993 「逆理」
ちょっと帰宅時間が遅れそうなので早めに上げておきます。
続き。
呼び出されたのはメイヴィスとシルヴェイラ。
そしてその背後に控えるようにサブリナと大量の神父と修道女達。
仕事を終えたゴブリンの工兵達が魔法陣を指差して大きく頷く。
「ありがとうございました。 工兵の皆さんは撤退を。 後は私達にお任せください」
メイヴィスはゴブリン達に感謝を告げ、彼等の撤退を確認した後に一緒にいる神父や修道女達を引き連れて魔法陣の上へ立つ。
「では始めましょう。 護衛の皆さんもよろしくお願いします」
周囲に居たアラクノフォビア達は即座に散開して周囲の警護に入り、サブリナの連れて来た神父や修道女達は一斉に持参した魔導書を取り出す。
メイヴィスも自分の魔導書を開く。 彼女は自分の役割をよく理解していた。
この作戦において自分の責任は非常に重い。 その為、若干の緊張はしていたが、訓練はしっかりと行ったのだ。 その通りにやれば失敗はない。
よしと自らに活を入れて集中。 かなり規模の大きな力を使うので、雑念は捨てる。
そして魔導書に魔力を通し、足元の魔法陣を踏みつけてブースト。
「 <第四章節 『寛容』>『παραδοχ οφ τολερανψε』」
瞬間、周囲に不可視の何かが広がる。 同時に背後に居た者達の中に何かが灯るのを感じた。
それに呼応する形で彼等は一斉に魔導書を起動。
『<第三章節 『正義』>『Ινξθστιψε δοες νοτ ρεαλλυ βενεφιτ ανυονε, ανδ ξθστιψε δοες νοτ ηθρτ ανυονε.』』
『<第三章節 『慈愛』>『Τηοθ κινδνεσς υοθρ νειγηβορ ας υοθ υοθρσελφ.』』
同時に戦場全体に二種類の権能が広がり、その効果を表す。
上空を飛行していたグノーシス側の戦力――その全ての動きが目に見えて悪くなり、同時にオラトリアム側の戦力の全てに驚異的な自己再生能力が付与されたのだ。
それは撃墜されたエグリゴリ達にも影響を及ぼし、搭乗者が生存している機体は息を吹き返して再度合体。 そのまま戦線に復帰する。
これこそがオラトリアムによるグノーシスへの権能対策。 権能は魔導書の補助があっても適性が求められ、限られた者にしか扱えない能力。 異能とも言い替えてもいい。
本来サブリナ配下の聖職者達の適性は権能を扱えるレベルではなかった。
それが権能を扱えている理由はメイヴィスの扱った権能にある。
権能『παραδοχ οφ τολερανψε』
『寛容』を冠する権能の中でも非常に扱いが難しいもので、オラトリアムでもまともに扱えるのはメイヴィスのみといった非常に貴重な能力――才能と言い替えても良いものだった。
その効果は他者に自分の権能適性を分け与えて底上げするといったもので、これを使えば本来なら権能を扱えない者でも権能を振るう事が出来るようになる。
ただ、あくまで使用者の適性の一部を付与する形なので、本人が扱えない権能は使えない。
メイヴィスが適性を示した権能は『慈愛』『寛容』『正義』の三つ。
それにより彼女の権能の影響下にある者達はその三種の権能に限っては操れるようになっている。
畳みかけるように聖職者達による二重の権能が効果を発揮。
権能『Ινξθστιψε δοες νοτ ρεαλλυ βενεφιτ ανυονε, ανδ ξθστιψε δοες νοτ ηθρτ ανυονε.』
その能力は同等以下の権能による強化の無効化。 自己強化の類には大きく効果を落とし、格上の権能には通じないが、物量で質を補って猛威を振るっていたグノーシス側の権能による強化の悉くを引き剥がす。
そして『慈愛』の権能が味方を癒す。
二つの権能によりグノーシス側の優勢が揺らぎ、一気に覆る。
グノーシス側もこの状況を黙って見ている訳がない。 彼等は権能に精通しているので早々にメイヴィスの存在に気が付き、排除しようと動き出すだろう。
当然ながらそれに対する備えも怠っていない。 転移陣が起動。
トラストを筆頭に大量のレブナントや改造種がオラトリアムから送り込まれてくる。
それを確認したサブリナは小さく頷くと手に持った錫杖を小さく鳴らして歩き出す。
「では、トラスト殿。 シルヴェイラ様。 メイヴィス様の守護をお任せします」
サブリナの言葉に両者は無言の頷きで答える。 返答に満足したのかサブリナは転移されて来たスレンダーマンと足の速いレブナントを伴いその場を離れる。
「サブリナ様。 どうかご武運を」
メイヴィスが笑って見せるとサブリナも笑みを返して頷く。
彼女は権能を維持する為にこの場を動けない。 そして彼女の権能が維持できないと、他の権能も効果を失うのでオラトリアム側としては命に代えてでも守り抜かなければならない。
その為にトラストやシルヴェイラといった実力者を直衛に付ける必要があったのだ。
本来ならサブリナも護衛につく予定ではあったが、守ってばかりでは勝てないので彼女には別の仕事が与えられており、役目を果たす為に手勢を引き連れて市街へと消えて行った。
メイヴィスの活躍により、戦況は大きく傾いた。
押され始めていたエグリゴリ達は立て直し、戦況の傾きを致命的な物にせんと奮起する。
質の差は確かに補えた。 だが、ここはジオセントルザム。 グノーシス教団の本拠だ。
質の差は覆っても物量の差は覆らない。 今、この瞬間も次から次へと敵が押し寄せて来る。
街の外からも増援が次々と飛来しており、地上の戦力はフューリー達が抑えてはいるが航空戦力に関しては難しかった。
天使像や魔法道具などで飛行能力を得た聖堂騎士が飛んでくるのだ。
フューリーを排除しようと襲いかかる者もいたが、エグリゴリ達に妨害されるのでフューリー達は空の敵は全て任せてただひたすらに地上からジオセントルザムへと寄って来る敵に対して攻撃を続けている。
――そんな中だった。
不意に移動しながら追加のエグリゴリ達を吐き出していたディープ・ワンが停止。
同時に戦力の排出も止まる。 聖騎士達の脳裏に「打ち止めか?」といった疑問が浮かぶが、そうではなかった。
開いたままの腹から巨大な何かがゆっくりと現れる。
どう見ても歓迎するべき状況ではないので、追いかけていた天使像達がそのまま仕掛けようとしたと同時に空中で両断され、バラバラと空中で砕け散って地上へと落ちて行く。
姿を現した存在は異様な姿をしていた。 色合いに硬質な全身鎧を思わせるデザインはレギオンやインシディアスと共通していたが、形状は人型を完全に逸脱している。 手足はなく、頭部と胴体のみ。
背には他と同様に真っ黒な羽があったが一対多い六枚。 頭部には左右に四対の目玉がギョロギョロと蠢き、胴体には巨大な魔石のような物が心臓のように嵌まっており、その奥で光が鼓動のように明滅。
手足の代わりなのか天使像を斬り裂いた物と思われる巨大な剣が六本、周囲を浮遊していた。
その存在の目玉が敵を捉えたと同時に巨大な剣が霞み、次々と天使像を両断していく。
新たな存在の参戦により戦火の拡大は止まらずにその勢いを増す。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




