89 「変化」
視点そのまま
最初に仕掛けてきたのはレフィーアだ。
生前とそう変わらない動きで細剣で突きの連撃を繰り出してくる。
…片手で首をブラブラさせているから若干動きが悪いが…。
俺はそれを後ろへ下がりながら躱す。
他の2人も何もせずに突っ立っている訳でもなく左右から攻めて来た。
教官が体全体を使って銜えた剣で斬りかかり、サニアが素人臭い動きで突きこんでくる。
俺はレフィーアの剣を掴んで止めた後、教官の攻撃を剣で弾く。
残ったサニアは掴んだ剣に力を込めてレフィーアの体を剣ごと投げて動きを封じる。
2人は折り重なるように倒れた。
それを尻目に俺は内心で舌打ちする。
…やり難い。
感情は変わり果てた彼女達に対して、目を背けろと叫ぶ。
理性は変わり果てた彼女達に対して、障害は斬り捨てろと囁く。
結果、板挟みになっているお陰で攻められずに足踏みしてしまう。
「ははは。がんばれがんばれ。ほら、躱さないと斬られるぞ?」
アイガーが手を叩きながら煽ってくるが無視する。
俺は攻撃を躱しながら…迷う。何が正しいのかと。
刹那の時間、迷い…答えが出た。
決断すれば後はすぐだ。
突きこんで来たレフィーアの刺突を懐に入ってやり過ごし、胴体に握った拳を叩き込む。
首の切断面から押し出された血が飛ぶ。
怯んだ所で剣を一閃。腕を切断。
レフィーアの腕と首が宙に舞う。
…すまん。レフィーア。
内心で詫びながら空中の首を蹴り飛ばす。
レフィーアの首はそのまま地面を跳ねながら飛んで行った。
残った胴体は俺を見失ったかのようにふらふらとあらぬ方向へ剣を振るう。
「おいおい。友人の頭を蹴飛ばすとは酷い奴だな。ほらお友達が悲しんでいるぞ?」
アイガーが指を鳴らす。
「リックーイタイヨーリックーイタイヨー」
「ヒッフーヒッフー」
サニアが痛い痛いと言い始めた。教官は剣を銜えているので何を言ってるのか分からない。
俺の名前でも呼んでいるのか?
「………」
遠くから微かにレフィーアの声も聞こえるがこちらは距離があるので聞き取れなかった。
サニアは起き上がると短剣で斬りつけてくる。
俺は冷静に短剣を弾き飛ばす。サニアの手を離れて短剣が地面を滑る。
「リックーヒドイヨーヤメテー」
サニアは憐れっぽく言っているつもりなんだろうが、何だろう…この言わされてる感は…。
「リックーリックータスケテータスケテー」
「ヒッフーヒッフーハフヘヘー」
「……………」
教官まで何か言っているが…流石に見るに堪えなかった。
レフィーア同様、サニアの頭部を適当な方向へ蹴り飛ばし、教官は両腕がないにも関わらず動きが良いので流石に無力化は難しい。
適当に攻撃を誘って頭から縦に両断した。
両断された教官から魔法陣から出て来た光の塊がふっと現れる。
…これは…?
咄嗟に手を触れると吸い込まれるように消えた。
何だった…っつ!?
俺は後ろに跳ぶ。
一瞬遅れてアイガーの剣が俺が居た場所を薙ぐ。
「随分と悠長だったな」
「いやいや感動の再会に水を差すのも野暮と思ってね?」
俺は斬り返しながら横目でサニアとレフィーアの体を見る。
ふらふらと無軌道に動いていた。攻撃の体勢を取っていない。
恐らくだが、アイガーに直接操られていたな。
仕掛けてこなかったのも3人の操作に集中していたからだろう。
死体を操れるのは大した能力だが、自分が動けないのでは本末転倒ではないか。
レフィーア、サニア、教官。3人とも俺の関係者だ。
なら、残りの死体が出てこなかったのは…体が残らなかったガーバスか。
そのガーバス(?)はさっきから同じ所をふわふわ漂っている。
攻撃を躱すふりをして肩で触れるとこちらも俺の体に吸い込まれるように消えた。
どういう理屈かは分からんがこれで利用される事は無いはずだ。
「ははは。躱すばかりでは我は倒せんぞ?貴様は私を差し置いて使徒殿の祝福を賜ると言う大罪を犯したのだ。許される訳がないだろう?さっさと死ねよクソガキがぁぁぁぁ!!!!」
アイガーは冷静に話しているかと思えばいきなり激昂して斬りかかってくる。
何だこいつは?言っている事がだんだんおかしくなって行っているが、本人に自覚はないのか?
一人称も『我』と『私』が混ざっている。
そして、打ち合いの回数が増すにつれて攻撃の威力自体は上がっていっているが、鋭さが失われて行っている。
「クソガキがクソガキがクソガキがぁぁぁぁ!!ふっ、私の攻撃をここまで凌ぐとはやるじゃないか!」
等、冷静になったり激昂したりと感情の切り替わり方が極端だ。
力を得るにつれて理性を失っているのか?
攻撃が雑になっているので少しずつだが、俺の攻撃が通るようになり始めた。
1つ。また1つとアイガーの体に傷が刻まれているが、同じぐらいの速度で傷が塞がって行く。
中途半端な攻撃じゃダメか。
俺は呼吸を整える。これは余り使いたくなかったんだが…。何故かって?
…使ったら手加減しても殺してしまうだろ?
楽しめないじゃないか。
俺の剣にドロリとした光が纏わりつく。本来は視線に乗せる物なのだが付与として応用している。
生まれ変わった俺に備わった能力は『重力』と呼ばれている物で、詳しくは分からないが重さを操れるらしい。
何故、理解できているかは不明だが、恐らくはローの処置の結果か俺自身の本能か…まぁ、些細な事か。
上段からの振り下ろし。
「ははは。やるじゃないか!この程度で我を斬ろうとは片腹…なにっ!?これは…!?」
アイガーは当然の様に受けるが、俺の斬撃を支えきれずに膝が折れる。
それと同時に地面が大きく陥没し、抵抗していたアイガーは耐えきれずに圧し潰されたかのように地面に叩きつけられた。
俺は無言でアイガーの胸を踏みつける。
魔力を大量に消費して、重さを増やしていく。
「ア…が…バはっ」
メキメキと嫌な音を立てて俺の足がアイガーの胴体に沈んでいくが、再生しているのか沈む速度は遅い。
人間なら挽き肉所か、地面の染みになってもおかしくないぐらいの圧力をかけているが、原型を留めている所か、再生して損傷に対して拮抗している。
…とは言っても時間の問題か。
あぁ、そうだ。殺す前に聞くことがあったな。
「死ぬ前にヴォイドの居場所を喋ってもらおうか?」
「…同志ヴォイド?…はっ。何を言っているんだ?後ろに居るじゃないか?」
「何?っつ!?」
腰の辺りに熱い感触。刺された?しかも鎧の隙間を狙って?
振り向きながら剣を振るう。その拍子に刺さった剣が抜ける。
俺を刺した奴は後ろに跳んで剣の間合いから逃れた。
襲撃者に視線を向ける。目の前に現れた顔は…。
「ヴォイド…」
…だったのだが…目は虚ろで生気はなく、胸には大穴が開いていた。
サニア達と同じ状態にしか見えない。
一体何がっ……。
背後に気配。咄嗟に振り向いて剣で受ける。
アイガーが背後から斬りかかって来たのを剣で受けた後、『重力』で押し潰…。
…されずに耐える。
「キサマノセイデワタシガコンナメニイイイイイイイイ」
ヴォイドは虚ろな目に怪しげな輝きを宿して向かってくる。
こいつは操られてないのか?
見た所、動きは生前とそう変わらない……が、はっきり言って今の俺の敵じゃない。
本来なら一番時間をかけて痛めつけてやりたいが、アイガーが先だ。
しばらく大人しくしていろ。
2、3打ち合った後、間合いに誘い込んで胴体に蹴りを入れた。
『重力』を乗せてやったので、ヴォイドの体が真ん中から危険な角度に折れ曲がって吹き飛ぶ。
飛んで行ったヴォイドは回転しながら近くの建物に突っ込んだ。
それを尻目にアイガーに向き直ると、奴は棒立ちで街に現れた巨大な影を眺めていた。
完全に隙だらけだ。誘っているのかとも思ったが奴は何やらぶつぶつと呟いているだけで俺に反応を示さない。
アイガーの一貫性のない行動に不気味な物を感じたが、野放しは危険すぎる。
不明な事が多いがここで仕留めさせてもらう。
俺は一気に開いている間合いを潰して首に向けて斬撃。
入ると思ったが、アイガーは視線を動かさないまま剣を掴んで止める。
掴まれた事には驚いたが、重力を乗せて押し切ろうと剣に魔力を流し込む。
剣を掴んだ腕が抵抗するように震えるが、体と視線はそのままだ。
俺は捻じ伏せるべく魔力を流し続ける。膠着はすぐに崩れ、斬撃の重量に屈して肩から腕が千切れた。
それでもアイガーは動かない。
何が起こったのか分からんがこのまま…。
そう思った瞬間だった。
――リック。防げ!
巨大な音が耳を殴りつける様に響き…何か巨大な鉄槌に殴られたかのように体が宙を舞っていた。
「…が…はっ」
地面を何度も転がった後、近くの建物に叩きつけられて止まった。
「…ぐ…」
何だ今のは?攻撃?どこから?
動揺で心が乱れるがすぐに立て直して、冷静に分析する。
今のはアイガーではない。方角から考えて、今も視界の端にチラつく巨大な悪魔が放った物だろう。
かなりの距離があるにも係わらずこの威力か。
次に俺の負傷具合。この体と鎧のお陰で大したことはないが、回復に少しかかるな。
最後に喰らう直前に頭に響いた声だ。かなり際どかったがお陰で防御が間に合った。
…アイガーはどうなった。
俺はアイガーに意識を戻す。
奴はそのまま突っ立っていたが、俺の方へ顔を向けると体が震え始める。
口は何か言いたげに開閉しているが言葉を紡ぐことはなかった。
腕が再生を始めると、それに応じるかのように体の方も変化を始める。
倒れ込むように四つん這いになり、体が変形を始め、形容しがたい音が響く。
肉体が四つ足の魔物の様に組み変わっていき、それに合わせるように顔も前に突き出すように長くなる。
変化を終えると、そこには完全に獣と化したアイガーが居た。
アイガーは獣の様に間隔の短い呼吸をして俺を睨むように見据えると、顔を上に持ち上げ高らかに吼えた。
それは鳴き声と言うよりは何か硬質な物を引っ掻いたような酷い音だ。
音に呼応するように空を覆っている黒い雲のような物が降りてきて光に纏わりつき始める。
雲は徐々に形を変えると人の形をした影のような物に姿を変えた。
…何だこいつらは?
例の光を核としている以上、サニア達と同じで動く死者なのだろうが…。
見ている間にも影は次々とその数を増やしていく。
気が付けば俺は完全に影に囲まれていた。
アイガーは目を爛々と目を輝かせるともう一度咆哮。
影が俺に群がるように向かって来た。




