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「朔ちゃん! 朔ちゃん!」
あと二人で券売機の順番が回ってくるというところまで来たとき、僕の名前を呼ぶ大声が聞こえてきた。恥ずかしいな、と思いながら振り返ると、ホームのベンチに母が座って叫んでいた。隣の椅子には愛用の安っぽいハンドバッグと、何故かスーパーマーケットの白いビニール袋が置いてある。ハンドバッグとスーパーの袋。何かがおかしい。買い物帰りのようにも見えたが、母が父と二人で暮らす実家は横浜だから、こんな場所でスーパーマーケットの袋を持っているのは不自然だった。
あまりにも母がしつこく呼ぶので、僕は切符を買うのをあきらめ、すぐ近くの柵を乗り越えてホームに入った。駅員がこちらを睨んでいる。何と言い訳すれば良いのだろう。
「なんだよ大声出して。何処へ行くの?」
「あれ、お父さんから聞いてないの?」
「オヤジから? いや別に」
僕は何も聞いていなかった。とりあえず当てずっぽうに、自分が行くつもりの場所を口に出してみようか。
「草加に煎餅でも買いに行くの?」
「まさか。もっとずっと遠いところよ」
「ふーん、そうなんだ」
僕は適当な相槌を打った。母は栃木にでも知り合いがいるのだろうか。そういえば、戦時中に空襲を逃れて烏山に疎開した話を聞いたことがあるが、東武伊勢崎線で烏山には行かれない。第一、スーパーの袋を持って? どうもよく判らなかった。
ちょうど実家に帰る用件があったのを思い出したので、僕はついでに言った。
「まあどっちにしても、明後日、行くから」
「え? 何なの、明後日って」
「あれ、オヤジから聞いてないの?」
今度は僕が言う番か。それにしても役に立たない父だな。僕は、噛み合わない話にうんざりした。
「先週、オヤジにメール送ったんだけど。まあいいや。また連絡するよ」
電車がホームに入ってきた。僕は、草加駅まで一緒に行こう、と母に言いかけたが、切符を買っていないのを思い出し、こちらを睨み続けている駅員への言い訳をあれこれ考えながら、仕方なく再び改札へと向かった。自動改札の登場以来、駅員の仕事は減って、今日だってきっと、僕を睨むくらいしかやることがないのだろう。やれやれ。
どこかで見憶えのある男女が、大声で口論をしながら改札を抜けて近づいてきた。篠崎治利と武内由だった。
「運命権? 何なのよそれ!」
由が篠崎を詰る。ウンメイケン。耳慣れない言葉だ。僕は咄嗟に「たいめいけん」というオムライスの美味い洋食屋を思い出したが、無関係なのは明らかだった。
「だからさ、誰しも、自分の運命は自分が責任を持てる。自分が決める権利があるってことだよ。そう思わないか? まあ、運命権ってのは僕の造語なんだけどね」
篠崎は若いくせに爺のようなしゃがれ声で早口に喋った。「だからさ」は彼の口癖だ。
「だからさ、秀が自分の口の中に銃口を突っ込んだのだって、誰も止められないんだよ」
「寝言はいい加減にして。何が運命権よ。私たち幼なじみでしょ。治、ちょっと冷たすぎない? それって」
由は物凄い剣幕でまくしたてた。枯れた声だけでなく性格まで爺のように落ち着き払った篠崎に対し、かなり腹を立てているようだった。だからさ──篠崎はまた何か言って由を宥めようとするが、火に油を注ぐだけだ。あの声は良くない。火に油を注ぐ。
二人は怒鳴り合いながら僕とすれ違ったが、気づかずに背後へ歩き去ってしまった。
秀? あの、色白でぶよぶよとした顔の、青木秀次か──。二人の話では、どうやら自殺をしたようだった。それにしても、口の中に銃口を突っ込んで、とは、大げさな死に方だ。スプーンを振り回した数年前のように、彼の内面で何らかの不満が爆発したのだろうか。しかし今回はパフォーマンスのスケールが違う。カレーライスを食べる学生食堂のスプーンを拳銃に持ち替えた。そして、口の中に銃口を突っ込んだ。インパクトがある。なかなかいいぞ。あの〈スプーン乱闘〉の年に、車椅子で〈あり得ない〉特攻玉砕を敢行した博美の恋人、健成に負けていない。インパクトは重要だ。
僕は、何故だか感心してしまった。
篠崎も由も、秀次と同じく、僕の高校時代の同級生だ。もっとも、僕は高校から入学したのだが、彼ら三人は、幼稚園から一緒にトコロ天式エスカレーターで上がってきた。由が言っていたように、幼なじみだった。トコロ天的幼なじみ。不味そうなトコロ天だ。
幼稚園から一貫校の世話になっている連中には珍しくもないが、三人とも相当な金持ちの子女だった。彼らは「お坊ちゃま、お嬢ちゃま」の典型で、それは僕たちの学校では、むしろ少数派だった。渋谷と表参道の間という場所柄が災いしてか、高校生の分際で金に飽かして六本木などを根城にする、どうしようもない輩が多かったのだ。
篠崎の父は、石油関係の業界紙を発行する新聞社の社長だった。それが儲かる仕事なのか、僕には全く判らなかったが、金持ち連中の中でも、彼の家の裕福さは有名だった。
由の父は歌手だったが、若くして病気で亡くなった。当時いくつか存在していた四人組の男性コーラスグループのひとつに所属し、美しいテノール・ボイスで人気を博していた。
僕は、彼らと特に仲が良かったわけではないが、別に仲が悪かったわけではない。秀次とは疎遠になってしまったが、それは彼が勝手に落第しただけのことで、篠崎と由とは、高校卒業まで、それなりに交流があった。
篠崎の家──世田谷区弦巻の豪邸には、千穂を連れて遊びに行ったことがある。彼女もやはり同級生だったが、難関と言われる中学受験をくぐり抜けてきた秀才で、一貫校にもかかわらず何故か偏差値の低い高校受験で滑り込みセーフだった僕は、いつも心の片隅で劣等感を味わっていた。しかし、金さえ積めば門が開く幼稚園から潜入した篠崎は、何も気に留めていなかった。育ちが良いと、嫉妬や羨望という思考パターンは持たないのかもしれない。それは便利だ。僕も育ちが良ければよかったのに。これも嫉妬や羨望か。
ある土曜日の午後、学校近くの紀ノ国屋というスーパーマーケットで生意気にも高級食材を買い込んだ篠崎と千穂と僕は、翌日、篠崎の豪邸に集まり、三人でパエリアを作って食べた。まるで絵に描いたような〈ブルジョア風〉の休日の過ごし方だった。もちろん僕の発案でないのは言うまでもない。今さらブルジョアの真似事などできるか、と内心思っていた。しかし僕は、千穂に卑屈で格好悪い男だと思われたくなかったので、不承不承、この企画に付き合った。そういう発想こそが、そもそも、卑屈で格好悪いのだが。
篠崎家のダイニングキッチンは、両親と公団住宅で三人暮らしだった僕の自宅全部よりも広かった。その、まるで意味を見出せない広大なスペースの片隅で、僕たちはエンターテインメント化された料理番組の出演者さながら、無邪気な笑顔とテンポの良い会話を絶やさず、その内容のない会話に妨げられて遅々として進まない調理のプロセスを満喫していた。日曜日の昼下がりに、ブルジョアの真似事──やってみると、まあ、悪くなかった。
僕が烏賊の皮を上手く剥けずに四苦八苦していると、何やってんのよ、と呆れた口調で言いながら、篠崎の母が登場した。絶妙なタイミングだ。エンターテインメントとして。
「こうやって布巾で皮をつかむと、うまく剥けるのよ。前川君、不器用ねえ」
いかにも社長夫人といった風情のゴージャスな女性だった。僕は未だかつて、これほど派手で綺麗な〈友人の母親〉を見たことがなく、呆然としてしまった。そして彼女は、豪華客船のように優雅で堂々とした所作で僕から烏賊を受け取ると、器用な手つきで布巾を使って皮を剥きはじめた。その、世にも不思議な光景は、今も僕の脳裡に焼き付いていて、すぐにでも再生できる。烏賊の皮を剥く豪華客船──まあ、悪くなかった。
しかしパエリアは米が生煮えで不味かった。所詮は真似事だから仕方がない。
父親譲りの音感と美声は、間違いなく、由の自慢だったが、それが魅力だったかと問われたら、きっと僕は返答に窮してしまったことだろう。確かに、彼女の正確かつパワフルなボーカルは、技術的にはホンモノだったとは思うのだが。
僕を含む数名の男子生徒と由とでバンドを組み、文化祭などのステージにも何度か立ったことがあるが、彼女と一緒に練習していると「音楽ってほんとうに楽しいのか?」という疑問が湧くのを禁じ得なかった。いや、ありていに言って、楽しくなかった。
所詮は高校生のバンド活動に過ぎないのに、由はいちいちプロの尺度を持ち出しては、僕たちに完璧な演奏を求めた。大きな音さえ出していればロックンロールだ、と満足していた僕たちが少しでもミスをすると、鬼の首を取ったような態度で、微に入り細を穿った指摘をした。ホンモノは手厳しい。やれやれ。
しかし当時の僕は、彼女の歌にこそ、やりきれない不満を感じていた。とても上手いのに、色気がなかったからだ。女子高校生の歌に色気を求めるのは、無理難題というものかもしれないが、色気のない女性ボーカルなど誰も聴きたいとは思わない。
由は所詮、ボーカリストの器ではなかったのだ。さらに言えば、彼女の歌が〈華のない職人芸〉に成り下がってしまう唯一にして最大の原因は、武内由という女性に魅力がないからだった。言い過ぎだろうか。しかし僕は本気でそう思っていたのだ。
容姿の問題ではない。低い鼻や弛んだ二の腕は、見る人によってはチャームポイントにもなり得る。しかし由は性格的に、何故か人をうんざりさせてしまうところがあった。場の雰囲気を読めない不用意な発言を頻繁に繰り返し──しかもそれを持ち前のよく通る大きな声で明瞭に言うものだから──、周囲から顰蹙を買ったり、無関係な人まで苛立たせたりすることが度々あり、同性からも異性からもあまり好かれていなかった。といって、いじめを受けるようなタイプでもない。常に明るく振る舞い、物事を積極的に仕切り、その結果、自分が疎まれているのにも気づかないほどの無神経さだったから、周囲は、どちらかというと呆れてしまうのだろう。
そんな由が看板娘を務める僕たちのバンドが、文化祭で好評なはずがなかった。
ともかく、ずいぶん久しぶりに〈爺のようなしゃがれ声の〉篠崎治利と〈何故か人をうんざりさせてしまう〉武内由を見かけたのに、向こうは僕に気づきもしなかった。そのうえ〈色白でぶよぶよとした顔の〉青木秀次は死んだ(自殺した)らしい。
もっとも僕には特別の感慨はなかった。そんなことより、駅員に言い訳をして改札を出て、早く切符を買うことのほうが大切だった。
ふり返ると、二人はまだ口論を続けていたが、母が座っていたベンチにはもう誰もいなかった。さっきの電車に乗って〈遠いところ〉へ行ってしまったのだろう。