第4話 ザ・ユース・シェド・ホット・ティアーズ
第4話 ザ・ユース・シェド・ホット・ティアーズ
ブガー! ブガー! ブガー!
サイレンが鳴り響く! スクランブル(緊急出動命令)の合図だ!
短髪に刈り上げたブロンドの逞しい青年は、ブランケットを蹴り飛ばし、壁にかけていたコンバットシャツを引っ掴んで、ベッドから飛び降りる。洗面所で頭からシャワーを浴びせ、乱暴にタオルで全体をふき取ると、部屋から出て行った。
彼が長い廊下を走っていると、更に二人が後から合流してくる。他の二人も急いできたようで、服装がかなり乱れている。
坊主頭の黒人男性が不満そうに口角を歪ませた。
「あと少しでドン勝だったんだぜ!? 全く、何てタイミングだよ!」
それを聞いた、やたらとデカいラグビー体型の男が笑う。
「てめぇ、ゲームでも銃持って戦ってんのか。よく飽きねぇな」
「軍で鍛えたエイム力をそれ以外でどこで見せつけんだ。ブブブブブ!」
坊主頭がアサルトライフルで撃つ真似をし、「ヒーハー!」と笑った。
ブロンドの青年がそんな二人に笑いかける。
「無駄口はそこまでにしとけ。内申を減点するぞ」
ブロンドの青年の名はマイケル・デイビス。U.S.A.陸軍所属で階級は曹長。彼は24歳の才気と希望と正義に溢れる素晴らしい若者である。そして、他の二人は立場上、彼の部下になる。坊主頭のお調子者がジグといい、巨体のラガーマンがダンカンという。だが、軍の同期ということもあり、彼等三人は友人であった。
マイケルは手をパンと叩く。
「さぁ今からは楽しい仕事の時間だ、エイリアン退治といこう!」
エイリアン退治! 今、彼は確かにそう言ったのである。
覚えておいでだろうか? 世間にエイリアンの存在が伝えられた10年前より遥か昔から、人類とエイリアンの戦いは続いていたということを。そのため、当然ながら各国は秘密裏にエイリアンに対抗するための戦力を整えていたのだ。
その戦力がU.S.A.では軍の極一部のエリートだけが所属することができる、特殊兵器群試験運用部隊。通称、『パワードパンツァー』となる! 表向きには新兵器開発の際にテスト運用し戦略的価値を評価するための少数部隊とされている。しかしてその実態は、数々の対エイリアン兵器を運用し、影ながらクソッタレ共の脅威から市民を守る、正義の秘密部隊であるのだ!! それが『パワードパンツァー』!!
その彼等にスクランブルが出たということ、それはエイリアンが出現したということ!
彼等は特殊作戦用高速ステルス輸送機『ナイト・クロウ』へと乗り込み、現場へと急ぐ! その身に纏うは対エイリアン特殊兵器筆頭、未知の技術すら利用されていると噂される最高6865馬力を誇るパワードスーツ『オメガ』である! 人間で例えるならば1000kgのバーベルを1秒で500m以上押し上げるパワー! どんなムキムキマッチョマンでもこうはいかない、正に規格外!
『オメガ』は全身を覆うゴツいスーツのため、三人全員が着込むと表情どころか誰が誰だかすら分からない。そのため肩パッドの部分にそれぞれが拘りのエンブレムを入れていた。
肩にハクトウワシのエンブレムを入れているのはマイケルである。
「今回の目的地はオーランドだ。目標は二匹」
ドクロのエンブレム、ジグが答える。
「オイオイ。エイリアンの奴等、夢の国でも観光しにきたんですかい?」
水着金髪美女カトゥーンのエンブレム、ダンカンが体を揺すり笑った。
「隊長殿! なんなら一緒に夢の国を回るでありますか?」
マイケルは軽口を叩く二人を咎めるように見回す。
「冗談はよせ。夢の国を悪夢の国にしないために、我々は最善を尽くさねばならない」
それに、と彼は続けた。
「この恰好じゃ入場拒否だ」
ナイト・クロウのハッチが開く。現場に到着したのだ。
隊長であるマイケルが声を張り上げた。
「降下だ! 行くぞゴーゴーゴー!」
「「イエッサー!」」
三人はナイト・クロウから夜の空へと飛び出した。
『オメガ』は暗視スコープ完備で視界は良好、マイクロ波レーダーにより位置情報もバッチリだ。
上空から素早く標的を確認し、通信をいれるマイケル。
「標的確認。位置情報を展開する」
「確認」
「数が一? 二匹って話じゃ?」
二人から通信が返ってくる。確かにその通りで、標的は一匹しか見当たらない。だが辺りを探してから作戦を立てる暇はない。今はまだ人気のない草原を徘徊しているが、この化け物が一度街に出てしまえば、どれだけの混乱と被害を与えるかわからない。奴等の目的は殺戮と破壊だけなのだ。
「考慮すべき点ではある。だが、目の前の一匹を見逃すわけにはいかない。まずはこいつを迅速に処理する」
「隊長殿、作戦は?」
「いつも通りだ。二人は射撃で牽制。俺が接近戦でしとめる」
「了解! 腕がなるぜ! ヒーハー!」
ジグの威勢の良い返事と同時に、三人は減速用パラシュートを切り離す。そして、背中のジェットスラスターを点火し、エイリアンを取り囲むように散開した!
ジェット音で気づいたのか、醜悪な化け物が顔を夜空へと向ける!
「ヒーハ! 遅いぜぇ!!」
ブラタタタタ!!!
夜空に輝くマズルフラッシュ! ジグが腕の大口径ガトリングガンを、上空かつ背後からエイリアンに浴びせたのだ! 8本の銃身から放たれる毎秒190発の弾丸の雨! 霧状に飛び散る緑の体液! 人間相手ならもうこの時点でミンチ確定だ!
だがこのモンスターは倒れない! それどころか、銃弾の嵐をものともせずに、着地したジグに向けて跳躍するように突進する!
「ヒュー! 相変わらずのタフ野郎! ダンカン!!」
「ヤー。任せな」
ジグより一足先に着地をしていたダンカンが、突進する異形の怪物の横っ腹へと銃口を定める! 彼のライフルのデカさたるやエレファント・ガンなど比にならず、構えた様子はまるで戦車を彷彿とさせる! その名も対エイリアンライフル『トッカン』! その威力は戦車すら容易に撃ち貫く!!
ズドン!!
ダンカンの腕が跳ね上がる! 消音装置に消音装置を重ねて尚響く轟音!!
「ギェッ!?」
直撃! 腹部の一部が抉れ飛ぶ!! 悲鳴を上げ、転げ倒れるエイリアン! 仕留めたのか!?
いや、よろよろではあるが、既に立ち上がっている! 抉れた腹部はしゅるしゅると音を立てて治り始めているではないか! なんという……なんという生物だ!
だが、ダンカンは特に慌てた様子もなく、トッカンを地面に突き立てた。
「隊長殿、任せましたぜ」
そう! 倒れたエイリアンに、マイケルが既にゼロ距離まで近づいていたのだ! 彼が振り上げた腕には巨大な特殊構造ドリル(先端部分と中ほどからの部分で回転が逆になっている。粉砕力を増しつつ、ジャイロ効果を押さえるためだ! 名付けて対エイリアン用双方向ドリル『マスト・ダイ』!)が装着されており、火花を上げて回転を始める!
「処理する」
パワードスーツの人工筋肉とモーターとドリルが唸り! 正義の一撃が人類の敵を刺し貫く!!
「ギッチュチュチュ!!??」
体液と肉片をまき散らしながらエイリアンはガクガクと痙攣! 体内をかき回すドリル!
エイリアンはそれを引き抜こうと一瞬腕を持ち上げ、そして、だらりと力無く腕を下した。絶命したのだ。
一見すると残酷なファイトにも見える。しかし、こうまでしないとこの化け物は殺せない。
ダンカンからの通信が入る。
「殺して良かったんでありますか?」
「もう一匹の状況も分からない今、それ以外に手段は無い」
マイケルはドリルを引き抜きながら、そう答えた。ダンカンの言う通り、出来るならば生きたままの捕獲がベストなのだ。研究所の実験体はいつだって不足している。
ジグが肩を竦めるような動作を見せた。
「忘れてたぜ。で、もう一匹ってのはどうなったんですかい? 間違いか?」
「いや、そんな連絡は……だが」
マイケルは辺りを見渡す。視界には彼等以外に動くものはなく、マイクロ波レーダーにも反応は……
マイクロ波レーダーに反応がない?
彼に天啓のような閃きが浮かぶ! そして、叫んだ!
「地中だ! 総員その場から離れろ!!」
「なに? うおっ!?!?」
だが、それは一瞬遅かった!!
ボコリと地面が盛り上がったかと思えば、地中から飛び出た凶悪な爪を持つ腕が、ジグの足首を掴んでいたのだ!
他の二人が同時に叫ぶ!
「「ジグ!」」
グシャァ!!
ジグの足……正確には『オメガ』の足がいとも容易く握りつぶされる!
「うわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴、そして、片足を失ったジグが仰向けに倒れる! 地中から這い出たおぞましきモンスターは素早くジグの首に強靭な尻尾を巻きつけ、馬乗りとなる!
バタバタと暴れるジグ!
「うわっうわっちきしょうちきしょう!!!」
ブラタタタ! ブラタタタタタ!!
乱れ光るマズルフラッシュ! 混乱したジグが大口径ガトリングをめちゃくちゃに撃っているのだ!
舌打ちしたのはトッカンを構えるダンカン!
「動くな! 狙えねぇ!」
「あぁ、神様、神様ぁッ!?」
メキメキメキ!
エイリアンの噛みつき! 乱杭歯がジグの腹へと食い込む! 『オメガ』の人工筋肉が破砕の悲鳴!
「ごぼっ」
通信で液体の溢れるような嫌な音が響いた。
直後!
「離せぇ!」
ジェットスラスターで勢いをのせた、肩をいからす『オメガ』のボディ・チェックが炸裂する! その肩にはU.S.Aの国鳥ハクトウワシ! マイケル!
エイリアン諸共ジグも吹っ飛ぶ! あのままではジグが確実に死ぬと判断した彼の博打的体当たりであった! 通信ではジグから何の反応も返ってこない。機器が壊れたか、あるいは……
「うおぉぉぉ!」
その勢いのまま、マイケルはマスト・ダイを力任せに化け物の胸へと突き刺した!
「死ねぇぇ!!!」
「ギュエェェェ!」
フルパワーでドリルを回転! ブチブチと筋繊維が千切れる音と共に肉片が飛び散る! しかし、無理な稼動を強要したせいか、マスト・ダイが火花を上げ、次の瞬間には爆散した!
「くぅッ」
凄まじい爆風で後ろに吹っ飛ぶマイケル! 右腕の駆動系統に異常! 動かすことが出来ない!
エイリアンは!?
体内でマスト・ダイが暴発したせいか。最早、上半身が原型を留めていなかった。そのまま前のめりに倒れ、そして、二度と動くことはない。完全に死んでいた。
決着の余韻に浸ることもなく、マイケルは吹っ飛んだジグの方へと急ぎ移動する。すると、先にいたダンカンが、彼に向けてゆっくりと首を振った。
血の気が引くのをマイケルは感じた。
「そんな……」
その時、倒れていた『オメガ』の頭がカシャコンと開き、吐しゃ物にまみれたお調子者の顔が現れた。そして、かすれた声を上げる。
「勝手に殺すんじゃねぇ、デカブツ」
「がはははっ! 運のいい野郎だぜ!」
ラガーマンも『オメガ』の頭を開き、満面の笑顔を見せた。
マイケルはほっと頬を緩める。ダンカンの質の悪いジョークだったのだ。
「大丈夫か」
「はい。出撃前に食ってたクソマズいオートミールは全部吐いちまいましたが」
「足も『オメガ』の部分が潰れただけであります。おい、チビで良かったな!」
ジグの体をダンカンが乱暴に揺すった。
顔をくしゃくしゃにしかめるジグ。
「おい、いてぇ、いてぇって!」
そんな彼にマイケルは手を差し伸べた。
「肋骨がやられているかもな。急いで戻ろう」
「あーそれですが、隊長。ゲロまみれなんで、シャワー先に浴びたいんすけど」
「駄目だ。体の治療が優先だ」
「いや、あのですね、オートミール、上からだけじゃなくて下からも」
ジグの狼狽えたような訴えにマイケルは笑った。そして、答えた。
「駄目だ」
*
最新鋭の装備と軍のエリートが集まった『パワードパンツァー』であるが、それでもエイリアンとの戦いは常に死と隣り合わせである。エイリアンの一匹すら倒せず、命を散らしてしまった隊員も少なくはない。
そんな中で、マイケル・デイビスのチームは殺害数も捕獲数も、頭一つ抜きんでていた。
彼はとびきり優秀で、仲間を、市民を、U.S.A.を愛していた。
だから、半年後に対巨大エイリアン用決戦兵器の最終パイロット候補にマイケルが選ばれた時は、己がそれを用いて愛する国を守るんだ、と彼は信じて疑わなかった。この任についた際、二階級特進をしても、その決意はただの少しも揺らがなかった。
だが、違った。
*
ホワイトハウスでの衝撃の会見から6日後。???にて。
「ギェヤァァァァ!」
巨大エイリアンが血しぶきを上げ、倒れる。
そして、第47代目U.S.A.大統領……ジョージ・バリトンの目には『NEW RECORD』の文字が飛び込んできた。
「……ふぅ」
彼は装着していたバイザーを外すと、すぐ脇にあった緑色に蛍光している丸いボタンを押す。
プシュー。
何やら空気を排泄するような音を発しながら彼の後ろの扉が開いた。暗い室内に白い光が差し込んでくる。照らし出される全身黒色のラバースーツに身を包んだジョージ。彼は2、3度軽く手を握りしめると、踵を返して扉から外に出た。
パチ。パチ。パチ。
ゆったりした拍手で彼を迎えたのは、白衣を着た白髪でアジア系の老紳士であった。彼の後ろではがやがやと同じく白衣を着た人達が、何やら複雑そうな機材を一心不乱に操作している。慌ただしく機材間を行ったり来たりする者もいた。
そんな中、老紳士は落ち着いた様子で、目尻に皺を寄せ微笑む。
「お見事です。大統領閣下。ここにきて新記録とは」
「フジモト。腕周りの反応をコンマゼロ5だけ遅らせてくれ。感覚とずれてる」
「おや。お疲れですかな?」
「落ち着いてきたんだ」
老紳士の名はヴィクトル・藤本。ジョージが今いる『とある場所』にある『とある施設』の最高責任者である。年は52歳。整えられたダンディなオリジナルスタッシュの髭がチャーム・ポイントだ。
ジョージとフジモトが会話していると、「プシュー」と空気を排泄するような音を発し、扉から人影が現れた。ジョージが先ほどまでいた暗室の隣の扉であった。
現れた人影は彼等……いや、大統領を見て、露骨に眉をしかめる。苦虫を潰したような表情であった。
それは、ジョージと同じく黒色のラバースーツに身を包んだ……マイケル・デイビス。
大統領は彼へと向き直り、片眉を上げた。
「少尉。その顔は軍法会議ものだぞ」
「失礼しました!」
マイケルは居住まいを正し、ビシッと逞しい胸を張り敬礼を決める。
初老のジョージは笑うと、エネルギッシュな若者の肩を軽く叩いた。
「冗談だ。ここでは君と私はただのライバルさ。肩の力を抜きたまえ」
「ライバルなどと! 私は結局一度もシミュレーションで、大統領殿に勝つことは出来ませんでした!」
若き少尉は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。そして……そして、なんと大粒の涙を流し始めるのであった!
「一度も! 一度も! 申し訳ありません! 私は! 私は、この国に、必要な方を、止めることが! うぐぅぅぅ!」
止まらぬ! 止まらぬ熱き涙!!
フジモトは諭すように、彼に微笑んだ。
「君のせいではない。全人類の存亡をかけた戦い。そこに向かうのは最高の戦士でなければならない。それが、たまたま、大統領閣下である。それだけのことだ」
「その通りだ」
頷くジョージ。
「それに、私が死んだら、次は君が乗るんだ。『タイタン・オブ・スティール』に。頼んだぞ」
そして、大統領は熱量を込めて、若き優秀な兵士の肩を握る!
マイケルは目頭を押さえ、体を震わせるしかなかった。
*
誰よりも訓練を重ねたつもりだった。
誰よりも使命感を持っているつもりだった。
それでも、大領領という特大の重責を、既に担っている男に勝てなかった。
情けなく、そして畏怖した。
彼になら任せられると信じられた。
私の次は君だと言われ、誇らしかった。
【ザ・ユース・シェド・ホット・ティアーズ 終わり】