977 「不念」
別視点。
グノーシスによる侵攻。
それによりウルスラグナは過去にない程の騒ぎとなった。
グリゴリの時も騒ぎにはなったが、急な発生と早く収束した事、その後の対応も早かったので比較的ではあるが騒動としての規模は最小限に抑えられたといえるだろう。
ただ、今回ばかりは相手が相手だったので動揺は大きい。
特にウルスラグナ南部の地域はそれが顕著で、最近にシジーロで駐留していたグノーシス教団の聖騎士達が謎の襲撃で殺されたばかりだったので住民にはかなりの不安が広がっていた。
教団の者達が殺された矢先に外から別の者達が国境を越えて近づいて来るのだ。
報復を警戒するのはある意味当然の流れだった。 まだアープアーバンを突破してはいないが、近隣で活動している冒険者などから情報が広がり、避難しようという動きも多々見られた。
ウルスラグナの方針としてもアイオーン教団に同調する形での対応の予定なので、国内から兵力を集結。
グノーシス教団が入ってくる前に簡易拠点を構築。 一定以上、国内に踏み込めない態勢を取る。
ただ、少しずつ集まってきてはいるが、ユルシュル、グリゴリ戦で減った状態なので集まりは悪い。
問題は戦力の減少だけではない。 短期間で連続して起こった大きな戦いの影響でウルスラグナという国自体も大きく疲弊していた。 特にユルシュルによる圧政と内乱で発生した死者は相当数に上り、未だに旧ユルシュルの支配下にあった地域は人口の激減により無人の街や村が多く、野盗の類が根城にしたりと治安という点では最悪に近い事になっていた。
同様に人手も不足しているのでそう言った無秩序な状態を改善する事も難しく、現在は旧ユルシュルは犯罪者の温床となっている。 国としても頭が痛い問題ではあったが、対処に割ける余力がなかったので今後、疲弊した国力が回復するのを待って対処する予定ではあったのだが――
――その矢先に発生したこの騒ぎの為、多くの者が疲れた顔で南へと向かっていた。
騎士は国に、聖騎士は教団に仕えている以上、上の決定に異を挟むことはできない。
それでもこんな無茶をやらせる上に対しての不信感は発生し、そしてそれは末端に行けば行く程に顕著となる。 ユルシュル戦はともかく、グリゴリ戦で心が折れかかっていた者は多い。
折れかけた心が立ち上がる前にグノーシス教団による侵攻だ。
規模から本気で攻めて来ているのが分かる。 本国に足を踏み入れた事がない者でも、クロノカイロスの規模と動員可能人数は想像がつく。
どう考えても万単位の人数が大挙して押し寄せて来るだろう。
そして本国は選ばれた者が集うという話は有名なので、自分達とは格が違うのでないかといった恐れもあった。
彼等が向かう先はウルスラグナ南端に存在するシジーロという街の更に南。
アープアーバン未開領域から少し離れた位置だ。 そこでは先に到着した者達が即席の砦を組み上げている最中だった。
早い段階でこうなる事を読んでいたエルマンが事前に資材を集めていた事が幸いし、即座に構築に入れたことが大きい。
王国の騎士達や近場に居た聖騎士達が続々と集結して作業に入っている。
見えてきた砦はそれなり以上に堅牢な造りではあったが、これからそこに陣取る者達からすれば非常に頼りなく感じてしまうのだった。
「――集まって来たか」
集結しつつある戦力を見て聖堂騎士ゼナイド・シュゾン・ユルシュルは小さく呟く。
彼女がいるのは急造されている砦に設置された物見櫓だ。
ゼナイドはシジーロで起こった事件の調査の為に残っていたのだが、グノーシス教団接近の報を受けた事により中断。 拠点構築の指揮の為に働いており、今の所ではあるが上手くは行っていた。
――だが、士気は低い。
これで戦いになるのかと思いたくなる程にひどい有様だった。
彼女は経験上、こう言った場面では何かしらの手段で高揚させる必要があると考えていたが、自分が何かした程度で持ち直せる物なのだろうか?と思ってしまい何もできずにいた。
「……これは本隊が来るのを待つべきだろうな」
勝手な事はせず、今は自分の役目を果たすだけだ。 この状況は聖女達に任せればいい。
ゼナイドは比較的冷静ではあるが、その胸中には他の者と同様に不安が渦を巻いていた。
彼女の目から見てもこの状況は詰んでるのではないのだろうか?と思わずにはいられなかったからだ。
こちらの戦力はどんなに頑張っても二万に届くか届かないか。 治安の維持にも回さなければならないので全てを回す訳にも行かない。
冒険者などを動員すればもう少し盛れるだろうが、これまでに起こった大きな戦いでウルスラグナは疲弊しきっていた。
聖女やクリステラが居れば希望もあると思うが、彼女達が生き残っても他がまず保たない。
そして悪い知らせは続く。 今回の戦いにクリステラは出せないそうだ。
どうやら別で何かをやらせるらしく、どうしても必要な事らしい。 エルマンの疲れ切った声を聞けば、これ以上の詮索は躊躇われた。
聞けば勝算がない訳ではないとの事。 恐らくグリゴリの時に使った手でどうにかするつもりであろう事は彼女にも容易に想像がつく。 日に日に憔悴していくエルマンを見ればそれが安くない代償の上に成り立っている事も察せられてしまう。
だからゼナイドには何も言えなかった。
知らない振りをして自分にできる精一杯の事をやる事で負担を軽くしようと考えていたのだ。
アイオーン教団は発足してから苦労続きの毎日で、選択を誤ったかと考えた事も一度や二度ではなかった。 それでも皆で力を合わせて危機を乗り越えて来たのだ。
ゼナイドは苦楽を分かち合ったアイオーン教団の仲間達と自分との間には確かな絆があると信じていた。
だからこそ彼女は黙ってエルマンの指示に従い、こうして戦の準備を行っている。
グリゴリ戦に続いて今回も総力戦だ。 聖女を筆頭に他の聖堂騎士も集まるだろう。
――恐らくこの戦いを乗り切れば平和になる。
現状、この世界にグノーシス教団以上の勢力は存在しない。
それを退ける事が出来たのなら、ウルスラグナは外敵に襲われる事はないだろう。
グリゴリのような例外が存在するかもしれないが、分かりやすい敵が居なくなれば部下達は勿論、民の不安も消える。
後は緩やかに時間が全てを癒してくれるだろう。
教団に対する不満や不安、エルマンが人知れずやって来た事に対する疑念も。
――その為にもこの戦いを生き残らなければならない。
ゼナイドはそう思い、合流していく味方を見ながら小さく拳を握った。
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