第3話 ターヘル・アナトミア・オブ・ジ・エイリアン
第3話 ターヘル・アナトミア・オブ・ジ・エイリアン
ジョージは(もちろん複数人の要人達も共に)アンドルーズ空軍基地へと降り立つと、すぐに青のストライプが映える改造されたホーイング747へと乗り換える。コールサイン・エアフォースワン!! 更なる空路への中継だ!
会見終わりすぐだというのに、こんなにも急いでどこへ行こうというのか。
滑走路を飛び立つ飛行機。向かう先は……ラスベガス!! 言わずと知れた夢と欲望の町である。まさかヤケになってギャンブルに溺れようとでもいうのか。いや、もう彼がそんなことをするような男ではないことはお分かりだろう。
真の目的地はラスベカスから200kmばかり離れた低い山と砂漠に囲まれた場所にある。
この数値を聞いてピンときた方も多いのではないだろうか。
そう、その目的地とは……『エリア51』。
かの有名な『ロズウェル事件』。その現場である。
*
ロズウェル事件。
それは1947年、ニューメキシコ州ロズウェルにて、UFOが墜落。それが米軍によって回収されたという事件である。そのUFOがエリア51へと運び込まれたのだ。
はて? と思う方もいるかもしれない。ロズウェル事件とはどこぞのタブロイド紙が民衆の不安と興味を駆り立てるために面白おかしくでっちあげた、所謂『ゴシップ(興味本位の噂話)』の一つでは? まるで真実のような書き方はおかしい、と。
その認識は概ね正しい。……8年前までは。
8年前である!
それは政府から「地球外生命体は明確に地球人類と敵対している」と発表された、正にその年! 実はそれと共にU.S.A.政府が秘匿していたいくつかの情報が同時に公開されたのだ!
その一つが『ロズウェル事件』について。
政府が、正式に、これを……『事実』だと認めたのだ。
*
エリア51。グルーム・レイク空軍基地。秘密地下施設。
ジョージは滅菌処理を受け、目だし帽のようなメットのついた全身真っ白のクリーンスーツへと着替える。
そして、物々しいバイオハザードマークのついた重厚な扉を開き、中へと歩みを進めた。
彼を出迎えたのは、この施設の責任者のみが着用するブルーのクリーンスーツ姿の女性『アメリア・ベックマン』であった。
クリーンスーツ着用状況では外見がほとんど分からないため、彼女のプロフィールを紹介がてら触れることとしよう。
アメリア・ベックマン。35歳。茶褐色の肌と美しい黒髪を持つ女性である。その瞳は知的なヘーゼルの光をたたえている。体型はスラリとしているが、背は普通といったところだ。一般的に言って美人の部類であり、魅力的な女性と言ってよいだろう。
大学がどうだという話は本質には関わりがないため割愛する。重要なのは、彼女が『生物学』のプロフェッショナルであり、35歳という若さでありながら、この……『エイリアン生態研究施設』の最高責任者となる、その天才性だ。
超がつくほどの、その天才性が発揮されだしたのはアメリアがわずか6歳の時であった。彼女は異常に生物の構造について興味を持っていた。虫やカエルやトカゲを捕まえては、片っ端から『分解』し、『標本』を作った。両親は彼女の異常性にすぐ気づき、その才能を認めると共に、徹底した倫理教育を行った。才溢れる彼女の生物構造に対する異常執着が、いずれは対象が法を犯すものへと移っていくことは明白であったからだ。
そのおかげか、彼女はしばらく何事もなく健やかに成長を遂げた。8歳で両親に高精度な双眼顕微鏡をねだり、10歳では『昆虫種による筋繊維のメカニズムの違いと爆発的運動性を生み出すクラッチ式バネ構造』という研究論文を発表したくらいだ(尚、この論文は現在でも、その種の権威達がこぞって引用するほど優れている)。
だが、アメリアが12歳となった時、事件は起きた。
彼女は『自分』で『自分の腹』を『解剖』したのだ。彼女の異常執着は、既に『人間の構造』にまで達していた。法的に問題の無いドブネズミや、両親がキチンとした手続きで手に入れてくれる事故死した野良動物では、もう我慢の限界だったのだ。法を犯さずに、どうすれば人体をつぶさに観察出来るのか。これが彼女の出した答えであった。
血塗れで喜々と自分の腹を開く娘を見た時の両親のショックたるや、いかばかりであっただろうか? ただ、それ以上にショックを受けた人物がいた。それは、アメリアの腹部の傷を手術した男性医師である。彼がしたのは、多少の術前後処理と、傷の縫合だけであった。そう、彼女の『解剖』は、主要な臓器や血管を何一つ傷つけていなかったのだ。当時、「これは狙って行ったことなのか」という医師の質問に対してアメリアはこう答えている。
「そうしないと出血で切開部分が見えなくなるじゃないですか」
彼女の稀有な才能に感服し、このままではその異常性が彼女自身をも殺すと考えた男性医師は、アメリアを大学院へと推薦することにした。そこならば、彼女の才能を潰すことなく、異常執着を政府が後ろ盾となって満たしてくれると考えたからだ。彼女は迷いなく『生物学』を専門に選び、何一つ問題無く、当時その分野で最高峰であった大学院に合格した。アメリアが14歳になる目前のことであった。
そして、数奇な運命を辿り、彼女は『宇宙生物』の研究に没頭することとなるのだ。
*
稀代の天才は防護服に覆われた右手を、事務的に差し出す。
「大統領。時間より少し遅いですね」
「約束の時間というのは、どれだけ遅れたかの目安のためにあるのさ、ドクター」
ジョージは笑みを浮かべ(メットのせいで見えやしないが)彼女の差し出した手を握った。ジョージの軽いジョークにアメリアはピクリとも反応しない。まぁ、彼女はそういう人となりなのである。ちなみに遅れたのは彼が先の会見で余計なことを喋っていたからであろう。
「では、こちらへ」
いたってクールな博士はきびきびとした動きで、ジョージを先導した。
*
「40万度。オーバー。表皮への影響なし」
分厚いガラスの向こう側で、激しいアーク光がまたたく! クリーンスーツのメットに素晴らしい遮光性能バイザーが備わっていなければ、一瞬で目が潰れてしまうことだろう!
「放射やめ」
「放射やめます」
アメリアの言葉に、研究員の一人が無感情に復唱する。すると、アーク光がだんだんと収まっていった。そして、姿を現したのは。
姿を現したのは!!
「いつ見てもグロテスクだ」
ジョージが思わずつぶやく。
それは、真っ白な台座に固定された、異形の怪物!
皮膚! 現地球の最大級爬虫類、イリエワニの荒々しき表皮を更に凶悪に刺々しくしたがごとき! 鱗に覆われ、体毛は一切無く、毒々しい緑色!
足! 太く、かぎ状の恐ろしい爪! だが作りは人間の足と酷似! 二足歩行であることは想像に難くない!
手! 指は三本! 指には鋼鉄すら穿つ鋭い爪が伸びる!
尻尾! 二本の太く長いモノ! 対象を締め上げ、叩き潰す、恐ろしき武器!
背! 湾曲! 前傾姿勢! 全高は2mを超える体躯!
胸! 白っぽい! 全体の皮膚は濃い緑色なので目立つ!
目! 草食動物のごとき左右に離れた目が一対! 黒一色の目は何を考えているのかうかがい知れない!
口! ぬめった触手が覆い、奥には無秩序な乱杭歯!
鼻! 無し!
頭! 大きく左右に裂けたような恰好! 先端は角めいて鋭利!
おぉ、これは、これこそは! 宇宙からの侵略者!
ズバリ!! エイリアンである!!!
「ギェア! ギャア!!」
ガン! ガン!
台座の上でエイリアンが暴れもがき、吠え猛る! しかし、しっかりと体を固定する台座はビクともしない。完璧な設計であった。
このエイリアン生態研究施設では、『ロズウェル事件』を始めとした世界各国の『エイリアン襲来事件』における『エイリアン』を捕獲し、その生態を徹底的かつ無慈悲に研究しているのだ。
おや? とお思いの方もいるかもしれない。
エイリアンの存在が発表されたのが10年前。そして、敵対発表は8年前。だが、ロズウェル事件は60年以上も昔の話である。
そう! 民衆の知らざる闇の世界! そこではアイオワ州での事件(ジョージの恋人が攫われた事件)より遥かに昔から、エイリアンと人間との争いは始まっていたのだ!!
*
アメリアは手に持ったファイルの資料をめくる。
「マイナス190度からプラス50万度での生存を確認。地球上の毒素ほぼ全てを無効化し、真空状態ですら」
「あぁ、ドクター。もういい」
ジョージは手を上げ、淡々と読み上げていたアメリアの言葉を遮った。この絶望感溢れる報告については何度となく聞いていたし、聞いても落ち込むだけだからだ。どんな熱にも耐え、毒も効かず、傷すら瞬時に再生する。そんな化け物を倒す方法などあるのかと。
「それより、結論を教えてくれ」
「はい。やはり外部からの大きな衝撃、もしくは再生を遅延させる乱方向への同時裂傷からの胸部にある内部主要器官の同時破壊。他にこの生物を死に至らしめる有効な方法はありません」
「見せてくれ」
アメリアが頷き、手を上げると、研究員の一人がレバーを引く。
すると、ガラス向こうの拘束されたエイリアンに向けて、直径50cmほどの鉄球が発射される!!
ドゴォォン!!
エイリアンの白い胸へと直撃!
「ギュエェェェ!!」
断末魔。口から緑の血を吐き、胸を大きくへこませたエイリアンは動かなくなった。
「ではあちらを。ドリル」
アメリアは反対方向を見るようにジョージを促す。
ギュィィィィィン!!
そこには、同じく分厚いガラスの向こう側で拘束されたエイリアンがおり、それに向かって、巨大なドリルが迫っていた。
「ギィ! ギェ! ギェェェ!!」
巨大なドリルがエイリアンの胸を削り飛ばしていく!! 飛び散る緑の血と肉塊!! なんとグロテスクな!! だが、ジョージはその凄惨な光景から目を逸らさない。
ドリルがエイリアンの胸へと埋まると、こちらのエイリアンも動かなくなった。
二匹とも、完全に死んだのだ。
「エクセレント。見に来た甲斐があった」
ジョージはブラウンの瞳を輝かせる。アメリアは首を竦め、ため息をついた。
「悪趣味ですね。別に直接来ることは無かったでしょう」
「映像と文字だけでは実感が持てないのだよ」
殺せるという実感がね。
ジョージがこの基地に訪れた理由。それはエイリアンの生態研究の区切りで行われる貴重な被検体の殺処分! それをその目で見るため! これから来るだろう戦いへの勇気を奮い立たせるためであった!!
*
エアフォースワンに乗り込み、帰路につくジョージ。
今彼はアメリアからの報告資料に目を通している。
「フゥー」
ため息をつくと、大理石のテーブルに資料を乱雑に投げ置いた。
バサリ。
紙がテーブルの上に広がる。
その内の一枚にはカラー写真がクリップされている。映っているのは浜に打ち上げられた巨大な恐竜の尻尾のような何か。
タイトルには『2012年、サウスカロライナ州』。
アメリアからの報告にはこうあった。
『組成物からエイリアンの体の一部と断定。これを元にエイリアンの大きさを推定すると、50mを超える。骨格・筋力の面から見ても地球上での活動は十分可能。逆にこれ以上の体格になると、運動可能な領域を超える。最終的な見解としては50m~60mがエイリアンの取りうる最大体高である』
*
エリア51。空の下。慌ただしく人々が行きかっている。
もうここでの研究はしばらく中止だ。撤収命令が出たのである。
「所長。僕たちも早く避難しましょう」
そんな中、眼鏡をかけた白人の男性が、アメリアへと声をかけた。
「……」
「所長?」
だが、アメリアは白衣のポケットに両手を突っ込み、ぼんやりと空を眺めたまま、反応しない。
「所長!」
男性が強めに呼ぶと、今気づいたとでも言いたげに、アメリアは目を丸くした。
「ごめんなさい。少し考えごとをしていたの」
「珍しいですね」
「私だって考えごとくらい、するわよ」
アメリアは微笑む。
『ロズウェル事件』。そこで回収されたUFOは、現在の人類ですら解析しきれていないほどのテクノロジーの塊だと聞いたことがある。
だが、捉えられたエイリアン全てはそのような知性を持ち合わせた生物だとは考え難かった。
多分この考えは当たっている。
彼女はポツリと呟いた。
「今まで地球に送り込まれたエイリアンは、全て他の『何者か』によって造られた生物」
そして、送り込まれたエイリアンは地球に対する挑戦状。
『時間をやるから、勝てるものなら勝ってみろ』
そんな強い意志を感じるのだ。
男性が首を傾げる。
「え? 今、何か言いました?」
「いいえ、何でもないわ。行きましょう」
アメリアは白衣を翻し、歩き出した。
こんな途方もない相手に勝てるのか。彼女は一度、大統領に直接聞いたことがある。
彼の答えはこうだった。
「挑戦状だろうが、お土産だろうが、何だっていい。地球人類を舐めているのならば、それを後悔させてやろうではないか。我々の技術と英知、そしてハートによって」
【ターヘル・アナトミア・オブ・ジ・エイリアン 終わり】