939 「販売」
別視点(梼原)
こんにちは。 梼原 有鹿です。
今日はダーザイン食堂の皆さんのお手伝いで研究所にデリバリーを行っています。
普段は嗜好品などがメインだけど、今回は宣伝や食堂に来れない人達の為にある物を持って来ていました。
それは何か? 運んでいる荷車から漂っている美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
このスパイシーで食欲をそそる香りはまさしくカレー! そう、カレーがこの世界に誕生したのです。
食堂で一度食べたけど完全にわたしの知っているカレーだったので、懐かしすぎて泣きそうになるぐらいの感動だった。
その魔性とも言える味わいは亜人種の皆さんにも大人気で、食堂の売れ筋商品と化したらしい。
作っても作ってもすぐになくなるので、早い者勝ちとなっており競争率は非常に高く、早めに店に入らないと売り切れてしまう。 最近はオムライスとのコラボ――オムカレーまでメニューに追加されたので、そちらも大人気となっている。
わたしも何度か食べたけど非常に癖になる味でいくら食べても飽きない魔力があった。
いや、もう本当に美味しい。 とにかく美味しい。 多分、無限に食べられる。
そんなカレーは現在、食堂の店舗でしか扱っていないので、オラトリアムの全域まで浸透している訳ではない。 その為、宣伝と食べたいけど食堂まで行けないといった人達の為、こうしてデリバリーを行う事となったのだ。
ここ最近は荷物の引き渡しだけで、中にまで入っていなかったのだけど、研究所はかなり様変わりしていた。 少し前にあったグリゴリという勢力の襲撃であちこち壊れており、裏の広場には大穴が開いていたのだけどそれもなかったかのように元通りになっている。
……その代わりに以前とは違った物を見かけるようになった。
魔導外骨格だ。 今までは練習用の人型機体がおっかなびっくりといった感じで四肢を動かしていたのだけど、別の機体や小型の物が動き回っている。
形状自体はそこまで変わらないんだけど全体的に細身で、より人間に近い感じだった。
そして最大の違いはその動きで、今までは機械特有の動きの重さや固さがあったのに新しい機体は人間のように走ったり、飛び跳ねたりと元々そんな生き物じゃないかというぐらい、躍動感のある動きを見せていた。
「……いつ見ても凄いなぁ……」
思わず呟く。 私の視線の先では練習用の魔導外骨格が人間のような走行フォームで、作られたコースを走ったり、用意されたアスレチックに挑んだりしていた。
上級者向けなのか一角では格闘戦を繰り広げたり、大型の槍や剣を振り回している機体すらいる。
他には大型の杖を構えて魔法を発射している機体や、既存の多脚、戦車型との連携訓練らしい動きを行っている姿も見えた。
現場としての士気も高く、機体に乗っていないゴブリンさん達は自分の番はまだかとそわそわしている人が多い。
……それとは別で気になる事があった。
ゴブリンさん達だ。 基本的に彼等は小柄だけど、ここ最近大柄な人達を良く見かける。
聞いた話だと、手術を受けて大きくなったとか……。
大きくなったゴブリンさん達は全体的に細身ではあるけど、筋肉などはしっかりと付いており良く鍛えられているのが分かる。 それと手の平やうなじの辺りに何か埋め込まれているのかな?
穴のような――例えるなら家電製品を接続する為に使うコンセントのような……。
一度、チラッと聞いたけど、何でも魔導外骨格の操縦に必要だとか。
ここでは必要以上の知りたがりは危険なので、これ以上は聞かないけどちょっと怖いなぁ……。
研究所内に入り、敷地内で持って来た嗜好品販売と一緒にカレー販売を始める。
事前に炊いて来たお米とたっぷりのカレーの入った大きな寸胴鍋。 鍋の蓋を開けると芳醇な香りが周囲に漂い近くに居た皆が待ちきれないとばかりに集まって来る。
今回は多めに持って来ているので量にはかなり余裕がある。 集まってきた皆に並ぶように言った後、順番にカレーを販売。 受け取って美味しそうに食べている様子は見ていて気分がいい。
食べ終わった人が嗜好品の販売コーナーへ流れたりと普段通りの光景が広がっている。
……とは言ってもわたしの場合は初のカレー販売と言う事で手伝いに来たからそこまで頻繁に出入りしている訳じゃないけど……。
今日はジェルチさん達が忙しいと言う事でわたしがヘルプに入ったので、この販売に関してはわたしが責任者と言う事になる。
「おー、やっとるなぁ!」
一通りカレーの販売が済んだ所で首途さんとその助手のハムザさん、その後ろからヴェルテクスさんが出て来た。
ハムザさんとヴェルテクスさんは無言でカレーを購入し、首途さんはそのまま私の方へと近づいて来る。
「どうもこんにちは!」
「おう、今日は嬢ちゃんが仕切っとるんか」
「はい、皆さん食堂の方が忙しいみたいで……」
「そらそうやろうなぁ。 聞いとるで? カレーがアホみたいに売れとるんやろ?」
「はは、そうみたいですね。 ところでわたしも頻繁に顔出してないからかもしれませんけど、最近見かけなかったような……」
何度か行ったけど不在ばかりだったので、忙しかったのかな?
「ん? あぁ、そら儂、しばらく山脈の方に居ったからなぁ。 新しい玩具のテストで全然帰ってなかったわ!」
「玩具? あ、もしかして最近、教習場でよく見る新しい魔導外骨格ですか?」
「ま、当たらずしも遠からずやな。 今は秘密やけど、男のロマンとだけ言っとこか?」
「は、はぁ……」
何だかよく分からないけど首途さんがとても嬉しそうなのは伝わって来た。
「いやぁ、ホンマにえぇモン貰ったわぁ。 材料は勝手に生えて来るし、弄れば弄る程、新しい使い道を思いつくわで毎日楽しゅうてなぁ」
そう独り言のように呟くと首途さんは「楽しみや、楽しみや」と笑い始めた。
正直、ちょっと……いや、かなり怖かったけど、努めて気にしないようにする。
いや、だって怖いし。 首途さんとは仲良くしておきたいし。 うん、わたしは余計な物は見てないし、余計な事は聞いてない。
「おいジジイ! 喋ってないで戻るぞ!」
「所長! ご安心を! 所長の分のカレーはこのハムザが確保しました! 早く食事にして作業に戻りましょう!」
気が付けばヴェルテクスさん達はカレーを受け取った後らしく、施設内に戻ろうとしていた。
「呼ばれとるな。 じゃあ儂も行くわ。 嬢ちゃんも仕事頑張りや」
「あ、はい、ありがとうございます」
首途さんは小さく手を上げて去って行った。
その背中をぼんやりと見送った後――
「うん。 今日も仕事頑張ろう」
わたしは仕事に戻った。 今日もいい天気で平和だ。
誤字報告いつもありがとうございます。
今回で二十五章は終了となります。 ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
二十六章もよろしくお願いします。




