871 「突動」
別視点。
絶対に許さない。 故郷にした事を後悔させた上で殺す。 必ず殺す。
恨みと殺意に支配されたブロスダンは目の前の仇――ローへと襲いかかる。
アザゼルと一体化した彼は通常時とは比較にならない程の戦闘能力を獲得。
肉体の操作は彼自身に一任されているが、周囲を浮遊している武具の操作や敵の能力分析などの支援はアザゼルが行う。 本来ならアザゼルが肉体の制御を行った方が良いのだが、それをやると聖剣に弾かれるので戦闘のサポートに徹する所までが限界だった。
それに加え、アザゼルが所持している魔剣から魔力供給を受けて居るので、聖剣アドナイ・ツァバオトもその力を完全に発揮する事が出来ている。
ローが睨んだ通り、安全に運用するに当たって内部の洗浄を済ませている魔剣はナヘマ・ネヘモスと同様に固有能力や自我の消失と引き換えに純粋な魔力源として利用されていた。
ブロスダンはただひたすらに憎い仇であるローへの殺意と怒りに任せて聖剣を振るう。
聖剣アドナイ・ツァバオトは使い手の意志に応え、輝きを放つと敵を仕留める為に最善の運命を手繰り寄せる。
――だが――
彼の攻撃はローには届かない。
刺突、斬撃、魔法を組み合わせたコンビネーション。 アザゼルによる浮遊する武具による攻撃。
その悉くを防がれていた。 彼の斬撃は全て空を切り、魔法や武具による攻撃は魔剣の生み出す障壁によって弾かれる。
同様にローの攻撃も防げてはいるが、かなり際どいと言わざるを得ない。
刃を分解し螺旋状に回転させる奇妙な形状をした魔剣の斬撃はブロスダンにとっては未知の物だったからだ。 それでも聖剣の能力で防御はできている。
そして彼にとっての最大の幸運は未だに魔剣と接触していない事だろう。
もしも僅かでもその皮膚に魔剣の表面に燃えている黒い怨念が触れれば彼は経験した事のない激痛に襲われていたからだ。
魔剣の攻撃を完全に防げているからこそ彼は攻撃に専念できている。
だが、彼の意志とは裏腹に攻撃は悲しい程に届かない。 同様にアザゼルの攻撃もまたローの防御を突破できないでいた。 手数、死角、物量、その三つを駆使しているのにもかかわらず一撃も通らない。
攻撃の全てを魔剣フォカロル・ルキフグスが生み出した障壁が無力化しているからだ。
信じられない程の強度に加え、破壊に成功したとしても攻撃した武具が弾き飛ばされるので一度使った武器は戻すまでの数秒間、使えなくされるのが厄介だった。
アザゼルは武具の分類で攻防の使用を分けている。 槍などの長物は攻撃に、剣などの比較的にではあるが小回りの利く物は防御に使用するようにしていた。
基本的にブロスダンはあまり守る必要はないが、今回に限っては話は別だ。
彼は仇を前にして我を失っているので、防御をあまり意識していない。
その為、万が一を考えて守る必要があると考えていた。 聖剣使いを失う事はこの戦いでの敗北を意味する。 何があっても死なせる訳にはいかないからだ。
憑依による一体化でアザゼルにはブロスダンの感情が手に取るように分かる。
何故何故何故と言った疑問に突き上げるような憤怒。 そして自分はこんなにも苦しいのに表情一つ変えず、故郷を滅ぼした事を心底からどうでもいいと言った調子で肯定した事も怒りを煽っていた。
何度目か分からない聖剣と魔剣の交差の後、若干だがローの動きが変化。
ブロスダンの攻撃を躱しながら蹴りを繰り出す。 ブロスダンは小さく下がって回避――しながら聖剣を盾にするように立てる。 同時に衝撃。 何だと聖剣に視線を向けると、ローの足の裏――踵の部分から杭のような物が飛び出しており、それが聖剣に当たったようだが何の問題もない。
即座にブロスダンは反撃に移ろうとしたが、ローの方が早い。
左腕を一閃。 ブロスダンは気付いていないがアザゼルは一度見ているので、攻撃の正体を看破。
浮遊している剣を操ってローの腕から伸びている不可視の攻撃を切断。 防いだ頃にはローは魔剣を真っ直ぐに突き込んで来る。
ブロスダンは応じるように聖剣で迎撃どころかカウンターを狙う。
螺旋を描いて回転する魔剣はその刃の形状を巨大な鋏のような物に変形させ、聖剣へと喰らいつく。
ローは聖剣を挟んだまま刃を強引に下に向けさせ、空いた左腕で掌底。 狙いは顔面。
ブロスダンも同様に拳を繰り出そうとしたが、ぞわりと嫌な予感に襲われて必死に体を横に逸らして回避行動。 その行動は正しく、接触する少し前にローの掌からドリルのような物が飛び出してブロスダンの頬を僅かに掠める。
あのまま行っていたら顔面に風穴が開いていたので、流石のブロスダンにもひやりとした物が背筋を伝う。 だが、この危機を乗り切り好機へと転じる事が出来た。
何故ならローは両手を使い、ブロスダンは片手が開いている。 この距離なら障壁も使い辛い。
行けるとローを睨みつけ――ようとして嫌な予感に襲われる。
そのローは相変わらずの無表情だったが、大きく息を吸い込んでいたからだ。
何か来ると感じ、咄嗟に腕で顔を庇う。 次の瞬間、ローの口から自然界には存在しないような色合いの液体が噴き出す。
彼の身に付けている防具は物理魔法両面で隙のない防御力を誇るが、腕に付けた手甲が液体に触れたと同時に溶けて行く。
ブロスダンは咄嗟に腕を振って手甲を排除。 嫌な臭いを放ちながら手甲は空中で溶けて原形を失っていた。
『――っ!?』
聖剣による警告。 ブロスダンはなりふり構わずに後ろに倒れ込み、転がるように回避。
その拍子に聖剣の拘束が解けるが一瞬前まで自分の頭があった場所を何かが通り過ぎた。
今度は何だと視線を向けるとローの口から百足のような形状の舌が飛び出して、ブロスダンへと喰らいつこうとしており、追撃するべく向かって来ていたがアザゼルの武具に切断される。
『この化け物め!』
ブロスダンは自らを鼓舞するように叫び、怯むまいと聖剣を振りかぶって突撃。
アザゼルもそれに合わせて援護に入る。 ローへと殺到する武器群は当然のように障壁に弾かれるが、アザゼルも馬鹿ではない。 防御を飽和させるべく分散して一気に叩き込む。
次々と弾き飛ばされる武具の群れを目晦ましにブロスダンはローへと斬りかかる。
振りかぶっているので首は狙わず、胴体を袈裟に両断するべく振り下ろす。
ローは魔剣で受けようとしたが、ブロスダンは内心で手応えを感じる。 こちらの方が早い。
聖剣はローの肩に食い込みその体を両断し――いや、何だこれは?
振り切ったブロスダンが抱いたのは仕留めたと言った確信ではなく、強い困惑だった。
身体を斬った感触がしなかったからだ。 聖剣の切れ味なら大抵の物は楽に両断出来はするが、手応えが全くないと言う事はあり得ない。
これはまるで空を切ったような――
ブロスダンが顔を上げると胴体から落ちずに浮いているローの上半分と目が合った。
誤字報告いつもありがとうございます。




