93 「処分」
引き続き別視点。
「何?」
俺の言葉を聞いてローが足を止める。
「どういうつもりだ?」
表情や口調は変わっていないが雰囲気が変わった。
明らかに困惑が滲んでいる。
ローは何かをしようとしたが、首を振って大きく息をすると俺の方へ視線を向けた。
「……取りあえず、話を聞こう」
どうやら話を聞いてくれるらしい。
「あんたには感謝している。だが、俺にはまだやる事があるんだ。ダーザインを倒し、グノーシスの腐敗を正す。それが犠牲になった皆の為に俺がするべき事だと思うんだ!だからそれまで待ってくれ」
「………つまりダーザインを倒して平和になるまで待てと?」
「そうだ。それさえ済めば約束は必ず…」
「それはいつだ?」
俺の言葉を遮った言葉に俺は二の句が継げずに口を閉ざす。
「質問の意味が分からなかったか?それは具体的にいつだと聞いてるんだ?明日か?明後日か?それとも一年後か?」
「それは…」
「言い切れんよな?倒すべき連中の規模も知らんから「分からない」としか答えられない。お前、あれか?適当な事を言って俺を煙に巻こうとしているのか?」
「違う!俺は…」
「俺は、お前に、復讐する為の、力を、くれてやったんだ。断じて世直し紛いの事をする力じゃない。…あぁ、明言してないとか言質を取ってないとか舐めた事は言うなよ?」
ローは噛んで含むように言って更に続ける。
「まぁ、仮に俺が支払いを待ったとしよう。お前が連中に返り討ちに遭ったらどうなる?「支払いは無理でした」で片付けるつもりなのか?」
「そんな事はしない!この力があれば俺は負けない!」
「自惚れるのも大概にしておけ。そんな言葉を俺が真に受けるとでも?」
俺は言葉に詰まってしまう。
ローの言っている事は単純で「約束を守れ」。その一点に集約されている。
…何とか納得して貰わないと…。
命を救ってもらった以上、余り不義理な事はしたくないが…。
――命の代価に命を寄越せとは…君はそんな約束をしたのか?
――ヤバい。絶対ヤバいから適当な事言って逃げろって。
ローは軽く息を吐く。
「話は分かった。お前は、俺の貸した物に対して料金を支払わずに踏み倒すと言う事だな?」
「違…」
「違うと言うなら根拠を示せ」
…根拠…約束を果たすと言う根拠。
俺は少し考えた後…剣を抜いた。
納得させるにはこれしかない。実力を認めさせる。
「俺は負けない。必ずダーザインを倒して約束を果たす。それをあんたを倒して証明する!」
殺しはしないが俺の覚悟を見せてやる。
「あぁ、成程。要は開き直った訳か。もういい、不愉快だ。お前はここで死ね」
俺は足に力を込めて踏み込み、開いている間合いを潰して、斬りかかろうとして…。
胸に激痛が走り、体から力が抜ける。
「ガ…ハ…」
足が縺れて転倒。剣を取り落としてローの足元に倒れ込んでしまう。
頭が踏みつけられて俺の顔が兜越しに地面に押し付けられる。
「お前の胸に埋まっている「心臓」。誰が用意してやったと思っている?遠隔で止められる仕掛けを用意するのは当然だろう?正直、使う気は無かったが、ここまで虚仮にされたとあっては躊躇う理由はないな」
…体が重い…一体何が…。
「何が「俺は負けない」だ。笑わせるな。舌の根も乾かない内に死にかけてるじゃないか」
――リックどうした!?
――「心臓」って確か触媒の…。
2人の声が聞こえるが、反応している余裕がない。
「…「こっち」に来てからここまで舐めた真似をされたのは記憶にないな。ある意味貴重な経験だったよ」
言いながらローは俺の落とした剣を拾い上げる。
――不味い。リック動け!殺されるぞ!
――動けねぇんだよ!妙だとは思っていたが悪魔に近い…いや、触媒にされて自我を保ったのか?なら、心臓を止められたら体を維持するための魔力供給がない以上、動ける訳がねぇ!
――だったらどうすれば…。
――方法はあるぜ教官。
――何?
――悪魔が喰らう「業」ってのは魔力の塊なんだ。恐らくだが俺達の今の状態はそれだ。だから…。
――私達自身を使えば何とかなる訳だ。
―― 一時的ではあるがな。
2人の会話に意識を割けずに振り下ろされる剣が近づいて来て…。
振り下ろした剣が払いのけられた。
それを見て俺は内心で眉を顰める。
…何だ。まだ動けたのか。
無感動にそう思った。
それにしても、ここまで堂々と踏み倒されるのは予想外だ。
本当にこの街に来てから碌な事が起こらんな…。
ダーザインとか言うリアルに中二病拗らせた上に他人に迷惑しかかけない変態集団にそいつらと癒着してこの惨状に一役買ったグノーシス。極め付けはあの怪獣紛いの巨大悪魔――アクィエル。
…それだけでも我慢できないレベルで不快なのに今度はこれか。
俺は内心で溜息を吐く。
アクィエルを仕留めた後、俺がした事は体を元に戻す事だ。
取りあえず、元の体を作り直した。お次は、でかくなった体の処分だ。
これは単純に喰ってエネルギーに替えた。お陰で腹具合は落ち着いている。
最後に必要なのは服だ。こいつはどうにもならなかったので、仕方なく近くに落ちていたアクィエルが吹っ飛ばした花弁の一部を適当に千切って腰に巻いた。
何だがかぶれそうな肌触りだったが、他がない以上我慢しよう。
全裸に腰布巻いただけとか言う、日本なら即逮捕されるであろう恰好をしてリックの下へ向かう。
その後、探知系の魔法で周囲を捜索しつつ生き残りを探していたが、俺が戦り合っていた周辺は完全に無人だった。そりゃそうだろうよ。
巻き込まれて死んだ後、魂は俺かアクィエルに喰われたんだ。何も残らんだろう。
因みに喰った魂の中にダーザインが大量に混ざっていたので、連中の規模や人数は大雑把だが把握している。
連中、憐れな事に少なくとも儀式が終わるまで街から出るなと命令を受けてたらしい。
しかも出たら裏切とみなすとは、ダーザインってもしかしなくてもブラックな組織だよな。
裏切ったら爆発する以上、逃げられんな。
記憶を抜いたお陰で色々と分かった事も多い。
もうほぼ済んだ事だが、結局連中の目的は悪魔を呼び出す事だったらしい。
その点だけで言えば成功しているが妙なのはその先を知っている奴が皆無だった事だ。
何と言うかこの時点で何だかキナ臭いんだよな。
仕切っているのがアイガーの時点で怪しい。
アイガーは「部位」という悪魔の一部の移植に成功した地位の高い人物ではあったが、頭に「比較的」と但し書きが付く。
ダーザインの序列は移植された部位の種類に比例するらしい。
要は目玉をいくら体に仕込んでも「目」と「耳」を1つずつ持っている奴よりは格下扱いになる。
つまり、アイガーはぶっちゃけそこまで偉くないと言う結論に落ち着くのだ。
状況だけ見るなら独断の線が濃厚だな。
…だが、それは裏切とみなされないのか?
実際、生きていた以上、何らかの方法で潜り抜けたのだろう。
…話を戻そう。
基本的に連中が呼び出すのは下級~中級の悪魔で、直接使役せずに体の部位を剥がして使用する事が召喚の主目的らしい。
そもそも連中の目的は生物的に強くなる事だから、改造用の素材集めに走るのは納得できる。
だが、今回に限っては話が違った。
アイガーはヴォイドと組んで中級の悪魔を集めてそいつらの核――「心臓」とやらを触媒に位の高い奴を呼ぼうとしていた。流れから察するに使役しようとしてたのか?
知っている奴がいない以上想像でしかないが。
中級悪魔を呼び出す流れは慣れているのかかなり洗練されたイメージだったな。
まずは、触媒の選別。比較的、人生謳歌している奴が望ましいようだ。
そいつを軽く絶望させて殺すといい感じの材料になるらしい。
…ファティマの話と食い違うな。
その辺は歯抜け状態の知識と、本職の違いか。
召喚の鍵は「感情」とみて間違いないようだ。
確かに犯罪者は鬱屈している感情を抱えている奴が多いと聞くからあながち的外れではないのか?
ちなみに俺が地下で仕留めた悪魔は核を抜いて死ぬ前の奴に人間を丸ごと移植して失った核の代わりにして操っていたらしい。ぶっちゃけ制御と動力の両方を兼ねていたので埋まってる人間を殺されると終わりと言う兵器にしては随分とお粗末な代物だったな。
…弱点剥き出しじゃねえか。
後は街で暴れまわった理由だが、なるべく人の死体を集めて儀式の祭壇としての格を高める為…らしい。
これもあやふや。知ってる奴の根拠もアイガーにそう説明されたと来た。
益々怪しい。
…そんな理由で殺された連中は気の毒としか言えんな。
結局、呼び出したアクィエルに関しても制御できてたのかできなかったのかは分からんが俺が始末してやったので、どっちにしろ計画はご破算だな。
連中の記憶を信じるならこの街から出られん以上は、全滅したと考えてもいいのか?
一応、調べた方がいいか。
面倒だが、放置しておくと更に面倒な事になりかねんしな。
その前に、リックの様子でも見に行くとするか。
邪魔にならんようにアクィエルは抑えたし、ヴォイドはくたばった。
装備も与えたし、万難は排した。負けはないだろう。
街の外れの方で微かに戦闘の気配がする。
…随分と移動したな。
気配を追ってリックを見つけると、ちょうど犬みたいな奴を両断している所だった。
俺はおや?と首を傾げる。確かアイガーと戦ってたはずだが…もしかしてあの犬みたいな奴がそうなのか?周囲を見たが、黒い影みたいな奴等がうろついているだけでそれらしい奴はいない。
…どうやら首尾よく片付いたようだな。
「どうやらそっちも終わったようだな。ここはおめでとうと言っておく所か?」
タイミング的にも良さそうだったので声をかける事にした。
口ぶりから察するに上手く行ったようだ。
その後は場所を変えてさあ取り立てといった所で、リックが「支払いを待て」と言い出した。
…何だ?
いきなり命が惜しくなったのか?あれか?貰うもの貰ったから後は知らん…と?
そう考えて一瞬、怒りが湧き上がるが首を振って気分を落ち着ける。
待て待て。決めつけるのは早い。まずは話を聞いてからだ。
話を聞いて怒りが更に湧き上がった。
ダーザインを倒す?グノーシスの腐敗を糾す?
何を言っているんだこいつは?
そこでふと思った。
あぁ、分かった。適当な事言って先延ばしにする気か。
具体的な事を突っ込んだら、終わったら払う、俺は負けない等と根拠のない事を並べ立てる始末。
その時点で俺のリックに対する評価はどん底どころか地中まで落ち込んだ。
何故、俺がお前の言葉を信じなければならない?目の前で約束を反故にしようとしているお前を?
よしんば、俺が信じて同意したとしよう。その後、首尾よく目的を達したとする。
…で、次の言い訳だろう?
仲間面してなぁなぁで済ます?それとも結婚でもしてそれをダシにして見逃してくれ…か?
もしかしたら妻の胎には子が居るとでも言い出すかもな。
まぁ、素直に差し出す可能性も0ではないだろうが…とてもじゃないが信じられんな。
更に言うならお前をそのまま外に出すのは俺に取ってリスクしかない。
万が一にでも俺の事が知れ渡ればダーザインやグノーシスにうざったく付き纏われる。
…冗談じゃない。
何故、俺がそんなリスクを背負わなければならない。
もうこいつ殺してしまおうかと考えていると、リックは俺を倒して死なない事を証明するなどと言い出した。
…こいつ開き直りやがった!
俺の中でリックの処分が決定した瞬間だった。
馬鹿正直に突っ込んで来たリックの「心臓」に命令を送って魔力の供給を停止。
途端にリックは脱力して転倒。
おいおい誰がその心臓を用意してやったと思ってるんだ?
リックの心臓は俺が祭壇とやらで頂いた戦利品を加工してそのまま使っている。
当然、裏切った場合を想定して「根」を仕込んでいるから遠隔で停止も自在だ。
…正直、使う事になるとは思ってなかったがな。
俺はリックが取り落とした剣を拾う。
随分と主人公っぽい格好の良い事を言ってたが、誰が力を貸して…返す気がないなら貸したとは言えんか?言い直そう。恵んでやったと思ってるんだ?
後は振り下ろして終わりのはずだったが、意外な事に俺の剣を手の甲で払いのけたのだ。
…妙だな?体の維持がやっとで動けんはずだが…。
俺は内心で首を傾げつつ、少し警戒しながら剣を構え直した。




