995 「再誕」
続き。
発生した爆発を見てニコラスは油断なく意識を集中する。
剥ぎ取ったグリゴリの一部を移植した事により、エグリゴリと同規格に強化――否、進化したサイコウォードは以前とは比べ物にならない戦闘能力を獲得していた。
本来ならニコラスの今までの功績を考え、彼専用の特別機を作成するといった計画はあったがニコラス自身がこれを辞退。 何故なら彼はサイコウォード以外に命を預ける気はなかったからだ。
死んでいった仲間達との絆であり、もはや友情すら感じている愛機を捨てるなんて真似は彼には不可能だった。
それを汲み取った首途により全面的な強化改造が行われたのが今のサイコウォードだ。
首途としてもサイコウォードは初期に作った思い入れのある機体なので、ここまで大事に使ってくれているニコラスに対しての印象は非常に良かった。 その為、予算や量産性を度外視しての強化が施されたので、性能という点では他の追随を許さない。
今のサイコウォードは最新鋭機のエグリゴリ以上のスペックを誇る最強の機体として産声を上げたのだった。
当然ながら組み込まれたグリゴリの数は他と比べても多い。 それに比例して燃費も悪くなっているが、大型魔石に追加で組み込んだ本体制御用の巨大脳にニコラス自身も更なる強化を施されているので操縦技能とそれに追従する肉体も手に入れている。
基本的な機体デザインに変化はないが、背の補助腕はローの腕を参考にして五指を備えた物ではあるが手の平にドリルが仕込んであるので今までと同様の使い方が出来る上、ガドリエルの能力で精製した武具も扱えるようになった。
腹はミサイルの代わりにバラキエルの光線を吐き出すようになっており、機体に仕込まれた魔石により<照準>の魔法が付与され直線とは程遠い軌道を描く。
そしてその性能を最大限に活かす為にニコラス自身にもグリゴリの一体――コカビエルというほんの一秒前後ではあるが未来予知を行える能力を移植されており、回避先を狙って攻撃を撃ち込むといった事も可能となっている。
ニコラスはそれによりフローレンスの回避先を先読みして攻撃の軌道を操作、驚異的な反応で動いた彼女を捉える事に成功したのだった。
だが、仕留めたとは思わない。 手応えはあったが、仕留めた感触がしなかったからだ。
救世主だと言う事は見れば分かるが、他と比べて明らかに動きがいいので敵の幹部クラスだろうと判断。 ここで仕留める意味合いは大きいと考える。
敵の権能はメイヴィス達の活躍で大半は相殺できているが、自己に作用する物などに関しては効果を絞らないと完全に無効化しきれないと事前に聞いているので、動きがいい事に関しては特に疑問には思わなかった。
ニコラスは冷静に機体を操作。 サイコウォードは乗り手の意志に応え、高度を一気に下げる。
同時に背後から矢のように斬りかかって来たフローレンスが通り過ぎて行った。
彼女は飛行と権能で作った空気の塊を蹴って急加速や方向転換を行っているのだろう。 瞬間的なスピードは彼女の方が上で、サイズ差の所為で小回りが利くので捉えるのは難しい。
――だが、火力と持久力になら分がある。
完全に当てれば殺せるとニコラスはさっき作ったハルバードを一閃。
引き付けて躱される。 軌道が読まれているので武器を用いた白兵戦はそもそもの技量の差で厳しいかと思うが、こちらは人体から逸脱している異形。
空いた手に槍を生み出して突き込み、躱させた後に剣を作って回避先を狙って振り下ろす。
躱せなかったのかフローレンスは剣で受けるが、勢いを殺しきれずにそのまま地表へと吹き飛ぶ。
「……しまった」
ニコラスは思わずそう呟いて小さく歯噛み。
フローレンスは距離を取るために今の一撃をわざと受けたのだ。 空中戦では分が悪いと判断して地上へと移動したのだろう。 だが、ニコラスはそれに付き合いたくはなかったので、味方の配置を確認した後に腹部の装甲を展開。 光線を連射。
フローレンスのいるであろう位置に破壊を振りまくが、仕留めた感じはしない。
目的には街の制圧も含まれているので、破壊しすぎるのも不味い。 飛び道具で仕留めるのは諦めるしかないか。
ニコラスはやや不本意ながらもフローレンスを仕留める為にサイコウォードを降下させ、そのまま追撃に移った。
「あぁ、クソッ! 何だってんだ一体!」
この状況にそう毒づきながらヒュダルネスは街を駆ける。
瞬く間に戦禍はジオセントルザム全体へと拡大。 安全な場所なんてあるのかと言いたくなるほどの有様だった。
そして一番信じられない事はこの状況が始まって半日も経っていない事だ。
ほんの僅かな時間でこの街の平和は砕け散った。 部下へは応戦するように命じてある。
もう様子を見るとか言っていられる状況じゃない。 空を見上げれば天使像達が謎の敵との交戦を繰り広げている。 早い段階で対処に入り、各所にある聖堂から魔導書を用いての権能による支援が行われたが早々に途切れた。
これは襲撃ではなく相手の権能で相殺されているのだ。
――信じられん。
権能を扱っている連中は百や二百じゃ利かない筈なのにそれと拮抗している時点で、相手も同等以上の権能使いを保有――
「――いや、相手も使っているのか?」
そう、同じ手段を持っているというのなら納得が行く。 なら間違いなく相手は人間か人間と同等の知恵を持った存在だろう。 空の巨大な魔物は包囲される事を避ける為なのか街の外縁を移動しながら敵戦力を吐き出し続けている。
街の外の増援は外を隔てる壁の上に陣取った敵の魔導外骨格と思われる兵器に足止めされていた。
ただ、空からは突破できるので、飛行できる者は次々と参戦しているのが見える。
フローレンスからは連絡はないが、北側で激しい戦闘が発生している所を見ると交戦中だろう。
フェリシティは戦力を寄越せ寄越せと定期的に喚いている。
恐らくフローレンスの救援に行こうとしたのだが、自分の担当区域に敵が入り込んで来たのでそちらの対処で手一杯なのだろう。
ヒュダルネスが向かっているのは王城だ。 そこで例の防衛機構の起動の許可を取ろうと思っていたのだが、ちょうど王城が見えて来た所で門から飛び出す同僚の姿が見えた。
「ウィルラート!」
声をかけるとサンディッチが、すぐに気が付いて駆け寄って来る。
「ヒュダルネス殿!」
「無事でよかった。 ここにいると言う事は聖下に許可を?」
余計な前置きは要らない。 ヒュダルネスが疑問を口にするとサンディッチは大きく頷く。
「はい、四つすべて使うつもりのようです。 現在、エメスとホルトゥナの者達が準備をしているようなので、もう少し持ち堪えれば動き出すかと」
「……本音を言えば使わずに済むのならそれに越した事はなかったのだが……」
「自分もそう思いますが、彼等はその為にここに居る事を許されています。 それにこのまま放置すれば……」
サンディッチの言いたい事は痛い程に理解できた。
どちらにせよ、選択肢はない以上はやるしかない。 出来る事は急いでこの戦いを終わらせる事だけだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
多分本編で使わないと思うので少しだけ。
サイコウォードは当初魔導外骨格というカテゴリでしたが、今となってはその範疇から逸脱したので完全に別物として扱われています。 その為、表記はサイコウォードで統一となります。
ただ、強化後の名称等を折角考えたので供養も兼ねて、以下変遷
サイコウォードα:初期版。 まだ魔導外骨格だった頃。
サイコウォードα改:センテゴリフンクスの近くで暴れていた頃。 武装が追加されている。
サイコウォードβ:グリゴリ戦で使用。 一応、改修扱いだが、実質作り直し。 魔導外骨格じゃなくなった。
サイコウォードγ:グリゴリの力を組み込んでさらに強化された。今回も改修扱いだが、ほぼ作り直した。 今ここ。




