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運命権  作者: 久野檸檬
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 そのとき僕は、ひどく腹が減っていたらしい。マーガリンがたっぷりと塗られた食パンを三枚重ねて、袋にも入れずにつかんだまま、日比谷線に揺られていた。いったいどこで買ってきたのだろう。何故か全く思い出せないが、そんなことよりも空腹を満たすことが先決だった。第一、僕はどうして日比谷線に乗っているのだろう。()()()()()()()


 トーストしていない食パンというのは、どうしてこうも食べにくいんだ、と必要以上に憤慨しながら、一枚目の嚥下が済まないうちから、二枚目を口に押し込んだ。

 しかし、終点の北千住が近づいたことを告げる濁声のアナウンスが流れてきたときにはまだ、二枚目の固くなった「耳」と格闘していた。どうやら間に合わなかったようだ。

「あれ? この電車、東武伊勢崎線直通じゃないのか」

 急いで食べなければと慌てるほど、うまく喉を通らなくてイライラする。膝の上に乗っている最後の一枚をどうするか。「耳」は後回しにして中央の白い部分だけくり抜いて口に押し込もうかと思ったが、周囲の乗客に行儀の悪さを咎められるような気がした。地下鉄の車内でパンを食べている時点で、()()()()()行儀が悪いということには、何故か思い至らなかった。

「仕方がない、これは乗り換えてから食べよう」

 もぐもぐと呟くうちに、北千住駅に到着したが、うっかり立ち上がったので、膝の上の三枚目は無惨にも床に落ちてしまった。足下など気に留めずに出口へと急ぐ人たちが、次から次へと三枚目の食パンを踏みつけていく。あんまりだ──僕は思った。容赦なく踏みつけられ黒ずんだ三枚目の食パンは、やがて聡明さの欠片もない女の子の赤いピンヒールに串刺しにされて五メートルほど引きずられた挙げ句、電車とホームの隙間に吸い込まれてしまった。

 あんまりだ。

 そして僕は、急激に食パンへの興味を失った。もはやどうでも良い。


 北千住駅のホームは、僕が記憶していたそれとは違っていて、井の頭線の渋谷駅のような突き当たりになっていた。

 ここに来たのは何年ぶりだろう? 高校二年の頃、付き合っていた千穂が足立区の竹の塚という町に住んでいたから、北千住駅はかつて何度も利用したことがある。僕は改札口を出て、切符を買うための列に並んだ。何かがおかしい。日比谷線と東武伊勢崎線は直通で相互に乗り入れていて、改札はないはずだった。()()()()()()()。それに僕は今、改札口を出るときにパスモを使った。それならば、乗り換えも切符は買わず、ゲートでカードをかざせば済むはずだ。僕はそうやって、自分の行動に不審を抱きながらも、何故か迷わずにそれを遂行していた。どういう訳なのだろう。やっぱり()()()()()()()のだ。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと券売機の順番を待った。僕は八潮市に行くことになっていたので、草加駅で降りればいい。八潮市に行くことに()()()()()? どうしてだろう? 僕は用件がどうしても思い出せなかった。八潮市には博美の家があるが、訪ねる約束などしていないし、理由も見当たらなかった。

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