第八話『疲れた体に甘い物』
「さあ、もう夕方になっちまったな。ちょっと遅めの昼ごはん兼、夜ご飯を食べに行こうぜ。」
「そうですね、すごくお腹が空いてます。」
俺とアリスは服屋さんから出ると、この小さな街を歩き始めた。よく周りを見てみると、いろいろなお店が立ち並んでおり、おそらく、ノアとノーストレーディング間を移動している旅人用の中継地点の街といったところだ。
しかし、人気は少なく夕日による寂しさもあってか、どこか廃れている印象を受ける。
「ここはいろんな店があるんだな。けど、人が少なくないか?」
新しい靴を履いて気分の良いアリスが答える。
「確かに人っ気がありませんね。この街は中継都市なのですが、死の川が危険区域とかしたからか、ノアとノーストレーディングをわざわざ移動する人がいないのだと思います。個人的にはこじんまりとしていて良い雰囲気な街だと思いますが。」
「アリスは質素なものが好みなんだな。クレアはその逆みたいだけど。」
「クレア様はお嬢様ですよ。私とは価値観が違うのです。」
クレアはそう、うつむいて言った。質素なことはいいことだがアリスにとってはコンプレックスなのかもしれない。
「アリスは、なにか食べたいものとかあるか?」
「なんでもいいです。けど、強いて言うなら…」
アリスは言いかけてその言葉を止めてしまった。
「なんだ?なんで黙っちゃったんだ。」
「いや…あのその…ちょっと恥ずかしくて。」
「何でもいいぞ、俺は今お金だけは持ってるから。」
こんな事を言ってしまったが、蟹が食べたいとか言われたらどうしよう、お金がなくなってしまう。
お茶分のお金もなくしてしまったら、ここまで歩いてきた意味がない。
「じゃあ…パフェ…あとシュプライトが飲んでみたいです…」
「えぇッ!蟹とかステーキじゃなくていいのか?!」
「私はまだシュプライトも飲んだことがないのです。クレア様が美味しい美味しいと言うので、興味がありました。あとパフェも一度も食べたことがないんですよ。」
クレアは恥ずかしそうに言った。ここで俺の財布が死ななくてよかった。
パフェなんてこの世界にもあるんだな、実に女の子らしい願いだと思う。
「そういうことなら、美味しいところを探さないとな!」
俺はそう言って、近くの美味しそうな店を探し始める。
ふと道の左を見ると、大きな看板がある酒場を見つける。
この世界では酒場がファミレスの代わりのようで、冒険者や一般客までほとんどの外食を酒場で取るようだ。
「ここはどうだ?いい雰囲気だし、看板に書かれている文字もなんかおしゃれだぞ。」
「どれどれ…『ファンタジーベイト』?怪しい店ではないようですし、ここにしましょうか。」
怪しい店ってどういうことだよ。俺はどれだけ変態だと思われてるんだ。
俺はアリスにそう言われると酒場のドアを開け、中にはいる。
中には可愛らしい服を着た女性の店員がいる。髪は茶色で、メガネを掛けているようだ。
この世界であった中では一番胸が大きい気がする。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
「二人です。」
「わかりました。ではご案内します。」
そのお姉さんは、俺達を誘導する。この短いやり取りの間に、俺がお姉さんの胸について一考したことがバレているのか、アリスは眉間にシワを寄せている気がする…
俺達はお姉さんに案内された小さなテーブル席に腰掛け、話し合う。
「はあ、今日一日疲れたけど、楽しかったな。」
「そうですね。この靴、大切にします。けどもう余計なことをして困らせるのはやめてくださいね。」
アリスはよほど靴が気に入ったのか、テーブルの下で足をプラプラさせて自分の靴をチラチラ見ている。
本当にこの子は質素で良い子だ。
言われたことはきちんとするし、言いつけもしっかり守っている。
「何を食べようかな。」
俺はメニューを見ながら言う。アリスはメニューを目を輝かせて見ていたのだが、次第にその顔が困惑に変わっていく。
「どうしたアリス、食べたいものがなかったのか?」
「いや、パフェと言ってもいろいろあるんだなと思いまして、このイチゴのやつもいいし、いややっぱりぶどうかな…」
年頃の女の子のように、一つのメニューを選ぶのにアリスはとても時間がかかっている。
これでカロリー計算も始めれば立派なOLさんになれると思う。
「わかりました。このイチゴのやつにします。アオト様はパフェは頼まないのですか?」
「うーんそうだな、俺もぶどうのやつを貰おうかな。じゃあ店員さん呼ぶぞ」
俺はさっきのお姉さんを呼び、注文をする。
俺はハンバーグ、アリスはうどんを頼んだ。この世界はうどんやラーメン、ステーキからハンバーグと言った割と日本でもポピュラーなメニューが主流のようだ。寿司とかあったら完璧なんだが。
毎日、夜はコンビニ弁当だった俺には嬉しい食生活ができる。
そんなことを思っているうちに、料理ができあがり、お姉さんが持ってきた。
「こちら、ハンバーグとうどん、シュプライト2つでございます。」
「ありがとう。お姉さん。」
その言葉を言った瞬間、お姉さんの方はコクっと頷き、気にもとめていなかったが、アリスは俺をにらみ、こう言った。
「アオト様は、胸の大きい方が好きなんですね。」
「なっ何を言ってるんだ!礼を言っただけじゃないか!」
「本当にそうですか?私は鼻の下を伸ばしていた気がしますが。」
やばい、無意識のうちに伸びていたのかもしれない。
やっぱり俺は変態なのかもしれないと、困惑し始める。
「そっそれはそうと、ご飯食べようぜ!」
「…では、いただきます。」
俺達は今日起こったことや、クレアの話をしながらご飯を食べた。
メインを食べ終わると、アリスは嬉々として泡の立ち上るシュプライトを見つめていた。
「シュプライト、飲もうぜ。」
「そうですね。この泡が上にフワフワっと行くの、なんか幻想的です。」
そう言って俺とアリスはシュプライトを手に持ち、乾杯した。
炭酸が少ないので、結構ゴクゴク飲んでもゲップが出ないのがいいところだ。
「すごく甘くて!スッキリして美味しいです!アオト様ありがとう!」
「あはは、大丈夫。こんなものならいつでも飲ましてあげるよ。」
「ほっ本当ですか!?私、いま人生で一番幸せかもしれません。」
炭酸飲料を飲ましてあげただけなのにこんなに喜ばれるのでこっちもちょっと困る。
そう話し合っているうちにお目当てのパフェも来た。
「はい、こちらがいちごのパフェ、こちらがぶどうのパフェでございます。」
お姉さんはテーブルの上にパフェを置く。
アリスはもうこの世の中で一番幸福かのような笑みを見せてパフェを見つめている。
「さあ、食べようか。」
「ちょっと待ってください!この光景を目に焼き付けておきます!」
アリスはパフェをじっと眺め、ときどき笑っては、また眺めるのを繰り返す。
「そろそろ食べたいんだけど。」
「わかりました。ではいただきましょう。」
俺はあまりパフェとか甘いものは食べないのだが、今日は疲れていて甘いものが食べたい気分だった。
スプーンでぶどうとパフェを掬い、そのまま口へ運ぶ。
その甘さが全身に染み渡り、疲れを癒やしてくれる。
「うーん!甘くて美味しいな。」
「あっアオト様、こんな美味しいものは初めて食べましたよ。もう今なら死んでもいいです!」
「気に入ってくれてよかったよ。」
そのまま二人はパフェをパクパクと食べていき、あっという間に半分ぐらいの量になった。
「アオト様…その…ちょっと交換しませんか、ぶどうも食べてみたいです。一生のお願いです。」
「ん?いいよ。この葡萄も絶品だぞ。」
アリスのことだから真面目に一生のお願いなのかもしれない。
俺は今まで何回の一生のお願いを使っただろうか、もう数え切れないだろう。
互いにパフェを交換し、最後まで食べる。
今日はいい日だったとしみじみ思う。
「アオト様、今日は本当にありがとうございました。そろそろ宿を見つけましょうか。」
「そうだな、おねえさん!会計おねがいします!」
俺は店員に声を掛ける、そしてお金を支払い、質問をする。
「この辺に、宿屋はないですか?」
「この店の向かい側にちょうど冒険者様用の宿屋があります。そこをご利用ください。」
「どうも親切にありがとうございます。では、ごちそうさまでした。」
俺はこの店をあとにして、向かい側の宿屋に入る。
そこで白髪のおじいさんが受付をしていた。
「すみません、部屋を2つ借りたいのですが。」
「申し訳ないですが、ゴホッ、今は部屋が一つしかありません。ゴホッ」
おじいさんは咳き込みながらそう言った。この宿屋はアリスが嫌がるだろう。
ならば他の宿屋を探すまでだ。
「では、この近くに他の宿屋はありませんか?」
「この街にはここしか宿屋がありません…ゴホッ、昔はいっぱいあったのですが、ゴホッ!」
強めの咳をして、おじいさんは申し訳無さそうな顔をしている。
「参ったな、アリス、どうする?まさか野宿するわけにはいかないしな。」
「……本当に仕方ないようですね。わかりました。この宿屋にしましょう。」
アリスは渋々了解したようだ。あんなに俺と寝るの嫌がっていたのに。
年頃の女の子にとても申し訳ない気持ちになる。
俺達はその老人に案内され、部屋に入る。部屋は狭いが、二人なら妥当といったところか。
ここで重要なことに気づく、この部屋!ベッドが一つしかない!どうやって寝ればいいんだよ。
それにアリスも気づいたのかワナワナしている。このままじゃダメだ!
「ちょっと、店員さん、ベッドが一つしかないんですけど。」
「ああ、申し訳ありません。この部屋は本来一人用で、ゴホッ、一人分の宿代はいただきませんから、申し訳ありませんがご理解ください。ゴホッ!」
うわ、もうダメだ。ちらっとアリスの方を見る。
アリスはただ呆然とベッドを見つめている。ときどき顔が赤くなり、また青ざめる。
「では、ごゆっくり。 ゴホッ!」
最後まで咳をしていた老人が持ち場に帰る。アリスと俺はその部屋の中でまだ棒立ちしている。
「アリス、ごめんな。」
「こんなことになるとは思っていませんでした。完全に誤算です…」
「とりあえず、俺着替えるから。」
俺はそう言って冒険者の服を脱ぐ、その瞬間アリスが叫び!
「キャアアアァァ!!!何をしてるんですか、アッアオト様!!!」
「何をって着替えてるんだけど。」
「いきなり脱がないで…あっズボンまで、キャアアァ!」
いやそんなことを言ってる間に違う方向向いてくれよ、こんなので変態判定は出ないよな。自分から見てるんだから、実は変態はアリスの方では?
今頃あっちの方向を向いたアリスは、手で顔を隠しながら恥ずかしそうにしている。
「ほら着替え終わったぞ、アリスも早く着替えろよ。」
「ナッ!?こんなとこで着替えられますか!アオト様はやっぱり変態です!」
「変態じゃないって!そっちが先に見てきたんじゃないか泣き虫アリス!」
「わっ私は泣き虫じゃないです!」
涙を浮かべながらそう言っている、どこの口がこう言っているのだろう。
「絶対こっち向かないでくださいね。」
「ああ向かないよ。」
「向いたら、クレア様に言いつけますよ。」
「向かないってば!」
俺は部屋の端っこに座らされ、壁を見させられている。
アリスはベッドの向こう側で着替えている。
「もうこっち向いていいですよ。」
「はあ、着替えだけで一苦労だな。アリス、このベッドは譲るよ。」
「え…?じゃあアオト様はどこで寝るのですか?」
「俺はこの地面で寝るさ。なあに、あの爆音で起きる体だ。少しぐらいあらっぽく使っても壊れないよ」
「……そうですか。ありがとうございます…」
「なんでちょっと残念そうなんだよ。一緒に寝たいのか?」
俺が冗談でそう言う。
「そっそんなわけ無いでしょう!ただ私は、疲れてるアオト様を放っておいて自分だけベッドで寝るのに抵抗があるだけですよ。」
「ああ、気にしないでくれ、俺のほうがアリスより年上だと思うし、アリスには結構世話をかけてるからな。」
「やさしいんですね…」
アリスは小声でそういった。ここで一緒に寝てしまっては、クレアに見せる顔がない。
「そんなことないさ、そうと決まったら早く寝よう、明日は早いぞ。」
俺はそう言って、ライトを消した。
閲覧ありがとうございます。
最終的にいつもより500文字ほど減らしてみました。
読みやすくなっていたら幸いです。