。久しぶりの実家の風呂。広くて、檜のいい匂いがする。
真「、、、疲れた。早く寝よう」
お風呂を出ると縁側で綾坂が夜空を見ていた。
髪を後ろで一つにまとめてる。ポニーテールってやつだ。
月明かりに照らされた浴衣姿の彼女は神々しく、露呈された、うなじはとても美しく、僕の深層本能を呼び起こす。、、、悠子母の言葉が浮かぶ。
真「いかん。いかん!自制!」
僕は綾坂の隣に座る。
真「綾坂、今日は疲れたでしょう。もう休んだら?」
綾坂はコクリと頷き客間を指差す。
客間は畳8畳間で真ん中に1つの布団が敷いてあり、枕が2つ。
1つの布団、枕2つ。
悠子は顔を赤くして言った。
悠子「もう、寝よっか。」