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目が醒めると、びっしょりと不快な汗をかいていた。青木秀次が死んだ? イヤな夢を見たものだ。僕は、苦々しい思いで夢を脳裡から追いやると、尿意を催して起き上がった。
楕円形の便器を前にして呆けたように突っ立ったまま、めちゃめちゃな順番で想起される夢の断片を大雑把に継ぎ合わせようとしたが、どこまでが現実でどこからが夢なのか、まるで覚束なかった。
食パン、篠崎、北千住駅、学生食堂のスプーン、博美、由、車椅子の特攻玉砕、バンド、同人誌、千穂、二人乗りの自転車、僕、健成、秀次、口の中に銃口を突っ込んで──死んだ。口の中に銃口を突っ込んで──死んだ。口の中に銃口を突っ込んで──死んだ。
死んだ!?
突然、さっき夢に見たすべての光景が、映画のカット・バックのようにコマ送りで巻き戻された。死んだ──秀次、秀次。秀次?
「草加に煎餅でも買いに行くの?」
「まさか。もっとずっと遠いところよ」
「ふーん、そうなんだ」
もっとずっと遠いところ。電車に乗って。ふーん。
僕は愕然とした。青木秀次ではなく──死んだのは母ではないのか?
いわゆる予知夢というものだろうか。しかし、あまりにもそれは馬鹿げている気がした。
寝室に戻ると目覚まし時計を見た。朝の五時だ。結局、僕は二時間ほどしか寝ていなかった。小さな羊を釣り上げる英国の老人を夢想しながら落ちていった眠りの底で、ずいぶん後味の悪いドラマが展開されたものだ。
実家に電話してみようか。しかしいくらなんでも早すぎる。もし何事もなかったら、非常識な時間帯の電話で父を怒らせるだけだ。荒唐無稽な夢に翻弄されて具体的な心配をしている自分に呆れながらも、内容が内容だけに簡単にやり過ごすこともできず、あれこれと思いを巡らせてみた。そうだ、しかし、父と母は、最近では別々の部屋で寝ている。父の鼾がうるさいことに母が閉口し、また父は父で、定年退職後に始めたパソコンを使い、夜な夜なインターネットに興じているのだ。互いの思惑が一致しただけのことで、流行りの〈家庭内別居〉などという大げさなものではない。が、この場合、それが命取りになる可能性も高かった。命取り? 僕は何を言っているのだろう。あり得ないよ!
ともかく、あり得ない、という結論に達したので、僕はそのまま布団に潜り込んだ。夜が明けるまで待ってみよう。朝食の時間になっても母が部屋から出てこなければ、父は文句を言うために母の部屋へ行くはずだ。そうすれば何もかもはっきりする。
じっとりと汗ばんだシーツが気持ち悪くて眠れそうになかった。僕は、白い天井を見つめながら、何故マンションの壁や天井には白いクロスが貼られるのだろう、と考えたが、まるで見当がつかなかった。死人の顔に掛けるような、食パンのような、白いクロス。