雪の精霊の生活
「はふぅ……退屈です」
私は暗く閉じられた部屋に一人正座していました。私の周りには高く積み上げられた木箱がいくつも並んでいます。
立ち上がって背伸びをするけど、他にやることは全くありません。
代わり映えのしない景色、退屈で退屈で仕方ありません。
でもここから出ることは基本的にしません。だって私がここに居ることがお仕事になるのですから。
部屋の中をぐるぐる歩き回ります。
たまに腕立て伏せなんかもしちゃいます。
でも筋力がないのでせいぜい八回が限度ですけどね。
寝ようかな。
でも私は睡眠を取る必要はありませんし、一度本格的に寝てしまうと数年は寝てしまいます。だって精霊だから。
私は生前の記憶を持っています。とにかくスキーやスノボが好きな男性でした。
でも不幸な事に雪崩に巻き込まれてあっさり死んでしまいました。
そして次に目が覚めたとき……私は雪の精霊ラフィルアとなっていたのです。
ただ精霊とは言っても見た目は人間の女性にそっくり。ぶっちゃけて言えば雪女です。
いやまあスキーは好きだったけど、まさか自分が雪の精霊なんぞになるとは思いもしなかったですよ、はい。
転生(?)して一番最初、気がついた時は雪山でした。でも寒さは全く感じられませんでした。
そして周りには誰もいません。人どころか動物すらもいません。
居たのは寒さに耐性のあるイエティという魔物や私と同じ雪の精霊だけでした。
そこで三百年ほど過ごしていたのですけどね。
何せ時間の流れがあまりにもゆっくりと感じられて、寝て起きたら十年経ってた、なんて事ざらにありましたからね。どうやって寝ていた年数が分かったのかは簡単です。時の精霊に聞いただけです。電波時計(仮)の魔法を使えば一瞬で正確な時刻が分かるのですよ。素晴らしい。
ちなみに言葉も魔法も他の雪の精霊から習いました。この話し方も他の雪の精霊のまねですね。時間だけならたっぷりあったのですからね。お返しにスキーとスノボを教えてあげたら喜んで三十年くらい遊んでくれましたよ。
ただそれらもあくまで一時の暇つぶししかありませんでした。既に私は言語マスターと名乗ってもいいくらいたくさん覚えました。もうこれ以上覚えても意味はありません。この雪山に居る限り使う機会なんてないでしょうから。
しかし本気でやることがないし、こんなだらけた生活を続けていたらそのうち腐ってしまいそうだったので、意を決して山を下りました。
最初は、寒い雪山にいたので南国にでも行ってみようかな、と思っていたのですけど、南へ行けばいくほど身体が溶けていくのですよ。こう、どろっと、半分くらい。
仕方なく自分の周囲に雪を降らしたんですけど、火の精霊サラマンダーに文句言われてしまいまして、南下するのはあきらめました。
次に自分の身体が溶けないぎりぎりのラインにある人間の街に行きました。そこは温泉街でした。十分経たずに速攻出て行きました。
何ですかあれ、町中トラップだらけじゃないですか。気がつけば顔半分溶けてたりしてたのですよ? すれ違った人間に悲鳴を上げられましたよ、くすん。
私は精霊だからなのか知りませんが意外と美形なのです。少しは自信があったのです。悲鳴を上げられるまでは。
更に「そこのねーちゃん、足湯なんてどうだ? 最近流行ってるんだよ!」と声をかけられました。
そんな所に足突っ込んだら下半身くらいなくなりそうです。
そしてそのまま北上、つまり元の雪山へ戻っていく途中、またもや人間の街を発見したのです。
幸いな事にそこは普通の街でした。
私は早速以前からやってみたかった事をやろうとしたのです。
でもね、人間社会は精霊にとって辛い場所でした。
金 が な い。
そうです、私はお金を持っていないのです。
久々に人間の食べ物を食べようと思っていたのに……。
がっくり肩を下ろして街をさまよっていたら、気の良いにーちゃんが声をかけてくれました。
いわゆるナンパなのでしょう。
でもいいのです、ご飯おごってくれるなら。
私はにーちゃんに連れられて定食屋に入りました。
あつあつの揚げ物が出てきました。食べました。口が溶けました。にーちゃんが悲鳴を上げて出て行きました。くすん。
でも幸いな事にここは先払い制だったので、私はなんとか揚げ物を食べようと頑張りました。
凍らせて食べたらしゃりしゃりでとても食べられるものではありませんでした。しかも店の料理人には、そんなに猫舌なら氷でも囓ってろ、とまで言われました。くすん。
もうやだ、帰りたい。
私は泣きながら街を出ようとしたとき、十才くらいの女の子に声をかけられたのです。
「ねぇねぇ、貴女ってもしかして雪の精霊さん?」
「ううっ……ぐすっ。その通りです」
私は彼女に自分の身の上を話しました。
雪山に住んでいたのだけどあまりにも退屈だったので、山を下りてきた。でも人間社会は厳しいし、お金もないので帰ろうとしていたことを。
そうしたら彼女は嬉しそうに私を、とある宿屋に連れてきました。
彼女はその宿屋のオーナーの娘さんで、どうやらそこには私にぴったりのお仕事があるらしいのです。
私のお仕事は、なるべく地下室にいて冷気を出す事、でした。
ちなみにその地下室は、いわゆる冷凍庫、です。
「助かった、貴女が居てくれて。冷凍する魔道具の維持費って馬鹿にならないのよね。貴女一人雇う方が遙かに安いし」
十才のくせしてやけに金銭感覚がしっかりしていましたが、こうして私は定職を見つけました。
正直地下室にいる時は雪山より退屈ですけど、たまに彼女が話し相手になってくれますし、それに時折出る乱暴者を私が凍らせてあげるととても喜んでくれます。
またかき氷というものを教えてあげたら、ものすごい売れ行きになったらしく、臨時ボーナスもいただけました。元手も私が氷を作って削れば、あとは柑橘系のジュースなどかければいいだけですしね。
ボーナスが嬉しくて、つい地下室をマイナス百度くらいまでの氷の世界にしてしまい、怒られた事もありました。
あの時は大変でしたね。
またここ最近では、夏場以外に限り部屋の中央に大きな氷を作っておくことで一日二日程度の遠出の許可も出るようになりました。
まあこれは、彼女が冒険者になった事でオーナーが心配して私についていってくれ、とお願いされたのも大きな理由です。
今の生活ですが、普段は地下室で暮らし、たまに彼女の冒険についていく形です。
雪山に居たときより刺激的な生活をしています。
私は精霊ですから年は取りませんが、彼女はそのうち母親となって子を産み、そしていつしか亡くなるのでしょうね。
その時がくるまで私はこの宿屋に居ることでしょう。