986 「灰剣」
別視点。
聖女やウルスラグナの軍勢による猛攻を突破した聖騎士達は一気に肉薄。
突破されたと同時に聖女は攻撃範囲を絞り、手近に居る者への攻撃に切り替える。
剣と槍を射出。 接近して来た聖騎士達を次々と仕留めるが、数が多すぎて仕留めきれない。
聖騎士に混ざって意匠の違う装備を身に纏った者達――聖堂騎士が複数名混ざっている事に気付く。
――彼等を囮にして本命の聖堂騎士を送り込むのが目的?
聖女はそう考えたが、即座に違うと気が付いた。
聖堂騎士達は聖女を取り囲むように移動して手に持っていた魔石を取り出す。
それが何なのかを理解した聖女は即座に撃ち落とそうとしたが、彼等は全身を刺し貫かれながらも魔石を起動。
同時に全身鎧を身に付けた男が虚空から出現。 腰に下げていた剣を抜いて一閃。
灰色の輝きを纏った剣が聖女の首を刎ねようと振るわれるが、アドナイ・ツァバオトで下から跳ね上げる。
男は体勢を崩しながら腰に下げていたもう一本の剣を抜いて突きを繰り出す。
聖女はそのまま小さく後ろに跳んで回避。
――しまった。
集中が切れた事によりばら撒いていた剣と槍が制御を失って消滅。
男の持つ灰色の剣を見て聖女は兜の下で表情を険しくする。
水晶のように透き通った刃に内包する膨大な魔力。 自分の持っている物と同じだと即座に悟った。
同様に男も自分の奇襲をあっさりと躱した動きから、目の前の女の危険性を悟る。
「アイオーン教団聖女殿とお見受けする。 俺はグノーシス教団教皇直属筆頭聖騎士「救世主」ヘイスティングス・リーランド・ハーキュリーズだ。 そして我が手にあるは第二の聖剣ガリズ・ヨッド。 恨みはないが我が使命の為、その聖剣を貰い受ける」
聖女は応えずに無言で二本の聖剣を構える。
「――っ!?」
目の前の男――ハーキュリーズの相手に集中しようとしたが咄嗟に身を捻って躱す。 一瞬遅れて聖女の居た場所を鎖が薙ぐ。 聖剣を拘束する鎖だ。
周囲を見るといつの間にか聖堂騎士と思われる全身鎧の集団が彼女を取り囲んでいた。
魔石で転移して来た所を見ると自分への対処の為に用意した人材なので、間違いなくただの聖堂騎士ではないだろう。
――救世主。
話に聞いていた権能を操る事の出来る者達なのだろう。 数は約三十、半数以上が腕に鎖を撒いていた。 ハーキュリーズがわざわざ名乗ったのは聖女の意識を引き付ける為で、他の救世主が転移する隙を作る為だったようだ。
他の聖騎士や聖殿騎士達はそのまま激突して乱戦が始まる。
グノーシス教団の者達は聖女の対処はハーキュリーズ達に任せるようで避けるように進んでいく。
「総員。 手筈通りにやれ」
ハーキュリーズの言葉と同時に全員が一斉に動き出す。
真っ先に突っ込むのはハーキュリーズと他数名。
『天国界――第一月天『Λαςς τηατ αρε τοο περμισσιωε αρε ηαρδλυ οβσερωεδ ανδ λαςς τηατ αρε τοο στριψτ αρε νοτ ενφορψεδ』』
全員の背から権能起動とそれに伴う羽が出現。
『天国界――第二水星天『Διλιγεντ ις φθνδαμενταλ το εχψελλενψε.』』
次いで別の権能を起動し、救世主達の武器が風を纏う。
『寛容』の権能により風を操り『勤勉』の権能で制御。 それにより不可視の刃が敵を斬り裂くだろう。
彼等の戦術は非常に分かりやすい。 連携の取れる人数で聖女を相手取り、隙を見せた所で残った者達が拘束を狙うといったものだ。
ハーキュリーズが真っ先に切り込む。 仕留めるに当たって策は練って来たが、聖女の正確な実力を把握していなかったので油断は一切しない。 物量で叩き潰す。
彼はやるべき事をやるだけだと割り切っているので、大人数で一人を取り囲む事を卑怯とは思わない。
寧ろ、聖剣を二本も持っている強敵相手には手頃な戦力だろうとすら思っているぐらいだ。
聖剣による強化と彼自身の高い技量もあって、鋭く重い斬撃が凄まじい速さで繰り出される。
左で聖剣、右で以前から使っていた愛剣を振るうが、聖剣の一撃は相手の聖剣に防がれ、愛剣の一撃は躱しながら上からもう一本の聖剣を叩きつけられあっさりと圧し折れた。
――狙いは最初から武器か。
動きから聖女は最初からハーキュリーズの武器破壊を狙っていたようだが、体勢を崩すような行動はこの乱戦では命とりだ。
他の救世主が武器を振るい。 権能により指向性を持った不可視の刃が聖女の背に襲い掛かる。
聖女は振り返らない。 彼女を襲う風の刃は割って入って来た水銀の壁に阻まれる。
大きく立ちあがった水銀の壁は一瞬、聖女とその背後に居た者達を隔て、その視界を塞ぐ。
救世主達は棒立ちは危険と散開。 一瞬、遅れて水銀の壁を突き破って銅の剣が真っ直ぐに突っ込んで来る。
適当に狙って放ったが、半分以上は回避先を正確に捉えていた。
奇襲に近い攻撃だったが、彼等は冷静に飛んで来た剣を打ち払い対処。
ハーキュリーズは折れた剣を投げ捨てて聖女に喰らいつくように肉薄して集中を削ぐ。
――強い。
聖剣の能力頼みで技量自体はそこまでではないのかとも思ったが、充分に聖堂騎士で通用する腕だとハーキュリーズは聖女の技量を素直に評価する。
彼は剣の技量自体なら負けていないと自負していたが、敵わないと早々に認めざるを得ない事があった。 それは視野の広さだ。
聖女はハーキュリーズの相手をしながら周囲の救世主達の動きも意識しているようで、要所要所で差し込んで来るように入る援護を水銀で防ぎ、間合いを詰めようとしてくる者には銅の剣を打ち込む。
二本の剣を持っているだけあって聖女の攻撃は回転が非常に早い。
ハーキュリーズは攻撃をいなしながら隙を窺う。 いや、隙自体はあるのだ。
だが、当たると確信を持って放った攻撃は危うい所で躱されるか、防がれてしまう。
反応できているようには見えなかったのだがと不可解な物を感じてはいたが、ややあって理解が広がる。
――聖剣の力か。
聖剣アドナイ・ツァバオトは使用者を勝利へ導くと聞く。
それが何らかの形で作用しているのだろうと解釈したが、理解した所で分かりやすい弱点がない。
やがて以前に相対した者達と同じ結論へと至るのだ。 とにかく手数を叩き込んで防御を飽和させるしかないと。
鎖を持った者達は距離を取りつつもひたすらに隙を伺う。
彼等の持つ鎖も簡単に用意できる物でもないので、あまり無駄にはできない。
聖剣使い達と救世主達の戦いは更に激しさを増す。
誤字報告いつもありがとうございます。




