私のままで
これは私がまだ弱かった頃の話だ。
あの頃、生きることは地獄だと思っていた。世の中はいつだって不平等で、平等で平和で幸せな世界なんて存在しないと本気で思っていた。昔は綺麗で鮮やかに見えた世界もいつしかどんよりとした無色の世界へと変わっていた。
当たり前にそこにあるもの。それはいとも容易く崩れていく。
きっかけは些細な一言だった。何気なく言われたあの言葉が私を狂わせた。ただ、周りより少し成長が早かっただけだ。背も心も身体的な面でも。何もおかしなことではない。しかし彼は言ったのだ。”太っている”と。私だってそんなことは分かっていた。周りの子は私より細く、顔も小さく、綺麗な子ばかりだった。それから私は食べることが怖くなった。食べたら太ると思うと怖くて喉を通らなかった。それでも、親や周りに心配はかけたくないから無理をして食べた。そんな生活をしばらく続けた。私はある考えを持った。
「みんな、私の事を太っていると思っているのではないか」
そう思ったら今まで仲良くしていた友達のことが急に怖くなり、人の目を気にして怯えながら過ごすようになった。
毎日苦しみながら過ごしていた。ある時ふとハサミが目に入った。そして、所謂”リスカ”というものが頭に浮かんだ。刃を手首に押し当てると紅い血が滲んだ。白い肌に滲む血を見ていると頭の中でぐるぐると回っていた負の感情が消えていくような気がした。この行為をしている時だけは、周りの人の目も兄のように優秀でいなければというプレッシャーも妹のように愛されるような子になることも期待通りに出来ない自分への嫌悪感も何もかもが忘れられた。初めは興味本位だった。だが、続けていくうちに止まれなくなりいつしか人の目も気にせずするようになった。何度も注意されたが辞めることは出来なかった。
やがて私の中の爆弾は大きくなっていき遂に爆発した。教師は私を別室に連れ出し親を呼び出した。私は今まで貯めていた闇を吐き出した。吐き出したはずなのに私の心は軽くならなかった。あの行為をすることは減ってきているがまだ完全に辞めることは出来ていない。
ある時、刃物を握る私を見て心配したのであろう幼なじみが声をかけてきた。
「大丈夫?また辛いことあった?」
せっかく声をかけてくれたのに、私の口からは思っても無い言葉がどんどん溢れた。
「大丈夫だと思う?何も分からないのに大丈夫とか聞かないでよ。どうせ自分を傷つけて壊れた私を笑うんでしょ。私が居なくたって誰も悲しまない。もうほっといて、楽にさせてよ」
あぁ言ってしまった。こんなこと言いたい訳じゃないのに。これで私は本当に一人ぼっちだ。きっと悲しい顔をしているのだろう。彼女は私から刃物を取り、怒るわけでもなく悲しむわけでもなくただ、微笑んで私を抱きしめた。
「そうね、私にはあなたの悲しみも辛さも何も分からない。でもね何も分からないけど、一緒に悲しんだり、泣いたり…それから一緒に生きることはできる」
「…一緒に…生きること…」
「そう。あなたがいなくなったら私は悲しい。あなたには私がいる。あなたはあなた以外の誰でもない。無理に誰かになろうとしなくていい、ありのままでいいんだよ。ひとりじゃないよ。だから、一緒に生きよう?」
「……ありがとう、、ごめん…なさい。ごめんなさい」
涙が溢れて止まらなかった。何度も何度も謝る私を彼女は頷きながらずっと抱きしめていてくれた。
それから2年が経った。今でも人の目を気にしたり、自己嫌悪になったりする。けれど、もうあの時のように自分を傷つけることは無い。今の私には信頼出来る友がいる。彼女がいるから私は今日も生きていける。
あの頃、無色だった世界は昔のように鮮やかな色を取り戻した。