868 「釘付」
続き。
本拠が襲われた事による戦力の分割とディラン達による転移によって、グリゴリの天使はシェムハザ、ラミエル、ペネムの三体を残すのみとなり、戦力は半分以下となってしまった。
攻撃の密度は大幅に下がり、一方的な展開だった戦闘はいつの間にか対等かそれ以下の物となってしまう。
聖女はアリョーナと剣を交え、それを支援する形でラミエルが紫電を振りまくと言った前回と同じ組み合わせの戦闘となり、クリステラは残ったシェムハザとペネムの二体を相手にしているのだが――
――手強い。
ペネムはともかくシェムハザが厄介だった。
周囲に展開している杖から放たれる攻撃は時間差なしで着弾するので、杖の挙動に常に気を配る必要があり、攻撃に余り集中できない。 そして何より立ち回りが上手かった。 遠距離攻撃で間合いを一定に保ち、近づこうとすると城や味方が密集している地点に攻撃してクリステラに防がせ、その間に詰まった間合いを開く。 加えて、ペネムが懲りずに拘束を狙って来るので、回避をしなければならないのもまた厄介だった。
さっきまで相手にしていたアザゼルは武器を扱うだけあって直接当てるまでの時間があるので、比較的ではあるが回避が楽だったのだが、シェムハザの魔法は射線が彼女自身の読みと微妙にずれている事もあって何らかの仕掛けがあるのだろうと推察していた。
様々な手で距離を維持され、間合いを詰められない為、相性が悪くやり辛い。
だったらと聖女の方へと行こうとするが同様に他を狙って無視もさせずに釘づけにしてくるのだ。
クリステラは攻防を繰り返しながら敵――特にシェムハザの観察を続ける。
他に比べて明らかに戦闘能力が高い所を見ると上位の存在と言うのは分かるが、明らかにおかしな点がある。
その魔力の使い方だ。 絶え間なく攻撃を繰り出し続けているが、必要な魔力は何処から捻出しているのか? 見ていればあからさまに怪しいものがある。
胸に埋まっている黒い球だ。 付き方からして元々備わっていた物ではなく後から外付けした物だという事は彼女にも理解できた。
グリゴリのデザインからしても若干ではあるが浮いていたので、一目で何かあると言うのは薄々感じてはいたのだが……。
間違いなく魔力源と言う事は分かる。 ただ、どれだけ使わせれば使い物にならなくなるのかが良く分からなかった。 一体、あれは何だと言った思考もあるが――
――不意に彼女の腰にある魔剣がカタカタと揺れて、存在を主張する。
そこではっと気が付く。
「――あれはまさか魔剣?」
何らかの手段で魔剣を拘束し、魔力源として利用している?
そう考えるのなら色々と辻褄は合う。 魔剣を安全に運用する手段があるのなら欲しがることも頷けるからだ。 敵の魔力源に関しては察しがついたが、あまり意味のある情報ではなかった。
どうにか隙を作らなければと相手の動きを窺うが、シェムハザの攻撃を一瞬でも途切れさせないと斬り込むのは難しい。 聖剣でも防げはするが、その瞬間にペネムの拘束の餌食となるのが目に見えていたので回避に徹するしかないのだ。 ただ、戦闘開始時の様な絶望感はない。
粘るだけならいくらでも可能だろうが、勝ち筋が見えてこないのは歯痒い。
クリステラは一緒に戦っている聖女に視線を向ける。
聖女はアリョーナと剣を打ち合わせつつ無数の水銀の槍を生み出し、同様の手段で生み出された錫の球体を片端から撃ち落としていた。
聖女もクリステラが苦戦している事を察しては居たが、この布陣を突破する事が出来ない状態だ。
戦闘は完全に前回と全く同じ展開となり、膠着状態となっていた。
「よし、これなら行けるか」
戦況を俯瞰しているエルマンは絶望的な状況を脱した事で小さく胸を撫で下ろしたが、まだ予断を許さない。 首領格であるシェムハザの戦闘能力は極めて高く、クリステラが逃げに回っている状態なのも安心できない材料ではあった。
だが、この時点で勝ち筋は充分に見えている。
理由はシムシエルが転移させられた事だ。 クリステラに強引にでも隙を作れと言ったのは彼だ。
その指示の出所はファティマである以上、撤退した連中がある程度片付いたので余裕が出来たと言う事だろう。
つまり向こうに消えた連中は全滅したのかは不明だが、間違いなく戻ってこない。
非常に情けないとは理解しているが、このまま粘れば追加で敵を引き取ってくれる可能性が高いのだ。
個人的には早い所、クリステラを追い込んでいるシェムハザを是非とも連れて行って欲しい所だが、恐らく脅威度の問題で最後に回される可能性が高い。
ペネムもこれ以上、戦力を本拠に下げるような真似もしないだろうから残っている雑兵はアイオーン側で片付けなければならないだろう。
そちらに関しては今の所、順調と言える。 今回は最初からモンセラートの権能での強化と対天使を想定した武装、布陣で固めているので前回のような無様は晒さない。
ユルシュルの生き残りと異邦人達もしっかりと敵の数を減らしてくれている。
エルマンの視線の先では葛西と北間が背中合わせで天使の群と戦っているのが良く見えた。
この調子でなら大型天使さえいなければ全滅させる事も難しくはないだろう。
――ただ、それとは別で不安もあった。
モンセラートだ。 本人は上手く隠しているつもりのようだが明らかに体調が良くなかった。
健康状態に異常はない。 彼自身が軽く診察して念の為にと治癒魔法もかけたからだ。
本人は楽になったと言ってはいたが、顔色の悪さは隠せるような域を超えていた。
恐らくだが魔法で癒す事の出来ない何かなのだろうと当たりは付けており、その原因も分かっている。 分かってはいるのだ。
彼女を蝕んでいる物は間違いなく権能だろう。 あれは魔法とは似て非なる物だ。
原理的な部分では同じなのだろうが、魔力とは別の何かを消耗するのだろうとエルマンも理解はしていた。 だが、彼女抜きでこの戦いに臨むと言う選択肢はない。
権能の強化はそこらの魔法道具や強化魔法の比ではなく、戦闘能力が低い聖騎士や騎士達が天使と対等以上に戦えているのはモンセラートの存在が大きいからだ。
聖女は何とも言えないがクリステラは何となくだが気付き始めていたのは知っていた。
口の中に嫌な味が広がっていくのを感じる。
幾度となく味わった自己嫌悪の味だ。 年端もいかない娘の命を浪費して生き残る。
俺はクソのような人間だと思いつつも、エルマンは必要になれば何度でもモンセラートを酷使するだろう。 彼女はクリステラをダシにすれば二つ返事で頷き、命を削って権能を使うのだろうと言う事は分かっているのだ。 それだけ彼女達の絆は深い。
そしてそうする事でしか犠牲を減らせない以上、躊躇う理由はない。 彼は合理的に決断をする。
楽しそうに振舞うモンセラートの姿が脳裏にチラつくが、努めて気にしない。
聖女に言う必要はない。 何故なら知る必要のない事だからだ。
――だが、願わくばモンセラートが力を振るう戦いは今回で最後に――
「は、何を都合のいい事を考えているんだ俺は」
自嘲気味にエルマンは己を嗤い、戦場に意識を戻す。
この様子だと他はともかく聖女とクリステラはしばらく膠着状態になるだろうなと考えていたが――
「――何?」
不意に驚きの声を漏らす。 何故なら戦場で彼の予想外の出来事が発生したからだ。
誤字報告いつもありがとうございます。




