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オタクをプロデュース。  作者: 五月七日 外
ライバルは強し
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4

  なぜか嬉しそうな顔をした鷲崎と別れてから。

  僕は四条と会うべく再び学校へと訪れていた。

  ファミレスと学校がそこまで距離がないことが幸いした。あまり時間が経つと四条が帰ってしまっていることも考えられる。そうなってしまっては、僕の行動は無駄にも程がある。

  下駄箱で上靴に履き替え、芸術棟へと歩を進める。

  図書室は元々芸術棟の二階にあったのだが、創立何周年かの記念で新しく図書館が作られてからというもの、新しい方を図書館。元々あった図書室は引っ張られる形で旧図書館と呼ばれている。図書館の方は色々と本があり人気なのだが、旧図書館の方はというと、専門書だったり何かと古い本ばかりで、ちょっとした倉庫状態になっている。そんな場所に行くのは教師かよほどの本好きくらいなのだが、最近は文字に魅いられたという四条夏海がいるらしい。

  夕陽に沈む廊下はどこか寂しげで、異世界にでも迷いこんだような錯覚を覚える。グラウンドの喧騒も届かなければ、世間話に花を咲かせる生徒もいない。鷲崎とのやり取りがなければ、きっと「今宵は風が啼いているな……」などと一人黄昏ていたことだろう。……うん、冷静になるとないな。ないない。

 

「うわさ通りならそろそろか……」


  階段を登り終え、一人そう呟く。

  少し進んだころだ。

  旧図書館の方から耳元に美しい旋律が届いてきた。

  うわさに違わず、それは歌声だった。

  物静かな放課後の芸術棟。

  人知れず奏でられる声音。

  厳密に言えば歌ではないのだろうが、それでも彼女のあだ名には納得できるものがあった。

 

「〈静謐の歌姫〉ね……」


  確かめるように呟く。

  目の前には旧図書館の引き戸。それをいつもの教室みたく開けた。


  ーーガラガラ。


  扉のスライドに合わせて鳴る聞きなれたはずの音。

  それをきっかけにするかのように、途端、歌声は途絶えた。

  刹那。

  聴覚が失われたみたく、あらゆる音という音が世界から去っては消えていく。そのなかで、聴覚を犠牲に研ぎ澄まされた視覚は、本の山と夕陽に佇む金色の姫の姿を捉えていた。

  高く積み上げられた本の山は、まるで姫の住まう城のようで。

  古びた椅子に座る彼女の姿は、まるでこの世の禁忌を現しているようだった。決して凡人が触れていい存在ではないと、本能の部分が警笛を鳴らす。

  それでもなお、僕の脳は視覚として捉えた情報を分析し続けていた。人とはきっと、いつの時代も禁じられた果実に手を伸ばしてしまうものなのだ。


  金色に輝く髪は艶やか。肩に当たるくらいまで伸びたそれは、夕陽を反射するように、およそ凡人が纏うはずもない光の粒子が漂い輝きを放っている。

  本をめくるように、そっと置かれた白い指はすらりと伸び、紙切れ一つでさえ傷ついてしまいそうな瑞々しい柔肌からはどこか儚さを感じさせた。

  全体的に線の細い体は、幻想的な儚さをさらに助長させていくが、ピンと伸びたその姿勢からは凛々しい少女の内面が見てとれた。

  ……目の前に広がるのはこの世ならざる景色だ。


「……ん……な!?」


  そんなあまりに現実離れした目の前の光景に、少し遅れて、言葉ともとれない何かがこぼれる。

  彼女の方も見知らぬ来訪者に驚いたのだろう、整った顔立ちで、姫と呼ばれるだけの幼さげなその表情は驚愕に満ちていた。……が、すっとその表情は引いていき、捕らえどこどころのない微笑みへと変わっていた。

  ゆらゆらと揺れる両の瞳は宝石のような青。蒼。碧。……その宝石のような目は僕の姿をしっかりと捉えている。

  きっと、あちらも視覚で得た情報を整理しているに違いない。

  と、今ある状況を確認する間も、僕の心臓は今までにないほど早く、強く、脈を打っていた。


  ーーパタン。


  音の死んだ世界に突如それは鳴り響いた。

  それをきっかけに、しばらくどこか違う世界へと飛んでいた僕の意識は、現実世界へと引き戻されていく。

  僕の目には変わらず、本の山と古びた椅子に座る四条夏海が映る。

  気が付いたときには、先まで開かれていた四条の手元の本は閉じられ、その上には整えられるようにして彼女の手が置かれていた。考えるまでもなくさっきの音は本を閉じた音だろう。

  そして、目があったまま四条の口は開かれ、そこから涼やかで清んだ声が鈴の音のように転り始める。


「……なにか?」


  その質問をされるのも仕方がない。

  どれくらいの時間そうだったのかわからないが、旧図書館の入り口で立ちっぱなしの男子に疑問を抱くのも当然だ。逆の立場になって考えられたら怪しいやつにもほどがある。……あれ、もしかしなくても今の僕ってかなりの不審者なんじゃ?

  冷静さを取り戻した頭ではそんなことを考える。

  社会的に抹消される前に、適当な返事をして中に入った。

  流石にこの状況で「赤羽のことどう思う?」なんて聞ける僕ではない。何とか話をできる状況にしなければ……。


「……」

「……」


  ……そんな僕の思いとは裏腹に。

  しばし静寂が流れる。

  あるのは時々聞こえる本をめくる音か、埃を吸い込んで咳き込む音(僕の)くらいだ。

 

「……」

「……」


  適当な本を棚から手に取りながら四条の様子を伺う。

  そこには相も変わらず、心臓に悪い(いい意味で)四条の外観と本の山しかない。

  それにしても少し気になるのだが……

 

「それ、片付けないのか?」


  言い終わるまで自分でも気づかなかった。

  ふと思ったことが言葉として外に漏れていたようだ。……や、やべえ。余計なこと言っちゃったか?よく考えなくてもこんだけ本が出しっぱなしなんだから、誰も注意してないってことだろ?ていうことは、何でか分からないけど、四条はそれを許されている訳で……

  自分の言ってしまったことに後悔していると、積み上げられた本を挟むようにして再び四条と目が合った。

  四条は考え込むような素振りを見せながら、頁をめくる。

  その間も、さっきとは違う意味で僕の心臓は鳴り響いていた。


「……そうですね」

 

  僕から目を反らすようにして小さく呟くと、四条は本をパタリと閉じてしまう。そして、そのまま連動するように椅子から立ち上がったかと思うと、近場にある本の山からいくつか本を拾い上げた。

  四条のその行動を不思議に見ていると、しばらくしてから彼女のやろうとしていることに気がついた。

  ……意外と素直に話は聞くのかな。

  内心少し驚きながらも、僕も手近にある本の山からいくつか本を拾い上げる。そして、それを棚に戻そうとしたところで、四条から声をかけられた。


「あなたはなにをしているの?」

「えっと……手伝い?」

「……そうですか」


  沈黙。

  再び流れる静寂に、僕は居心地の悪さを覚えながらも本を拾い上げては棚に戻していく。……どういうことだ?三位の鷲崎とは普通に話せているのに、どうして一位の四条とは会話が続かないんだ!?

  などと……クラスの三位と学校の一位はレベルが違いすぎるでしょ?という、普段なら簡単に出てくる答えも出てこない始末だ。鷲崎には悪いが、四条は何かとレベルが違いすぎていた。緊張感が半端ない。


「……」

「……」


  そうして、しばらく会話の糸口を探すも、あいにく四条と会話を弾ませるようなコミュニケーションスキルを僕は持ち合わせていないし、四条の方から「ドラゴンはいいよねー」みたいに話を降られるなんてことももちろんなく、時間だけが過ぎていった。


「あの……少しいいですか?」


  さらに本の山を二つほど片付けた時だった。

  いつの間にか隣に立っていた四条から声をかけられる。

  それに視線だけ送り返事をした。

  その意図をくみ取った四条は本を棚に戻しながら言葉を続けていく。


「暗くなってきましたし、そろそろ終いにしませんか?」


  言われて、窓の方を見てみると、夕陽はとっくに沈み、下校時間も迫っていた。楽しい?時間とは過ぎるのが早いようだ。

  本の山の数を見るに今から二人で頑張ったところで、残りを今日終わらせるのは無理があるだろう。

  これ以上頑張る理由もないし、ここは四条の提案にのるのが正解だ。

  僕は手に持つ本を視線で示しながら答える。


「じゃあ、この分だけ片付けて今日は終わりってことで」

「そうですね」

「……」

「……」


  沈黙。

  本日何度目かの沈黙にも慣れてしまったのか、それを気にすることもなく本を棚に戻していく。途中、四条の手が届きそうにない場所の本を代わったりもしたが、交わされる言葉はせいぜい一言二言だった。

 

「とりあえず、終わりだな」


  最後の一冊を終えると、四条への報告がてら呟く。

  誰もいない旧図書館の中では音がよく響くのか、小さな呟きでも十分相手に届く。

  僕の言葉を確認した四条は頷くと、初めにいた本の城へと戻っていく。何をしているのか様子を見ていると、本を持って帰ろうとしているのか、机の上に置いてあった学校指定の通学鞄に何冊か本を突っ込んでいた。……それ持って帰ってもいいの?せめて貸し出し手続きしたら?

  なんていう僕の疑問とは余所にして、すっかりパンパンになった鞄を両手に、四条はこっちへと歩いてきた。


「……帰りましょう?」

「それはいいんだけど、いいの?」

「……?」


  僕の質問に「なにが?」と意味を理解できていない四条はキョトンと首を傾げていた。

  そのあどけない行動が引くくらいに可愛かった。不意のボディーブローをもらった僕はしばし四条の可愛さに悶えてしまう。


「……」

「……」


  沈黙。

  赤面した僕と疑問を抱いたままの四条。

  不思議な組み合わせのそれを何とかして打ち破る。


「その、なに……本を借りるなら手続きしないとでしょ?ていうか、そもそも借りていい本なのかどうか……」

「いつも借りてるけど?」


  当然のことのように言う四条。


「えと……手続きとかは?」

「?したことないけど」


  初めて聞いたという表情の四条。

 

「……さいですか」


  誰か教えてあげれよ!

  誰へとも言えない文句を心の中で叫ぶ。

 

「あー……もういいや。今日は帰ろう」

「いいの?手続きしなくて」

「本当はダメなんだろうけど、もういいや」

「そう、あなたは悪い人ね」


  お前に言われたくないわ!

  一人、心のなかでツッコむ。


「そのうち教えてあげるから、そんときにでも正しい借り方を覚えておくれ」

「わかった」


  四条は素っ気なくそう言うと、右手を僕の方に差し出してきた。

  ……なにこれ?

  僕の疑問が顔に出ていたのだろう。

  四条はその意味を教えてくれた。


「約束でしょう?だったら、指切りしないと」

「あ、ああ……そういう」


  この年になって指切り何て言うのは、なんとも恥ずかしい限りなのだが、四条の有無を言わさぬ迫力にしたがって指切りをするべく右手を前にだす。

  途中、触れたその手は柔らかくて暖かくて……衝撃の塊だった。

  そんなこんなで、一人だけどぎまぎする指切りを終える。

 

「それじゃあ、さようなら……お話楽しかった」


  おはなし?えーと、どこのですかね?

  会話と言えるものをした覚えがないので、四条の言葉に疑問しか浮かばない。

  それでも、四条の方は別れの挨拶を済ませたのだろう。少しずつ離れていく背中に向かって手を挙げながら声をかけた。


「……じゃ、じゃあ」


  階段へと姿を消した四条を見送り、僕もその場を後にした。




 

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