881 「果報」
別視点
「エルフの都市――ユトナナリボの制圧が済んだみたいだね」
オラトリアムへ帰還し、自らの執務室で指揮を執っていた私――ファティマは連絡を受けたヴァレンティーナの報告を聞いてほっと胸を撫で下ろしました。 同じタイミングでこちらにも別の報告が入っていたので、尚更ですね。
「アイオーン教団の方も片付いたようですね。 残ったグリゴリの天使、シェムハザ、ラミエル、ペネムの三体も撃破。 ただ、問題が一つ発生しました」
「問題?」
「えぇ、聖剣アドナイ・ツァバオトが聖女の手に渡ったようですね」
それを聞いてヴァレンティーナは小さく目を見開きました。
「それは驚いた。 確か辺獄の中だったとはいえ、世界の反対側だろう? よくもまぁ、そんな所まで飛んで行った物だね」
その点は私も同意見でした。 何でも聖女の危機に都合よく現れて、グリゴリの天使を仕留める決定打になったとか。 流石に本人から聞き取った訳ではなく、エルマンからの又聞きなのでどこまで本当かは不明ですが、二本の聖剣を所持している事は間違いないようなので事実なのでしょうね。
「……これでアイオーン教団に聖剣が三本か。 今はいいけど、少し偏ってきている以上は将来的に何らかの対処が必要かもしれないね」
「今は問題ないので先に戦後の処理があります。 考えるのはその後ですね」
「……それもそうだね。 向こうも立て直しの時間が必要だろうし、基本的に大人しい組織だ。 警戒だけ怠らずに動向の監視だけで問題ないかな?」
ヴァレンティーナは苦笑して座っている椅子に背を預けました。
彼女の言う事ももっともではあります。 個人で聖剣を二本所持しているのはかなりの脅威でしょう。
可能であればもう少し細かく動きを把握しておきたいのですが、聖女ハイデヴューネに関してはエルマンも一切情報を漏らさない上、監視を近づけようにも私生活に近寄れる人間が極端に少ないので、人員を送り込むのも難しい。
外部に情報を漏らさない事を徹底しているようで、親友のルチャーノにすら話していない所を見てもそれが窺えます。
……そこまでして隠す理由は何でしょう?
全身鎧なので代理や影武者を立て易いと言った利点はありますが、それだけです。
聖女は教団の象徴。 顔を見せてアピールした方が注目などを集め易いので、私に言わせれば隠す意味合いは薄いと言わざるを得ません。
寧ろ、今まで顔も見せない状態でここまでの支持を得ている事の方が異常と言えるのかもしれませんね。
……聖剣の能力でしょうか?
定期的に聖剣を見せびらかしていると言った報告は上がっているので、何かしらの作用がある?
そんな可能性をあげましたが、考えてもあまり意味がありませんねと思考を放り投げました。
「さて、戦後処理の指示ですが――」
「そっちなら問題ないよ。 ユトナナリボの跡地は押さえて置く価値もないので放棄、例のグリゴリが居た神殿を含めて使えそうな物を回収したら引き上げの指示を出しているよ。 ……それにしてもディープ・ワンを使うなんて今回は随分と思い切ったね」
「……どちらかと言えば使わされたと言うのが正確ですね。 アレは本来、もっと先で使う予定でした」
ディープ・ワン。 かつて獣人国を襲った巨大怪魚。
リブリアム大陸の北端が手に入った事により、海が使用可能となったのでロートフェルト様に再生して頂いた個体です。
話を聞いた時から海上、海中で運用できる移動拠点として扱えると目を付けていました。
その為、稚魚からゆっくりと育てようと思っていましたが、そうも言っていられなかったので無理を言って成長と改造をお願いしました。
本来なら対クロノカイロス戦――要はグノーシス教団の本拠攻略で投入する予定の個体でした。
今回は必要だったとはいえ、あそこまで派手にやった以上はグノーシス教団に何らかの形で気付かれる可能性が高い。 そう言った意味でも予定を前倒しにされたので、グリゴリには不快感しかありません。
使わないで済ますと言う事も考えましたが、ポジドミット大陸で情報収集を行う為の中継拠点は必要だった事とグリゴリ相手に制空権を確保できる存在があれ以外に思いつかなかった事もあり、投入に踏み切りました。
「だろうね。 戦後処理が片付いたら戦力の拡充かな? この様子ならミドガルズオルムも鉱床から戦力に格上げした方がいいかもしれないね」
「その辺りは首途との摺り合わせ次第ですね」
「あぁ、そう言えば首途氏、随分と可愛がっているようだったね。 計上された餌代を見て、卒倒しそうになったよ。 上手く隠しているけど、ちょっと無視できない巨体になってるんだけど……」
「タイタン鋼の納品は滞っていませんね?」
「あぁ、そっちは問題ない。 ただ、恐らくだけど自由になる分は例の道楽に注ぎ込んでいるみたいだね」
ヴァレンティーナは苦笑して肩を竦める。
道楽。 首途が地下の研究所で巨大な何か――恐らく兵器の類を建造しているという話は聞かされていたので特に口を出す事はしません。
……というよりはできないのですが。
あの男はロートフェルト様のお気に入りなので、組織的には完全に治外法権を獲得しています。
その為、無理に従える事が出来ません。 ただ、首途自身は居候としての自覚はあるのか、しっかりと成果を収めて還元までしているので文句の付けようがないのです。
それにあの男の功績はオラトリアムにおいて非常に大きい。
グリゴリの襲撃を撥ね退けたのもあの男の道楽のお陰、息子であるヴェルテクスもそれに一役買っており、今回の戦闘ではバラキエルを撃破しています。
信賞必罰は組織を運営する上では絶対に必要です。 それにより他のモチベーションアップにも繋がるので無体な真似は絶対にしてはいけません。
ぐぬぬ。 それにしてもロートフェルト様に褒められて頼りにされて羨ましい妬ましい。
私も頑張っているのですが、こう、何かないのでしょうか?
偉いぞ!とか愛してる!とか――
「――何ですか?」
そんな事を考えていると視線を感じて振り返るとヴァレンティーナが何故か安らかな笑顔でこちらを見つめていました。
「今の姉上とても可愛いなって思って。 ――抱きしめてもいいかな?」
「メイヴィス辺りで我慢しなさい。 そんなくだらない事を言っている暇があったらもっと働きなさい」
私がそう言うとヴァレンティーナは苦笑して肩を竦める。
「はは、分かっているよ。 もう少ししたら確認と現場指揮に向こうに行くつもりだけど、捕虜に関してはどうすれば良いのかな?」
……あぁ、それがありましたね。
誤字報告いつもありがとうございます。




