945 「浮上」
続き。
「第五の魔剣――ゴラカブ・ゴレブの存在です」
「それは俺も気になっていた。 ザリタルチュが落ちた以上、あそこの魔剣は何らかの形で封印されている筈だ」
そもそも辺獄の氾濫が始まった段階で救世主を送って鎮圧に向かうべきだったのだが「在りし日の英雄」相手に並の戦力では無駄死にになってしまうので本国での戦力編成に時間がかかってしまっていた。
結果としてザリタルチュは消滅。 準備は無駄に終わったが、ここまで遅れた原因はオフルマズドにあった。
リブリアム大陸やポジドミット大陸と違い、ヴァーサリイ大陸はオフルマズドという国が南部を支配していたので大規模な上陸部隊を送り難い事もあったのだ。
クーピッドというオフルマズドからやや北に大規模な港を保有した国が存在しはするが位置が悪かった。
クロノカイロスからヴァーサリイ大陸へ向かう途中の海域は巨大な魔物が多く生息しており、大規模な船団を組めないといった事情もあった。
オフルマズド側の大陸南端方面はまだマシだったが、クーピッドへ向かうにはやや北側に迂回しなければならない事もあり、少数であるなら今までで確立した航路を使えば問題はない。
だが、大船団だと魔物を刺激する可能性が極めて大となる。 その為、到着する前に無駄な犠牲を出しかねないと足踏みする事となったのだ。
当然ながら対処の為に一時的にオフルマズドの国内への寄港を打診したが、オフルマズド王――アムシャ・スプンタの返答は否の一文字だった。
王が代わる前はそれなりの交流はあったが、彼に代わったと同時に極端な出入りの制限を開始。
傍から見れば鎖国に近い有様だった事もあり、教団の力も及ばなかったのだ。
その為、協力は得られなかった。 あの国には聖剣が存在する事もあり、迂闊に手を出すのも得策ではないと結果的に放置した事がヴァルデマルからすれば増長を招いたと感じていたが……。
――滅んだ以上はもはや意味のない話だった。
ザリタルチュが消え去った事により準備は無駄になったが、人的被害も出ずに済んだと喜ぶ所なのかもしれないがそうもいかない。
領域の消滅は何らかの形で魔剣が持ち出されたと言う事だからだ。
「ザリタルチュの氾濫に対し、アラブロストル、フォンターナの両国の兵と冒険者ギルドから依頼を請けた冒険者、それとこちらからも偵察を兼ねてそれなりの人数を送り込みました」
「……確か結果は生存者一名だったか?」
ヒュダルネスの言葉にヴァルデマルは大きく頷く。
「生還した冒険者からの事情聴取によれば、辺獄の領域の攻略に成功。 運よく戻れたその冒険者以外にも生き残りはいましたが、取り残されているとの事。 ただその後、誰一人として生還した者がいない事を考えると生きてはいないと考えた方が自然かと」
「……というか、その冒険者怪しくないか?」
「聞けば腰に怪しい魔力を放つ剣を下げていたとの事ですが……」
「明らかにそいつじゃねぇか! 冒険者って事は調べれば身元ぐらいは分かるんじゃないのか?」
「少なくとも足取りぐらいは追えそうではありますね」
二人の言葉はもっともだった。 冒険者ギルドは依頼を受注するに当たって記録を残す決まりとなっている。 本来は閲覧不可能だが、グノーシスであるなら圧力をかけて調べる事は可能だ。
「分かっている範囲ではありますが、登録名はロー。 最初に訪れた冒険者ギルドはウルスラグナ北部となっています。 それによると出身もその近辺のようですね。 しばらくの間は国内で活動していましたが、ある日を境に国外へ。 ザリタルチュ関係の依頼はその流れで請けたようにも見えますが、その後はアラブロストル、エンティミマスへ向かった所までは追えています」
「その後は?」
「例の魔物騒ぎ以降は消息不明ですね。 ギルドに現れていないのでこれ以上の情報は得られませんでした」
「……怪しいなんてものじゃないな」
「ヒュダルネス殿と同じ意見です。 エンティミマス、アラブロストルの時点で騒動に絡んでいる事は簡単に想像できますよ。 まさかとは思いますがチャリオルト戦に参加していますか?」
「途中で依頼を破棄していますが、参加はしていたようですね」
ザリタルチュ、アラブロストル、エンティミマスと大きな騒動が起こった地に悉く居合わせ、魔剣らしき物を所持している男。 これは関与を疑うなという方が無理な話だろう。
サンディッチは苦い表情を浮かべて質問を重ねる。
「ちなみに国外へ移動したのは例の王都での騒動の前ですか? 後ですか?」
「後です」
「…………その男が移動した先で事件などは?」
ヴァルデマルも把握しきれていない事柄だったらしく、脇に控えていた助祭枢機卿が覚書のような物を受け取るとつらつらと読み上げる。
それを聞いてサンディッチはおろか、ヒュダルネスまで頭痛がした。
ノルディア領オールディアでの教団管理地であった都市の崩壊に王都での大規模魔法使用による区画消滅。 南部で起こった謎の霧と謎の魔物による大量死事件。 その後の王都での教団崩壊の引き金となった襲撃。 ローという男はその悉くに関与の可能性があった。 付け加えるならそれらの事件の主犯として手配されていた時期すらあったのだ。 どういう訳か、国王の命令で撤回されているが。
このように何故か行った先々で事件が起こっているのだ。 ここまで露骨だと何かしらの意図があるのではないのかと変に勘繰ってしまう程だった。
「……もう、怪しい怪しくないを通り越してそいつの仕業じゃないのかといいたくなるな」
「いや、もう関与は確実ですが、その男の目的が分かりません。 一体どういった意図でこのような混乱を招くような事をしているのか……」
サンディッチはどうにか行動から意図を読もうと思考を回転させるが、今一つ掴み切れない。
ヴァルデマルに質問を重ねて詳細を尋ねるが、聞けば聞く程に分からなくなる。
方々で騒ぎを起こしているのは分かった。 そして巧妙に関与したと思われる証拠も消されている事に歪さを感じる。
実際、こうして調べて関連付ける事をしなければ名前すら上がらなかっただろうからだ。
本人の行動とその後の処理の方法にも違和感がある。 そう考えると、男は何らかの組織の支援を受けて居ると考えるのが自然だろう。 それも国に働き掛ける事が出来る程のだ。
――そして出身地はウルスラグナの北部。
「鍵はその地方ですか。 北部には何かありますか? 地図上では山脈が広がっている程度の認識ですが……」
「ここ最近で急激に力を付けている勢力がありますね。 現在は調べる事が出来ないので、何とも言えませんが王都での襲撃の前の時点で突出した財力を誇る程に収益を伸ばしていたとか――」
「その勢力の名前は?」
サンディッチの問いにヴァルデマルは――
「確かオラトリアムという領だったはずです」
――その名を口にした。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




