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運命権  作者: 久野檸檬
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5

 その夜、僕はなかなか寝付けずに布団にくるまって苛々していた。右に左に寝返りを打ったり、枕を抱えて身体を丸めたり、普段なら明るい空の下で読んでも瞼が重くなってしまう、デューイの『哲学の改造』を開いたり、何をやっても無駄だった。

 眠れないときは羊を数えればいい、と言う人がいるが、あれは英語圏の発想だ。

「One sheep, Two sheeps……」

 ゆっくり唱えてみれば分かる。

「sheeeeeeeps……」

という間延びしたリズムの繰り返しが眠気を誘うのだ。これを日本語で、

「羊が()()()()、羊が()()()……」

 と、歯切れの良い発音でやったところで、ますます目が冴えてしまうだけだろう。

 しかし、何をやっても眠れなかった僕は、仕方なく〈溺れる者は藁をも掴む〉の諺に倣うことにして、我ながら幼稚な発想だと思いながらも、真面目に羊を数えた。

 羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹。羊が四匹。羊が五匹。羊が六匹。羊が七匹。羊が八匹。羊が九匹。羊が十匹。羊が十一匹。羊が十二匹。羊が十三匹。羊が十四匹。羊が──。

 ふつうは〈羊が一匹ずつ柵を飛び越えていく〉情景を思い浮かべながら数えるものだろう。しかし僕の脳裡に映し出されたのは、穏やかな湖の畔で折り畳み式の椅子に腰掛けて退屈そうに釣り糸を垂れた英国の老人が、さも当然のように次々と小さな羊を釣り上げては、傍らに置かれた大きなバケツに一匹ずつ丁寧に投げ入れていく、奇妙な光景だった。

 老人は表情ひとつ変えない。黙々と、手のひらサイズの羊を器用に釣針から外してバケツにふわっと落とす。深く豊かな緑に囲まれた音のない世界で、同じ動作が延々と繰り返されていた。羊は、湖の中でどうやって呼吸をしているのだろう?

 僕は不思議だと思いつつも、いつしか心地よい眠りに落ちていった。そして──。

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