第1話 ウェルカム・トゥー・ジ・アース、ファッキン・エイリアンズ
「キャシー、君の輝きはどんなトウモロコシより……」
そこまで口にして、オールバックでキめた濃いブラウンの髪を青年は両手でグシャグシャにした。
「クソッタレ! なんだよ! トウモロコシって!」
そして、ダン! と洗面台へ手を叩きつける。
「プロポーズだ。プロポーズをするんだよ、ジョー。トウモロコシからどうプロポーズするつもりだ? ふざけるんじゃない」
青年は顔を上げる。髪と同じ濃いブラウン色の瞳が彼を睨みつけていた。ほどよく焼けた肌に濃い目の髭跡。黒いフォーマルなスーツに包まれても分かるがっしりした肉体。中々喧嘩が強そうじゃないか。だってのに……
「おい、キンタマついてんだろ、この腰抜け」
青年は『鏡に映った』自分に力強く人差し指を向けた。
「あぁ、もうすぐ、もうすぐ来るぞ」
彼は腕時計をチラッと見て、せわしなくポケットの中を確認する。そこには彼の今後を左右する『運命の箱』が入っている。己の月収三か月分の『運命の箱』が。
もうお分かりだろう。
ぶつぶつと鏡の前で独り言に精を出していた彼は、本日この後プロポーズをするのだ。もうすぐやってくる愛しい女性に。付き合って3年のホットな頃合い。断られたら多分勢いで死ぬ。浮ついた様子の彼を見ているとそう思えてならない。
彼は深呼吸をすると、グシャグシャになった髪をプラスチックの櫛で再び整えた。そして、ネクタイをちょんちょんと正しながら心を落ち着ける。
「シンプルでいいんだ。シンプルで……キャシー、俺と、け、け、けっご……ゴホッゴホッぐぇ」
噛んでせき込んでえずく。涙が彼の目に浮かんだ。
練習でさえ「結婚してください」の一言が言えない己の小物っぷりに、彼はほとほとあきれ果てていた。
*1時間後!*
女性が着てきたファーコートをポールハンガーにかける。青年はぎくしゃくとぎこちなく彼女をエスコートし、テーブルの椅子を引く。彼女がその椅子に上品に座ると、青年もテーブルについた。彼女の正面だ。
マリリン・モンローを彷彿とさせるブロンドの髪の女性はセクシーな唇の口端を上げ、微笑む。
「今日はディナーに呼んでくれてありがとう。ジョージ」
「あ、あ、あぁ。今日は本当に腕によりをかけたんだよ、キャシー」
引きつった笑顔のスーツの青年が上ずった声で答えた。二人がかけるテーブルにはローストチキンをはじめとした豪華な料理の数々、中央には一輪の真っ赤な薔薇が飾ってある。それらは青年が今日という日のために、必死に準備したものであった。料理だけは他の人よりも自信を持っていた彼は、決戦の場として自宅を選んだのだ。
女性はテーブルに肘をつき、美しいブルーの瞳で彼を見つめた。
「本当にスゴイわ。今日は二人でパーティーね。でも、今日って何かの記念日だったかしら?」
小首を傾げる彼女に、青年は内心で「今から記念日になるんだよ」と答える。内心で、である。そんなキザったらしい言葉を口にする勇気は彼には無かった。
青年は当たり障りのない会話でごまかしながら、テーブルの料理を取り分けて彼女へと配った。
*さらに1時間後!*
青年はワイングラスにしきりに口をつけながら、ポケットの中の小さい箱を手で弄ぶ。食事もすっかり終えてしまったが、彼は未だにプロポーズのタイミングを掴めずにグズグズしていた。皿に残ったローストチキンの骨が「ヘタレのチキン野郎」と彼をなじる。
彼はワイングラスをテーブルに置き、ごくりと息を飲んだ。今度こそ、と意気込んだ。
「キャシー。本当に似合うよ、そのピンクのドレス」
「ありがと。ふふ。ねぇ、その台詞今日で何回目?」
「あ、あれ? そんなに言ってたかな?」
「今日のジョージってば、何か変よね」
愛しい女性が微笑む。青年はここだ! と思った。実際にはもう8度ほどタイミングを逃しているのだが、青年はここだと思ったのだ!
「あぁ。今日の俺は変なんだ。過去最高に緊張している。何故なら」
ここでポケットから箱を取りだし、中の指輪を見せながらのプロポーズ! 彼女は驚きつつも泣きながら「イエス」と答え、今夜は最高の夜になるのだ……彼はそうシミュレーションしていた。しかし、
「……キャシー?」
彼女の目が自分へと向いていないことに青年は気づく。
「外、なんかすごい明るい」
「外?」
彼は後ろを振り向く。確かに彼女の言う通り、眩しいほどの光が窓から差し込んでいた。カタカタ少し揺れてもいる。こんな田舎で無軌道な若者による暴走行為か? もう夜も遅いというのに……だが、今の彼にはそんなことはどうでもよかった。人生の一世一代の大勝負を前に、多少の眩しさなど大事の前の小事なのだ。
「外のことなんてどうでもいいじゃないか」
「あなたの畑が火事かも。ちょっと外見てくるね」
「あ、キャシー! まっ」
女性は言うが早いや、さっと席を立って外へと行ってしまった。青年はがっくりと項垂れる。いや、これは彼女の優しさなのだ。農家にとって畑は命。それに何かがあってはまずい。彼女はそれを心配してくれただけだ。むしろ、自分がいの一番で飛び出さなければならなかった。
あぁ、でも、今からの数秒だけは畑よりも大事だったよ、キャシー。
青年はのろのろと立ち上がると女性の後を追って外へと出た。
*未確認! 飛行物体! 出現!!!!*
外に出た彼の目に飛び込んだのはとんでもない光景であった!! 薙ぎ倒れまくったトウモロコシ畑! そして、頭上に浮かぶは巨大な輝く円盤型UFO! どういった理屈で発生しているかも分からない凄まじい風圧を受け、青年は驚愕しながらも目を細める!!
「キャシー?」
青年はここで非常事態に気づく。現状非常事態しかないのだが、更なる非常事態だ。
愛しい女性の、姿が、無い。
青年は一生懸命辺りを見回す!
「ジョージ!」
と、その時、小さな女性の声が! 声のした方……頭上へと彼は視線を向ける! だが光が強くてよくわからない!
「ジョージ!!」
青年は更に目を細める! すると、そこに小さな影……ゆっくりとUFOへと吸い上げられている彼女の姿を発見した!
「キャシー!! キャァァシィィィ!!!!」
青年は手を伸ばし叫ぶ! 己の愛しい女性の名を!
「ジョージ!! ジョーーーージ!!!!」
女性も手を伸ばし叫ぶ! だが、あぁ、無常! 女性の姿はUFOの中へと消えてゆく!
キィィィィ……
UFOの輝きが一層強くなり、耳ざわりな甲高い音を発する! すると次の瞬間!
キュン!!
UFOは夜空の中に吸い込まれるように……跡形もなく消えてしまった。
残された青年は茫然と立ち尽くす。己の手の中に、渡せなかった婚約指輪を握りながら。
そして、しばらくして、
「キャシィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!」
愛しい人が手の届かない遠くへと行ってしまったことを理解し、慟哭した。
【第1話 ウェルカム・トゥ・ジ・アース、ファッキン・エイリアンズ】
20XX年!
U.S.A.! ワシントンD.C.ペンシルベニア通り1600番地! ホワイトハウス!
オーバルオフィス!!!
執務机に向かい、ニューヨーク・タイムズを広げる男有り! とは言ってもここに座ることの出来るものなど限られている。
オーバルオフィスの扉から控えめなノック音が聞こえる。
男は新聞を机に置くと、視線を扉へ向けた。
扉から緊張した声が響く。
「大統領。お時間です」
「あぁ。今行く」
そう、このイタリア特注の濃い紺色のスーツに赤いネクタイを結ぶ初老の男こそU.S.A.のトップオブトップ。第47代目大統領その人である!
男は立ち上がると、扉へとしっかりとした足取りで向かった。
……大統領が残した新聞に目を向けてみよう。違和感を覚えるに違いない。
その新聞は黄ばみ、擦り切れ、ボロボロであるからだ。
それもそのはず。日付が今から20年以上も前を指しているではないか!
その新聞には小さな記事の見出しでこうあった。
『アイオワ州にUFO襲来!? 消えた女性の行方』
*
10年前! U.S.A.の誇る航空宇宙局、通称『NASA』から世間を揺るがす大発表があった。それは端的に言えば次の通りだ。
「地球外生命体は存在する」
ここで巻き起こった世界規模のエイリアンブームは記憶に新しい。様々なグッズや映画が展開され、大いに沸きあがったものだ。
だが8年前! 次の発表でそんな浮かれた世間が一変した!!
「地球外生命体は明確に地球人類に敵対している」
この時の世界の混乱っぷりは半端ではなかった!! 終末論がいたるところで勃発! 犯罪者が前年に対して3倍以上に激増! 神にすがる者も激増し、何故か宗教戦争が世界中で起きる! ジャパンのトーキョーでは出家が空前絶後のブーム! これぞ正に世紀末!!!
そんな混迷を極める世の中で8年前にU.S.A.の大統領の座を国民の圧倒的支持の元で射止めた人物がいた。
それこそ47代目大統領! 『ジョージ・バリトン』(当時39歳という圧倒的若さ!!)である!!
8年の任期を終えようとする今でさえ、その人気は絶頂期!! 次の当選も確実と言われる傑物!
彼は議員になった12年前から一貫してこう言い続けていた。
「地球外の敵に対する備えが必要だ」
これこそが、人気絶頂の理由! 彼はいくら笑われようと、宇宙からの脅威を訴え続けた! そして、独自にあらゆる手段を用いてその備えに対する根回しも行っていた! そこには当然、政治家として不適切な行為がいくつも含まれる!!
だが、全ては宇宙の侵攻から地球を守るため! その行為が明るみに出た時! 彼は地球人類のヒーローとなったのだった!!!
そんな大統領『ジョージ・バリトン』は現在、マスコミが溢れるエグゼクティブ・レジデンスの会見場へと向かっていた。
これから世間……いや、世界中を、8年前を超える混乱に陥れる発表をするために。
*
ホワイトハウス。エグゼクティブ・レジデンス。会見場。
大統領の登場と同時に、ストロボのように瞬くフラッシュの嵐!
ブルーのカーテンをバックに壇上に立ったジョージが手を上げると、その嵐は収まった。
「今からの発表は全人類にとって非常に重要である」
ジョージはよく響くバリトンボイスでそう語る。彼は深呼吸し、次のように続けた。
「8年前に端を発する地球外生命体の敵対問題。いよいよその時がきたようだ」
――同時刻! ジャパン、トーキョー!
「誠に遺憾ながら、今世界は未曽有の危機に瀕しているという他ない」
――同時刻! イギリス、ロンドン!
「無用な混乱を避けるため、今まで黙っていたことを、まずは謝罪します」
――同時刻! ロシア、モスクワ!
「我々は地球外生命体の発する信号を解析することに成功。その侵攻タイミングを掴んだ」
――同時刻! チャイナ、ペキン!
「それによれば、えー、162時間後。一週間弱となります」
――同時刻! オーストラリア、シドニー!
「だが、ご安心を。シェルターの情報を開示します。該当の避難場所へ速やかに移動を開始してください」
――同時刻! ドイツ、ミュンヘン!
「収容数は十分にあります! どうか落ち着ての行動をお願いします! パニックだけは起こさないでください!」
なんと、会見は全世界各国首脳が同時に生で行っていた! その視聴率、実に99.8%!! それも当然、遂に地球外生命体の侵略が始まろうとしているのだ。各地域のシェルターの地図が映し出され、会見の放送が終わる中、ある国の放送だけは、まだ続いていた。
そう、ジョージ・バリトン。自由の国、U.S.A.である。
「だが、私は落ち着けなどと言うつもりはない。何故なら私自身非常にエキサイトしているからだ」
ジョージは拳を振り上げる!
「この時を、私は待ち続けた!! 準備し続けた!!」
ジョージの濃いブラウンの瞳がギラギラと輝く!
「その成果でもって、存分に奴等を出迎えてやろうではないか。クソ食らえ、と」
ジョージは少しばかり皺の目立つ目じりを歪め、狂気すら感じる笑みを浮かべた。
「ケツの穴に鉛をぶちこまれる用意はいいか、エイリアン共」
ジョージ・バリトン。彼の瞳を、彼の顔を、彼の声を我々は知っている!
そう、彼こそは20年以上も前、プロポーズ直前で恋人をUFOにアブダクションされてしまった悲劇の男! 彼はなったのだ! U.S.A.の頂点、大統領に!! 全ては愛する者のために!!! その、執念!!!
【ウェルカム・トゥ・ジ・アース、ファッキン・エイリアンズ 終わり】






