935 「平和」
続き。
グリゴリによる襲撃は収束し、ユトナナリボは壊滅。
それによりオラトリアムにも元の平穏が取り戻された。 戦時によって変わった体制も元に戻り、各地では街灯や設備関係の工事が再開され、亜人種達が額に汗しながら労働に勤しんでいる。
時刻は昼頃、ダーザイン食堂も多忙を極めている時間帯だ。
街のあちこちに設置された物や個人が所有しているラジオから今日も昼の番組が放送を開始する。
『はい、皆さんこんにちは! 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』
ラジオから瓢箪山の声が響き、番組を楽しみにしている者達は待ってましたと聞き入る。
『いやぁ、ちょっと前から収録になったのでスケジュールが楽になった事もあり、プライベートな時間が取れて楽しく過ごしています。 厄介なグリゴリも片付いたので、平和になっていい事ばかりですね! 皆さんも帰って来た日常を大事に過ごしましょう』
首途研究所からは作業音が響き、新造されたラインではようやく完成した新戦力の製造が進んでいた。
これは今後の戦いでオラトリアムの主力になるかもしれないと言う事で、現場の士気は非常に高い。
『では、色々と落ち着いた所で何だか久しぶりのお便りコーナー行っときましょうか。 えーっと、ラジオネーム『南極いち――』ちょっと待て、何だこれ!? ひっ!? いや、知らないんですか!? これってダッ――いや、何でもないです、はい。 えぇっと、気を取り直して『南極(以下略)』さんのお便りですが――えぇ……何だよこれ、ヤバすぎて読めねえんだけど……。 いや、睨まないで下さいよ。 読みますってば……』
金属がぶつかるような音が無数に響く。
発生源はティアドラス山脈の上空。 そこでは既に完成した新兵器が激しい空中戦を繰り広げていた。
完成し、量産にも成功したので、後は運用の積み重ねによる調整と問題の洗い出しだ。
『ちょっと原文ママなのはよろしくないので、ちょっと遠回しに表現を変えます。 えーっと、つまりはこの『南極(以下略)』さんにはどうやら仲良くなりたい人がいるらしくて……あー、何だろう。 もうちょっと踏み込んだ関係になりたいとかで? まぁ、どうしたらいいのですかって感じのアドバイスを求めている感じですかね? ――うーん、そっち関係はあんまり得意じゃないんで、月並みな事しか言えないんですが、何と言うか、こう、雰囲気作って促すとか、素直に話し合ってみるのはどうでしょうか?』
山脈上空での戦闘を離れた場所で観測している首途は連れている助手のハムザと動きについての意見を交換しつつ、実際に戦ってみたニコラスもそれに混ざって所見を述べている。
『これあんまり深堀りしない方が良さそうなので次のお便りいっときますね。 はい、えーっとラジオネーム『♰魔導書の創造者♰』さんからです。 ありがとうございます。 ――……どうでもいいけど名前の前後についてるマークが香ばしいな。 ごほん、では内容を読み上げますね。 えーっと『いつも楽しませて貰っています。 私はとある島にある工場で部下と共に製造業に励んでおります。 以前は他所の大陸で――ってか長いな。 すっげ―びっしり書いてあるんですけどこれ全部読まないとダメ? あ、はい、尺的には全部読むのはちょっときついですね。 取りあえずざっと読んで要点だけ抜き出しますと……自分語り長ぇな。 何か大変そうなのは伝わるけど、次はもうちょっと抑えめにお願いします。 えーっと、要するに自分は頑張っている筈なのに正当な評価が得られていないって所ですかね? 認められたいというよりは待遇の改善を訴えるにはどうしたらいいんですか?――かな? うーん、結構難しいというよりはデリケートな話題だな』
瓢箪山はうーんと悩むように小さく唸る。
『――ってかその笑いの意味は引っかかりますが、取りあえず今回も月並みな回答で申し訳ないんだけど何でそうなっているのかの原因を洗い出すとかどうですかね? 俺なんて真剣にやってるのに中々、待遇が良くなりませんしいくら考えても理由がさっぱり――え? 愛情表現? ははは御冗談を――ひっ!? 何でもありません! いやー俺ってば愛されてるなー『♰魔導書の創造者♰』さんもこんな感じで身近な上司とのコミュニケーションを取るべきだと思いますよ! いや、マジお勧め! はい、取りあえず時間が来たので次のコーナー行っときましょうか。 天気予報なんですが、収録になったので気象観測にタイムラグがありますので今までよりも精度が落ちていますのでご注意を』
瓢箪山が直近の天気を読み上げ、終了した所でその声が急に弾みだした。
『さて、さてさて! 今回は何とゲストが来てくれました! やったぜ! ささ、入って自己紹介をお願いします』
スピーカーからガチャガチャと音が響き、誰かが座る気配。
『あ、どうも。 弘原海 顯壽です。 所属ははっきりしていませんが、戦闘とか頑張ってます』
『顔合わせはちょっと前にしたけど絡むのは初めてだよな。 同性のゲストは初めてなのですっげー嬉しい。 今日はよろしくな!』
『こちらこそよろしくお願いします。 オラトリアムってラジオもやってるんですね。 割と最近知ったんで驚きました』
『それなりにやっているけど本格的に始まったのは割と最近だな。 俺も最初は手探りだったけど、リスナーの皆さんの温かい応援メッセージで俺は頑張れてますよー!』
『はは、いい雰囲気ですね』
『折角来てくれたゲストさんって事で、色々聞いていいか?』
『どうぞどうぞ』
『取りあえずいきなりぶっちゃけるけど、横の娘――何? 前の宴会の時も見たけど、どういう関係?』
『えー……何と言いますか、俺の世話をしてくれている娘で……』
弘原海は言い辛そうに口籠るが、スピーカーから何かが動く気配。 マイクから離れていたので流れなかったが、二人の反応は劇的だった。
『いや、お前、マジで? 体格差考えろよ。 無理じゃね? いや、それ以前に絵的にヤバいだろ!? 日本だったら完全に犯罪だぞ!』
『ちょ、勘弁してくださいよエン――彼女は俺の世話をしてくれるってだけでやましい事はないですよ!』
『え、でも本人は――あ、うん。 その辺は放送終わった後にでも聞かせてくれ。 放送的にヤバいので次の話題に行っとくか。 弘原海君はグリゴリ戦に参加して単騎でデカブツを一匹仕留めたんだっけ?』
『いや、皆のアシストのお陰ですよ。 時間をかけて連携も練り込んだので、訓練通りにやって結果を出しただけです』
『またまた御謙遜を。 聖剣使いって奴はやっぱレベルたけーな!』
『そっちは完全にたまたまですって、落ちてたのを拾っただけなんで運ですよ』
『でも聖剣って、簡単に扱える物じゃないんだろ? 俺もエル・ザドキって聖剣に挑戦させられたけど弾かれて吹っ飛ばされたんだが――』
『そうなんですか? その話は初耳ですね』
『あれ? 聞いてない? ちょっと前に使えないかってんで、何人か挑まされたんだよ。 使えた奴が出たって話は聞かなかったなぁ……』
『聖剣に関しては扱える奴がいるのといないのとでは運用の幅に差が出るって話は聞いてたんで、何とかならないかって感じだったんですかね?』
『まぁ、そんな所だろうなー。 俺とか絶対無理だって言ってんのに何故か捻じ込まれるし……』
弘原海はそれを聞いて「ははは」と小さく笑う。
『さて、そろそろいい時間になって来た所で演奏コーナーいってみようか。 えっと今日は確かリクエストがあったのでそれで――』
『あ、この紙ですか?』
『それそれ、ありがとう。 えーっと、では聞いてください曲名は――』
スピーカーから瓢箪山の演奏が流れた所で放送を聞いている者達は時間を確認し始める。
演奏コーナーは放送の最後なので昼休みの終わりが近いからだ。
現場から離れている者はそろそろ動き出さなければならない。 数曲の演奏を終えた後、瓢箪山の小さく息を吐く音が流れ、ややあって弘原海の拍手が響く。
『いや、マジで上手いですね。 前からやってたんですか?』
『そうでもないな。 本格的に始めたのはこっちに落ちて来てからだから始めてからそんなに長くないよ。 さて、そろそろお時間となったのですが、今日の放送はどうだった?』
『あ、楽しかったです。 緊張もあったんで、ちょっと気持ち的にふわふわしてますけど、良かったらまた呼んでください』
『いやー、そう言ってくれて嬉しいなー。 ところで最近、新レギュラー募集してるんだけど、ラジオに興味ない?』
『ははは、本業もあるのでそこまでガッツリやるのはちょっと……。 ただ、空いた時間にこうやってゲストで出るのはオッケーですよ』
『そりゃ残念。 ――と言うかさっきから横に居るお嬢さんほったらかしだったけど大丈夫? 何かごめんね? え? 別にいい? あ、そう言ってくれるのはありがたいけど、良かったら何か喋る? 恥ずかしいなら別に良いけど――あぁ、お便り送ってくれてるんだ。 ありがとう、ちなみにラジオネームって何? 機会があったら気持ち優先して読むけ……マジで?』
その後、スピーカーからガチャガチャと何かが動く音が響く。
『弘原海君さ……。 ごめんちょっと引くわそれ……』
『いや、違うんですって! 俺はそんなつもりは一切なく――』
『えぇ……でも、彼女――え? あ、すんません。 ちょっとグダグダでしたが、本日の放送はこれで終了となります。 本日のお相手は瓢箪山 重一郎と!』
『弘原海 顯壽でした』
『またねー。 後、弘原海君、詳しく話聞かせて貰って良いかな?』
瓢箪山の声を最後に本日の放送は終了した。
誤字報告いつもありがとうございます。
 




