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忘れられないカウントダウン with よつ葉ちゃん

作者: 日向七帆

Ⅰ.12月29日

私は七帆。大学一年生。秋の終わりに交通事故で、大腿骨を骨折して、入院して2ヶ月が経とうとしている。この年末もまだ退院できない。と、いうことになっている。実は松葉づえで歩ける状態なのでもう退院できなくもないのだけどね。家に帰りたくないの。兄貴が大学受験でピリピリしてるから、主治医に頼んで、私にはメンタルのケアが必要だってことにしてもらっているの。だから、そのためにわざと暴れることもある。

私が大学生なのに、何で?って思うでしょ?一歳違いの兄貴ね、まだ浪人してんの。春に私は現役で合格したけど、当時一浪していた兄貴は受かんなかったんだ。


…コン、コン。

「はぁーい。」

ノックの音に一応、返事をする。どーせ、お父さんかお母さんでしょ。洗濯物だけ置いたらさっさと帰れ!

「七帆ちゃん。お正月は外泊して、家で新年を迎えましょうよ。」

やっぱりお母さんだった。普通なら、よほどの重症な患者さん以外は年末年始は外泊を始めている。そしてお母さんも私を外泊させたがっているのだ。

「一緒に迎えたって何にも変わんないでしょ。」

「そんな事言わないで。」

ああ、うっとうしい。

「うるせーんだよ!家で兄貴あいつの心配だけしてりゃいいだろうが!私の時には何も気にかけてくれなかったくせに!洗濯物を持ってくるのがめんどくせーなら、病院ここのコインランドリーで自分でやるよ!」

「そうじゃないのよ。あの時期のことは、本当に七帆ちゃんには申し訳ないと思っているのよ。ねえ、帰りましょうよ。今から外泊届け、出そうよ。」

「ふざけんな!帰れ!」

枕を投げつけると、お母さんは涙目で帰っていった。

何でこんなに気にくわないかというと、大学受験のことで嫌な思いをしたから。

去年の春に私が三年生になり、兄貴の浪人生活がスタートした頃から家族はピリピリしだして、「うわわー。大変だぁ~!」って雰囲気になったから。私まで一緒にピリピリするわけにはいかず、夕飯の支度も免除されることなく受験に臨んでいた。さらには夏に病気になったときもフルタイムで仕事をしているお母さんはそれに気づかずに私に食事の支度を命じた。受験日の十日前にも残業続きで、私に食事の支度をさせた。兄貴は「大変だぁ~!」のモードでいられても私にはそれが許されなかった。叔母さんの話によると、私だけ合格してしまったらどうしようと、ずっと心配していたらしい。そしてこの春、その予感は的中した。私にだけ合格通知が届いた。両親は「おめでとう」とは言ってくれたものの、兄貴に合格通知が一つも届かなかったために、私はお母さんにしばらくの間、無視されたの。無視するくせして暴言だけは飛んできた。そしてその後の試験の日もお弁当は私の分だけ作ってもらえなかったし。さらにずっと前から約束していた、友達との卒業旅行すら行かせてもらえなかった。銀行口座のお金まで勝手に下ろされて完全に行けなくされた。まるで私は受かってはいけなかったかのような扱いだったから、後から謝られても許せないままなの。私は価値のない人間として扱われている気がしてならないんだよね。

この度の骨折に関しては両親ともずいぶん心配してくれているけど、洗濯物を届けに来ては兄貴の心配ばかりしているし。その何分の一かでも、私のことを少しでも気にかけて欲しかったよ。

「ふざけやがって!」

毒だらけの気持ちのまま洗濯物を片付けていたら、新米看護師の、菜須よつ葉さんが病室にやってきた。親切で丁寧な彼女は患者さんたちから「よつ葉ちゃん」と呼ばれ、親しまれている。そして点滴や注射で彼女に痛い思いをさせられたことは皆無だ。ベテラン看護師さんでもたいていは数回に一回は痛い思いをさせられる。新米さんならもっと高確率だ。看護の世界のことが分からない私だが、こういう人を優秀と言うのだろう

「七帆ちゃん、具合はどう?」

「別に、変わりないです。」

遠慮がちに聞くよつ葉さんに私はぶっきらぼうに返事をする。たぶんさっきのやりとりが聞こえていたのだろう。私が枕を投げつけたり、お母さんに怒鳴ったのはこれがはじめてじゃないからね。それによつ葉さんは、カウンセラーの他には唯一、家の事情を話してある相手だから。

「お母さん、今日も七帆ちゃんの経過を確認されていたわよ。」

「知らねーよ。あの両親ひとたちは兄貴のことしか心配じゃないんだから。」

「そんなことないわ。あなたくらいの年齢で毎日のようにご両親が来てくれる患者さんなんてそんなにいないわよ。それにお子さんの経過を来るたびにナースステーションまで確認しにくるの、七帆ちゃんのご両親くらいよ?」

「いいの!ほっといて!」

私は涙目になってベッドにもぐりこんだ。わからないわけじゃない。両親に心配をかけていることも。あの時は両親もいっぱいいっぱいだったことも。こんなにねじれた気持ちのままこの先を生きていくには長すぎることも。でも、後からの「悪かった」よりもあの時に、兄貴へ心配のうちの、十分の一でもいいから気にかけてほしかった。

それにお兄ちゃんときたら「受験だっていうのに、お前は涼しい顔してたよな。」なんて言ったのよ。私まで「うわわー。大変だぁ~!」ってやったら家の中がメチャクチャになると思って我慢していただけなんだよ。両親の心配や関心を独り占めしやがって。


Ⅱ.12月31日その1

今日は大晦日。昼間に遊びに来た友人が帰って行った頃、また押しかけてきた両親に、今度は大学のテキストをありったけ投げつけた。普段ならお父さんが私を殴ってもおかしくない状況だが、両親そろって何も言わず、うなだれて帰っていった。この騒動に看護師長さんがとんできた。両親が廊下で謝っているのが聞こえたが、そんなの私の知ったことじゃない。頭にきていたので夕食もほとんど手をつけずに夜を迎え、消灯時間になった。

消灯時間なので一応は寝たフリをしていると、そっとドアが開いた。両親あいつらがまた来やがったな!帰んないからね!暗闇でそっと松葉杖を手にとり、構えると同時にガバっと起き上がる。

「七帆ちゃん、私よ。」

このヒソヒソ声って…?

「よつ葉さん…?」

「シっ。声を出さないで。」

目を凝らすと、よつ葉さんだった。

びっくりしていると、よつ葉さんが言った。

「行くわよ。」

「え?」

「脱走に決まってんじゃないの。さ。早く着替えて。」

「ちょっと、どういうことですか?」

びっくりしているうちに、よつ葉さんが私のクローゼットを開けて、懐中電灯で照らしながら服を選び始めた。

「急ぐわよ。今なら見回りも来ないから。」

ちょっと何?というか、よつ葉さん?バレたらヤバいのは私よりもアナタでは?というか、よつ葉さん、脱走って制服姿ですが?

「あの、大丈夫なんですか?」

「そんなわけないじゃない?だから急ぐのよ!」

ビックリしているうちに着替えさせられ、車椅子に乗せられる。よつ葉さんはいつもよりもかなり大きめのマスクでうつむき加減で小走りで車椅子を押していた。

「ちょっとここにいて。」

外来の正面玄関近くのトイレで、車椅子用の個室に連れて行かれ、よつ葉さん、消えること数分。置き去りとかドッキリじゃないだろうな?よつ葉さんを信用していないわけじゃないけど、今日はすでに信じられない行動をしているだけに、何が起こっているんだかわからない。

「お待たせ。」

数分後に個室の扉が開き、現れたよつ葉さんは私服だった。

「制服で脱走するわけないでしょ?隣の個室で着替えたのよ。」

ニヤリと笑う彼女は看護師さんではなく、いたずらっぽい笑みを浮かべたお姉さん。

「仕事、いいんですか?夜勤じゃないんですか?」

「今日は早番だったのよ。一回帰ってから、見回りが終わるまで待機していただけよ。」

私の知っているよつ葉さんは、先ほども言ったが私から見たら優秀で、そして真面目な看護師さん。そんな彼女は当然ながら、こんなすごいことをやらかす人というイメージからは、程遠い人。

ロータリーに出ると、横付けされていた大きなワンボックス車のドアが開いた。そしてあれよあれよという間に私は松葉づえとともに後部座席に乗せられ、車椅子は後部の荷台スペースに納められ、車が動きだした。よつ葉さんが私と並んで座席に座るとみんなを紹介しだした。

「紹介するわね。学生時代の友人でね、運転手の紺野くんと、助手席にいるのが小野くん、後ろの席にいるのが美羽ちゃんよ。みんな別々の病院で看護師をしているの。」

「七帆ちゃん、はじめまして。おれたち、学生の間、同じ班だったメンバーなんだ。本当は他にもメンバーがいるんだけど、今日や明日に夜勤でね。都合がついたメンバーは俺たち4人なんだ。」

「かわいい!俺、デートしたい。」

「聞いていたとおりだ。かわいいー。」

「はぁ…。」

私は挨拶もできないくらいに驚いていた。だってそうだろう。看護師が、特に真面目な彼女が患者を拉致るなんて。

車はどんどん進んでいく。大晦日なのに渋滞もしていない。ってことは人気のない山奥に向かっている?脱走とか言いながら私は山奥で殺されちゃうんじゃないかしら?私、よつ葉さんに何か悪いことした?そ、そりゃ病室でちょっと(?)は暴れたけどさっ。

不安でいっぱいの中、窓の風景を眺めていると今度はイルミネーションが見えてきた。

「もうすぐよ。」

よつ葉さんが言った。私の最期の場所がもうすぐ?こんなにぎやかな場所で?


Ⅲ.12月31日その2

「さ。着いたわよ。」

車でいっぱいの駐車場にスルスルと入っていく。あれ…?ここって、あの場所に似てるな。

「さあ。どうぞ、お姫様。」

後部座席のスライドドアが開けられ、そこには助手席にいた小野さんが立っていた。私が怯えていることも気づかずに彼は微笑んでいる。すごいことが始まるときに何故この人は微笑んでいる?

「補助してあげるから、降りてごらん。」

小野さんが松葉づえに手を伸ばしている。どうしよう。怖い目に会う前に走って逃げたい。松葉づえを奪い返して殴るべきか?とにかく車から出なくては。こんな時に手を貸す小野さんを不審に思いながら外に出た。

「ようこそ!カウントダウンパーティーへ!」

激しいクラッカーの音に顔を上げると四人が並んでクラッカーを鳴らしていた。

「ここ、どこだかわかる?」

わかりませんとも。

無言で首を振ると紺野さんが指差した先には電飾でピカピカの大きな観覧車が見えた。どこかで見たことあるなあ、と、眺めていると紺野さんがクククと笑って言った。

「まだわからない?ワンダーランドに来ているんだよ!」

「え?」

「少し早いけど、お誕生日祝いを兼ねて、カウントダウンパーティーよ!」

びっくりしているうちに車椅子に乗せられた私の風景が勢いよく動き出した。みんなで走りながら押してくれているようだ。

「急げ!カウントダウンに間に合わなくなっちまうぜ!」

車椅子ということでゲートもスムーズに通してもらうことができ、アトラクションも乗れるものは限られていたが、優先的に入れてもらえた。合間に軽食を食べたりして先ほどまでの不安を忘れて楽しんでいたら、美羽さんが提案した。

「そろそろ休憩しようよ。」

そうして案内されたのは、このランドで一番かわいいカフェ。いつも混んでいて入れなかった、憧れの店。

「ご予約の菜須様ですね。お待ちしておりました。」

執事のような店員がお辞儀をする。え?予約?ってことは、かなり前から計画していたってこと?

びっくりしているうちに大きなスクエア型のケーキが運ばれてきた。白をベースに色とりどりのクリームとフルーツがたくさん乗っていて、中央には私が好きなリラックマが描かれている。

「かわいいケーキ…。」

「七帆ちゃんのバースデーケーキよ。」

美羽さんの言葉にケーキを改めて視ると、ケーキの中央には『Happy Birthday,NANAHO!』と書かれたチョコレートのプレートと、『1』と『9』の数字のキャンドルが立てられている。

「カウントダウンパーティはね、ずいぶん前から予定していたことなの。今日は急遽、七帆ちゃんのお誕生日パーティに変更したのよ。」

そう。私の誕生日は1月8日。ちょっと早いお誕生日パーティーって?突然の展開に頭がついていかない私。

急に入り口がザワザワしだした。見ると大きなカメラを抱えた人とともに何人かの人が入ってきた。あれってテレビ局の人みたいだな…。などと思っているとこちらに向かって歩いてきている。って、この人たち、私たちのテーブルの前でストップしているし。

「ちょっとよろしいですか?」

その中の一人が小野さんとヒソヒソと話し出した。何?小野さんって何者?

「七帆ちゃん、これからキャンドルに火をつけるから、火を消したらカメラに向かって何か一言、お願いできる?」

「あの、どういうことですか?」

私の頭はますますついていけない。どういうことですか?小野さん?

「小野くんはね、お父様がテレビ局のお偉いさんでね、ちょっとカオがきくのよ。」

美羽さんが微笑む。小野さんはちょっとだけドヤ顔をしている。

「小野っちは実習中は大変なヤツだけど、な~。」

「おいコラ!それは七帆ちゃんには内緒にしてくれよ。」

みんなが一斉に笑う。

「さ。火を点けるよ。一言、考えた?」

「あ。その、えと…。」

フワフワッと二本のキャンドルに火が点る。うわー。なんて言えばいいの?

みんなに促されてふうーっと火を消すと、嬉しさが込み上げてきた。と同時に盛大な拍手が鳴り響いた。他のお客さんも従業員さんも私を見て拍手している。

「おめでとーございまーす!!」

「さ。七帆ちゃん。」

よつ葉さんに促される。うあー。もうなるようになれー!

「き、今日はお祝いありがとうございます!もうすぐ19才です!病院から脱走してきちゃいました!」

再び拍手が鳴り響く中、マイクを向けられた。この人、よくテレビで見る人だ。羽島真二さん?本人?

「お誕生日おめでとうございます。病院からということでしたが?」

「入院中なんですけど、カウントダウンパーティーという事で脱走してきました。」

「それはそれは。って、どうされたんですか?」

「足を骨折しています。」

「病院の方は大丈夫なんでしょうか?」

「お、怒られると思います…。」

周りの人たちがどっと笑う。

「さて、お友達の話によると、お誕生日祝いはサプライズだったそうです。せっかくなので、聞いてみましょう。19才はどんな一年にしたいですか?」

「今度はケガをしない一年がいいです。」

また笑い声が上がる。

「おっと。いよいよお時間がやってまいりました!今年のカウントダウンは彼女にやってもらいましょう!お名前よろしいですかか?」

「日向七帆です。」

「では日向七帆さん、改めてお願いいたします!」

羽島さんの声に拍手と歓声が上がる。

お、お願いいたしますって何をすれば?

「はい。一分前になりました。30秒前からカウントを開始いたします。準備はよろしいですか、七帆さん?」

ん?あ、あのテレビで毎年やってるアレをやればいいのね。って私がやっていいの?

「はい。30秒前!」

羽島さんの声とともに私にもマイクが渡された。もうためらっている暇はない。きゃー。なんだか楽しくなってきた!

「29!28!」

「27!26!」

羽島さんと交互に数え続ける。気づいたら周りの人だかりがすごく多くなっている。カウントダウンのために集まったんだろうな。そんなたくさんの人たちが私たちと一緒に声を張り上げる。すごい一体感!

「10!9!」

「8!7!」

「「6!5!4!3!2!1!」」

「おめでとーございまーす!!2018年が始まりました!本日は七帆さん、ありがとうございました~!病院の皆さん、僕に免じて脱走については許してあげてくださいね~!」

羽島さんと一緒にみんなでカメラに向かって大きく手をふった数秒後、カットしたケーキが運ばれてきた。私のお皿には大きなチョコレートのプレートも一緒に。そういえば、キャンドルの火を消してからすぐにカウントダウンだったからケーキを食べるのをすっかり忘れていたわ。

「ありがとうございました。」

小野さんが羽島さんやスタッフの皆さんにお礼を言ってから談笑している。本当にカオがきく人なんだ。

「七帆ちゃん。ケーキをスタッフの皆さんにも食べてもらいたいんだけど、いい?」

「は、はい。もちろんです!」

こんなに大きなケーキだもの。せっかくだから、お礼というにはささやかだけど、一緒に食べてほしい。

私がスタッフさんにケーキを配るのを私が手伝えない分、紺野さん、小野さん、美羽さん、よつ葉さんが配ってくれた。

「ごちそうさまです!」

スタッフさんたちの声の後、私もフォークを手にした。ワンダーランドのオリジナルのケーキの味は格別。特に今日のは、一生忘れない味になるだろうな。チョコレートのプレートはケーキのサイズに合わせてあったから、普通の板チョコよりも大きかった。


Ⅳ.1月1日

「七帆ちゃんに渡したいものがあるの。さ。手を出して。」

帰りの車が動き出すと、よつ葉さんが私の手のひらにに小さな箱を乗せた。促されて箱を開けると、そこには以前から気になっていた、カナル4℃のクローバーのピアス。そしてカード。


『七帆ちゃん お誕生日おめでとう。そして明けましておめでとう。よかったら家にも顔を出してください。みんなで待っています。お兄ちゃんもさみしがっています。』


カードはお母さんの字。ピアスホールを開けるの、あんなに嫌がっていたのに。それに気になっていたものをプレゼントしてくれるなんて。でも、どうしてよつ葉さんが…?

「昨日、お母さんから預かったの。実はね、少し前にカナル4℃のショップのことを聞かれてね。七帆ちゃんの雑誌が開いたままになっているときは、たいていそれが載っているページだからって言ってたわよ。それから、これも。七帆ちゃんのことが心配で勉強が手につかないって、お兄さん言ってたのよ。」

今度は小さな紙袋を渡された。開けてみると私の大好きなゴディバの板チョコ。こちらにも小さなカードが入っている。


『誕生日おめでとう。ごめんな。つらい思いさせて。今度こそ合格して、バイトできるようになったら、もっといいもの買ってやる。』


兄貴がゴディバを買うなんて…。浪人中でバイトできないから、お小遣いからこんなの買うの痛い出費だっただろうに。


ここ数ヶ月の間に私が家族にしたことを思うと、こんなプレゼントやメッセージをもらう資格はない気がする。ごめんね。ひどいこと言ったりして。みんなのこと追っ払ったりして。カードに涙がボロボロと落ちる。

両親にもだが、特に兄貴にはひどいことをした。何度か足を運んでいたけど、私は病室に入らせなかった。兄貴からのラインもずっと無視し続けた。本当は、あの時のことは兄貴が原因であっても兄貴が悪いわけじゃなかったのに。受験は、誰かが悪いというわけではない。わかっていた。誉めてもらうために受験をしたわけじゃなかったけど、家族に祝福されないことが、すごく悲しかった。

あの時、家での居場所がなかったけど友達や先輩がたくさん合格祝いしてくれた。私は独りぼっちじゃなかったんだよね。

「七帆ちゃん、幸せね。」

そういって肩を抱かれてますます泣けてくる。

今すぐにでも会いに行きたい。朝になったらタクシーを呼んで帰ろう。


まだ涙の残る目でよつ葉さんに聞いてみた。

「ところでどうして今回、こんなにしてくれたんですか?」

一患者には普通はこんなことしないよね。だから聞いてみた。

「実はね。七帆ちゃん、亡くなった妹に似ているの。」

そう言って美羽さんが写真を見せてくれた。似てる。もしこれを私の写真だと言ってもバレないかも。

「私が車の免許を取ったらワンダーランドに連れていってあげるって約束していたんだけど、叶えられないうちに事故で亡くなってね。それで少し前によつ葉のスマホの写真を見て、どうしても連れて行きたいと思ったからなの。だから、私の方こそ、ありがとう。妹に会えたみたいで嬉しかった。」

美羽さんが目をうるうるさせている。大事な妹さんだったんだろうな。私が妹さんの代わりなんて申し訳ないぐらいだわ。

「コンビニで会ったときに撮ったじゃない?あの写真をたまたま美羽に見せたの。」

そういえば。病院の近くのコンビニに脱走したときに、仕事帰りのよつ葉さんにばったり会ったことがあった。そのときにスマホで写真も撮ったんだった。


夜道を渋滞も少しあったけど、どんどん車が進んでいく。もうこのメンバーとお別れだと思うとさみしいな。そんなことを思いながらウトウトしていると、よつ葉さんの声で起こされた。

「さ。着いたわよ。」

まだ暗い中を病院のロータリーで、よつ葉さんと一緒に車から降りる。

そして、すごいことを思い出した!脱走した上にテレビに出ちゃったんだ!

「あの、そういえば、脱走したの、ヤバくないですか?」

「フフフ。実はね、大丈夫なのよ。」

よつ葉さんがニヤリと笑って見せてくれたのは、なんと外泊届けの控え!保護者の印鑑とサインまで!しかも、お母さんの字で書いてあるし!

「このほうがスリルがあって面白いでしょ?お母さんに相談したら喜んでサインしてくれたわよ。看護師長さんにもメンタルのケアだって言ったらOKくれたの。」

「え~???」

私たちのやりとりに他の三人も笑っている。ガチで脱走だと思っていたのって私だけなの?拍子抜けして涙も引っ込んじゃったじゃない。

「七帆ちゃん、今度は僕の車で昼間に迎えに来るからね。」

小野さんが車から降りてきて私の手を取った。

「小野っち、かわいいからってウチの患者さんに手を出さないでください!」

またみんなが笑う。

「じゃあ、七帆ちゃん、よかったらまた遊ぼうな。」

「またよろしくね。」

口々にみんなが言った。

私ってすごく不幸だって昨日まで思っていたけど、本当は…!

「あの!皆さん、今日はありがとうございました!忘れられないお誕生日祝いになりました!」

車のドアが閉まる直前に私は思いっきり頭を下げた。このメンバーで集まれる日が次にあるといいな。そしてその時には今日のお礼がしたい。


夜明けまで少し間がある暗いロータリーで紺野さんたちの乗った車を見送った私たち。

「さ。病室に戻ろうか。少し寝たほうがいいんじゃない?」

「はい。」

よつ葉さんの言葉に頷いて、松葉杖でエレベーターに向かう。

「今日、本当にありがとうございました。私、誰にも祝福されない運命だとか、すごく悲観していて、もう何もかも気に入らなくって、ずっと…。」

言っているうちにまた涙があふれてきた。あの時は、仕方なかった。頭では分かっていた。私には味方なんていないって思えて家族を憎む気持ちにさえなっていた。それでも、ずっと耐えていてくれたんだね。

「七帆ちゃん。送ろうか?家まで。」

「いいんですか?」

「今度は七帆ちゃんが、ご家族にサプライズしてみたら?」

「はい!」

私って本当はなんて幸せなんだろう。帰って、お父さんとお母さん、そして兄貴に「ありがとう」と「ごめんなさい」をたくさん言おう。

私たちはまわれ右をして、夜明け前のロータリーを、よつ葉さんの車に向かって歩いて行った。

                   -[完]-

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― 新着の感想 ―
[一言] ふおおおー! よつ葉さんが素敵な看護師さんに! 初めて日向さんのお話を読ませて頂いたのですが、素敵ですね。 他のものも読ませて頂きたいな、と。 宜しければ仲良くして下さい(小声)
2018/01/04 14:02 退会済み
管理
[一言]  どちらも満足させるのは難しいです。  母の行動は受験勉強のストレス緩和のためなのでしょうけど、当人は冷たくされた、あしらわれたと感じると思います。  都合のいいことをいって、これまでとは正…
2018/01/02 17:35 退会済み
管理
[一言] おぉ、紺野班!! 小野君が看護師になってる! 先日の実習単位……いやいや(笑) よつ葉、こんな素敵な看護師になれるのでしょうか? 今回は、企画に参加していただき本当にありがとうございまし…
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