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第2話 ディナー・ウィズ・ファースト・レディ

第2話 ディナー・ウィズ・ファースト・レディ


 衛星電話のコールを受け、操縦士が放送を流す。


「お電話です。ミスター・プレジデント」


 今、ジョージが搭乗しているのは大統領専用ヘリコプター、通称『マリーンワン』! あの衝撃の放送後、陸路は大混雑するだろうことを予想して、空路をあらかじめ確保しているのだった! ここへの電話! それを繋げることが出来る人物など限られている!

 何か異常事態でも発生したのか? いや、先を以て仮初かりそめの日常すらなくなってしまったのかもしれない。大統領は緊張に息を飲み、電話を取った。


「……こちら、ジョージ・バリトン」

「ハーイ、ジョージ。何? ちょっとうるさいわね?」


 だが、そんな彼の耳に飛び込んできたのは底抜けに明るい、聞きなれた、だが懐かしい声であった。思わず気の抜けたようなため息が出てしまう。彼はわずかに口角を上げた。


「メアリー」

「あら、私の声なんて忘れていると思ってた」

「忘れるものか。妻の声を」

「ふふ。『元』ファースト・レディよ。今はただのレディ。でしょ?」


 可笑しそうにそう語る彼女の名は『メアリー・エリーチカ』。彼女の明るい声を聞きながら、ジョージは思い出していた。半年前のあの日を。彼女と『夫婦』から『元夫婦』へとなった、あの日のことを。



 半年前。とある高級レストラン。

 年老いたウェイターがメインのアクアパッツァをテーブルに並べ、白ワインを優雅な所作で注ぐと、軽く会釈をして去っていく。

 ジョージはフォークで魚の切り身を口の中へと運び、満足げに頷いた。


「やはり、ここの金目鯛はおいしいな」


 彼の正面に座っているのは妙齢の女性。彼女は青い瞳の目尻に皺を寄せて微笑む。


「えぇ。ファースト・レディなんて大変なことばかりだけど、おいしいものを食べられるのは役得ね」


 そして、ショートボブでばっちりと決めたプラチナブロンドの髪を少し揺らしながら、ワインを一口飲んだ。

 ジョージの正面に座るこちらのチャーミングなご婦人こそ、『メアリー』その人となる。当時のフルネームは『メアリー・バリトン』……まだこの時はジョージの妻、つまりはファースト・レディ(大統領夫人)である。

 メアリーはワイン片手に辺りを見回す。


「それに、こんな高級店を貸し切りに出来るのもね」


 その発言の通り、セピアなライトが照らすムーディな店内には、二人以外に客がいる気配はない。いるのは店員と、シークレットサービスが数人だけだ。

 彼女はワイングラスをテーブルに戻すと、夫の顔を青い瞳で見つめた。


「ふふ。何かお話があるんでしょう?」

「……あぁ、良く分かったな」


 ジョージは食べる手を止め、妻を見返した。全てを見透かしたかのように微笑む彼女を。


「分かるわよ。あなたって大事な話をする時は、いつも料理に頼るもの。でもどうせなら、あなたの手作り料理が良かったわ」

「はは……参ったな。すまない、中々時間が取れなくて」

「わかっているわ。ごめんなさい、イジワルよね」


 メアリーはころころと笑う。ジョージは苦笑いで顎を摩るしかなかった。

 彼はふと表情をシリアスにさせる。そして、視線を少し落とした。彼女の目を直視しているのが少し怖くなったのだ。


「それで、話なんだが」

「えぇ」


 頷く妻。夫は躊躇うように口を何度か開け閉めする。彼の口の中は食事を取ったばかりというのに、カラカラに乾いていた。極度に緊張しているようだ。


「あー、その、なんだ」

「さっさと言いなさい。それでも一国のトップなの?」

「……私と、離婚してくれないか」


 なんと、彼が切り出したのは離婚である。


「いいわよ」


 なんと、彼女はあっさりと許諾である。

 メアリーは眉をしかめ、不機嫌そうに両腕を組んだ。


「何かと思えば、この『結婚』は元々そういう約束だったじゃない。こんな改まって言う必要無いのに……税金の無駄使いよ、ジョージ」

「いや、でも、こういうのはキッチリ」

「通例で大統領は独身だとなれない。はっ、前時代的よね。でも仕方がないから、私が協力した。好きで協力したの。後は然るべきときに別れましょうって、忘れたわけじゃないでしょう?」

「も、もちろん覚えているとも。でも12年も夫婦をしてきたんだから」

「あなたどうして欲しいわけ? こうかしら!」


 毅然とした大統領夫人は、突如立ち上がると、身を乗り出し、手を振り上げ、そして。


 そして、情けない大統領の頬を思いっきりひっぱたいた。


 パチーンと乾いた音がムーディな店内に響き渡る。店員は凍り付き、シークレットサービスは少しざわついた。

 呆気にとられたようにジョージが頬を摩る。しばらくして、別れを告げた妻の顔を、彼は見上げた。

 メアリーは腰に手を当て、カラッと笑う。


「どう? スッキリした?」


 ふっと頬を緩めるジョージ。


「そうだな」

「……いよいよなのね」


 彼女は表情から笑みを消し、椅子に座りなおした。


「ジョージ。私と……姉の分も、あのクソッタレ共にぶちかまして頂戴。お願いよ」


 震えた声。メアリーの目には涙が浮かんでいた。気丈な彼女が、ジョージに縋るような目を向けていた。

 姉。

 離婚が成立すれば、彼女は旧姓の『メアリー・エリーチカ』に戻る。そして、彼女は『キャサリン・エリーチカ』の妹なのだ。

 『キャサリン・エリーチカ』……誰だとお思いのことだろう。その名こそ、ジョージの心に深く刻まれる最愛の女性の名。そう、20年以上も前のあの日! トウモロコシ畑で起きた、悲劇のアブダクション! その、被害者!!!

 ジョージは思わず言いそうになった「すまない」という言葉を飲み込む。その代わりに力強く頷き、答えた。


「あぁ。任せろ」



 こうしてジョージとメアリーの離婚は成立し、彼等はそれぞれ独身となったのだ!

 そして、時は現在に戻る!


 いつもの調子でマリーンワンに衛星電話を繋げてきた元妻に、ジョージは苦笑いを浮かべる。


「ただのレディはマリーンワンに電話などかけないぞ?」

「いいじゃない。あなたの会見を見て、いても立ってもいられなくなっちゃったんだもの」


 ころころとメアリーは笑う。この明るさに何度救われたことか。離婚してからというもの、一度も会うことは無かったが……それでも彼女は大事な『家族』であった。


「最高にクールだったわ、ジョージ」

「お褒めにあずかり光栄だ。レディ」

「大統領の言葉遣いとしては失格だけどね」

「はは、手厳しいな」

「負けたら絶対に許さないわよ!」


 彼女の言葉に、大統領は自身の頬を摩る。

 あの一発。それを思い出すと、彼は身が引き締まる思いであった。


「当然だ。絶対に私は勝つ」


 力強い返事。電話の向こうの様子は分からないが、これで安心してくれただろうか。ジョージは口角を少し上げ、明るい調子で続ける。


「さぁ。君も早くシェルターに避難するんだ」

「えぇ、頑張ってね」


 ブツリ、と電話が切れた。


 ジョージは恋人の妹を利用した。彼女との結婚は今の地位を手に入れるための『偽装結婚』とも言えるもの。そこに夫婦としての愛はなく、子供もいない。メアリー自身も望んだこととはいえ、彼女がもっと幸せに生きられたかもしれない12年間を、エイリアンへの復讐のために奪ったのだ。

 だが、彼は謝らない。謝るのは全てを終えた、その時!!

 大統領は改めて、己の復讐心を暗く! 熱く! 燃え滾らせたのだった!!


「間もなくアンドルーズ空軍基地」


 操縦士からのアナウンスが流れた。


【ディナー・ウィズ・ファースト・レディ 終わり】

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