974 「気合」
続き。
「どうした! そんなものか! もっと気合を入れろ!」
聖堂騎士「救世主」ロザリンド・レイ・フェリシティは訓練所で聖殿騎士を叩きのめしていた。
片手には木剣、目の前には叩きのめされて地を這う聖殿騎士達。 その数は五人。
「何度も言っただろう! 強敵と戦う時は連携が肝だと。 味方の動きを意識しつつ、数の利を活かせ!」
フェリシティは「もう一度だ」と言って聖殿騎士達を立たせる。
この先にウルスラグナとの戦争が控えている以上、兵の調練にも力を入れる必要があるのだ。
その為、フェリシティは部下の訓練に顔を出してはこうして叩きのめしている。
わざわざ頼んでもいないのに顔を出して暴れまわっている彼女の姿を前に、部下の表情は全体的に余り良いものではなかったが一部の者は歓迎しているのか率先して挑んでいた。
立ち上がって挑んで来る者を見てフェリシティはニヤリと笑みを浮かべる。
どんな強敵が立ち塞がろうとも立ち上がってこれを滅ぼす。
これこそが聖騎士のあるべき姿。 ヒュダルネス達は聖騎士は人々を守る盾などと言っていたが、騎士は本質的に敵を打ち滅ぼす剣だと彼女は考えていた。
何故なら守ってばかりでは勝てず、いたずらに犠牲が増えていく事が目に見えているからだ。
ならば率先して敵を滅ぼし、守る必要性を取り除いてやればいい。
――あいつ等は甘いのだ。
フェリシティは四人の中で最も遅く今の地位に就いた救世主ではあったが、先達は立てるべきといった考えは彼女の中にはない。 あるのは自らが正しいと思う信念と信仰心のみだ。
それさえあれば年季の差など些細な物だと考えているので、先達のヒュダルネス達にも平気で意見する事が出来た。
ある意味では馴染んでいるとも言えるが、思慮に欠ける言動が目立つ事もあってヒュダルネスからは良い印象は抱かれておらず、サンディッチには嫌われている。
唯一嫌っていないのはストラウドだけだが、その彼女からも「何かうるさい同僚」程度の認識なので好かれてもいなかったりした。
そしてフェリシティは手温い事ばかりやっているヒュダルネス達を弱腰の臆病者と馬鹿にしているだけで、相手がどう思っているかの想像ができておらず幸か不幸か嫌われている事に気づいていない。
部下にも精々、厳しい上司とでも思われているのだろうと考えているが、一部からはかなり嫌われていたりする。 当然ながら本人は気が付いておらず、一部の意識の高い部下からの評判はいいのでそれを総意と勘違いしている事もそれに拍車をかけていた。
ロザリンド・レイ・フェリシティ。
生まれはクロノカイロス。 父親は聖堂騎士、母親は町民。
父親は厳しいが彼女にとっては模範となる立派な聖堂騎士だった。 武具の扱いなどは父から学び、才能はあったようで早い段階で頭角を現し、聖騎士として大成。
その後、権能への適性を認められて救世主へ。 高い技量と合わさり異例とも言える早さでジオセントルザムの防衛責任者の一人にまで上り詰めたのだった。
実際、軍勢を率いての戦闘経験が演習以外で存在しないので指揮官としての能力にはやや疑問符が付くが、単体戦力としては地位に相応しい水準に達している。
フェリシティは来るウルスラグナでの決戦――否、聖剣を取り戻す為の戦いなのだから聖戦かと思い直し、戦いの日に思いを馳せた。
彼女の中にあるのは父から受け継いだ(と思っている)信仰心と教団の為に戦わねばならないといった燃焼する使命感だ。
――だが、それは表向きの話。
自覚はなかったが彼女には心に秘めた欲望があった。
それは聖剣。 ウルスラグナには三本の聖剣があり、その内の二本は何と一人の人間が所持しているとの事。 ならばとフェリシティは考えるのだ。
その聖女とやらを仕留めれば自分が二本の聖剣の担い手になれるのではないのかと。
当然ながら根拠はあった。 聖女などという胡散臭い女が扱えて、真の救世主である自分に扱えない訳がないからだ。 聖剣は教団の宝。 つまりは教団への信仰心がそのまま選ばれる基準となる筈だからだ。
そう考えれば自分以外はあり得ないだろうと彼女は誇張抜きで本気で思い込んでいた。
要は聖女が死ねば自動的に聖剣は自分の手元に来ると皮算用を行っていたのだ。
これをヒュダルネス達が聞けば間違いなく正気を疑っただろうが、流石のフェリシティもそんな事を口にする事はなかったので誰にも知られていない。
侵攻自体は決定しているので、後は誰が向かわされるかだ。
フェリシティは自分が選ばれないかと内心で期待していた。 場合によっては志願するのもありだろうとすら考えていたぐらいだ。
先日、ヒュダルネスとサンディッチが法王に侵攻に待ったをかけるべく謁見を申し込んだという話は聞いており、それが不首尾に終わった事も同時に知っていた。
それを知ってそれ見た事かと内心で馬鹿な二人を嘲笑する。 自分達は教団の剣である以上、余計な事は考えずに黙って言われた通りに頷けばいいものをと心の底から馬鹿にしていた。
同時にこの状況は好機であるとも捉えていたのだ。 何故なら、同格の二人があのような失態を犯した以上はここで自分の忠誠心と信仰心を見せつけておけば教皇や法王の覚えがめでたくなるのは当然。
――何だ。 私の未来には栄光しかないじゃないか。
何だか何もかもが自分の思い通りに動いているかもしれないといった錯覚に陥る。
煩わしいヒュダルネスとサンディッチは勝手に株を落とし、ウルスラグナを落とせば三本の聖剣が手に入り、戦功を上げれば防衛責任者から教皇や法王の直接的な護衛――近衛に入れるかもしれない。
そして聖女の持っている聖剣エロヒム・ツァバオトは持ち主に「栄光」を与えると聞く。
考えれば考える程に様々な事が符合し、自分の輝かしい未来が約束されているのではないかと言った確信が強まるのだ。
フェリシティは向かって来る部下達を叩きのめしながら内心で上機嫌に笑みを浮かべる。
――聖剣は私の物だ。
聖女という前例を許しはしたが、奪い取って自分が二本の聖剣を手に入れればグノーシス教団史上初の二本の聖剣使いとなれる。
これ以上ない程の快挙だ。 間違いなく自分の名は教団の歴史に刻まれ、永遠に語り継がれる事となるだろう。
その際に自分に降り注ぐ栄光を想像してフェリシティは声を上げて笑いそうになったが、今は部下の訓練中だ。 感情を抑えねば。
彼女はそう考え、上機嫌に部下を叩きのめす。
――あぁ、早く開戦となればいいのに――
恐らくその日はそう遠くない内に訪れるだろう。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




