864 「打算」
続き。
北の方で衝撃音。
それを聞いたアスピザルはあっちでも始まったかなと考え、目の前のバササエルに意識を戻す。
作戦は驚く程に順調に進んでいた。 アイオーン教団とグリゴリの衝突を待っての襲撃。
ディープ・ワンによる制空権の確保にアクィエルの霧による弱体化と奇襲。
防衛戦力であるシャリエルとガドリエルの排除、現在はエルフやハイ・エルフの処理を行っているが流石に規模の大きな都市なので完了はしていないが、オラトリアムから増援の引き入れも進んでいる。
それによりアイオーン教団と交戦に入ったグリゴリは戦力を戻さざるを得ず、幹部クラスの約半数が帰還。
戻って来たのは聖剣使いであるブロスダンと、大型天使のアザゼル、バラキエル、バササエルの三体。
バラキエルはヴェルテクスが相手をし、目当てのバササエルが戻って来たので予定通りにアスピザルが相手をする事となった。
正直、来ないなら来ないで他の個体を相手にしても良かったのだが、バササエルは一度戦った事もあり、手の内もある程度見ていたので一番やり易いと判断したからだ。
建前上はバササエルへの意趣返しと言う事であったが、実はアスピザルにとってはグリゴリの存在はどうでも良かった。
――にもかかわらず、今回の戦いに積極的に参加したのは彼なりの思惑が存在する。
ダーザインは食堂や雑貨店でオラトリアム内でもそれなり以上の地位を築いてはいるが、ベレンガリアやエゼルベルトと言った新参者が次々と参加している中、このまま状況を放置するのはあまり良くないと考えていた。
オラトリアムは成果を出し続ける者には寛容。 その点はアスピザルも理解していたが、徐々に勢力を拡大し続ける中での停滞は危険だ。
こんな調子であちこちの勢力を滅ぼして回っている以上、そろそろグノーシス辺りと本気で事を構える事になるのは目に見えている。
グノーシス教団はアスピザルにとっても敵なので戦う事に関しては否やはない。 だが、全てを滅ぼした後はどうなる? 世界の滅びに対する対処? それとも世界征服にでも乗り出す?
少なくともこの戦いは大きな分岐点だ。 これを境にオラトリアムは組織と言う枠から完全に逸脱し、国家やそれに類する巨大な存在へと変貌していくだろう。
アスピザルは自分が完全に信用されていない事は理解している。 この先、オラトリアムが世界に対し何を行い、その結果に何が起こるのかは分からない。
だから、いつか来るその日の為にオラトリアムでの発言権を可能な限り上げておきたいのだ。
夜ノ森や石切を筆頭に部下の命を預かっている以上、多少危険でもやるべきだろうと彼は決めていた。
実際、手っ取り早く発言権を上げるには分かり易い活躍をするのがいい。 特にこういった大規模な戦闘は機会が少なく、今回のように明確な勝算が存在する戦いなら尚更だ。
オラトリアムは成果を出し続ければうるさく言わないが、裏を返せば価値がなくなれば容赦なく切り捨てる事ぐらいは簡単に行うだろう。 特にローの支配下にない者はその辺りのハードルが若干ではあるが低いと思われるので、こう言った機会は可能な限り活かす事にしていた。
当然ながらアスピザルは馬鹿ではない。 無謀な戦いはせずに充分に仕留められる算段は整っていた。
勝つ為に必要な戦力も借りているので何の問題もない。
――さて、想像通りならこれで行けると思うけど――
バササエルに関しては時間があったので能力に関しては散々考察を重ねて対処法にも当たりは付けていた。
影が這うように追いかけて来るが、その全てが見る見るうちに勢いを失い消滅。
「まぁ、影って考えるとどうした物かなとは思うけど本質的には魔力で作られただけの代物なんだよね」
アクィエルの霧で都市は覆われておりグリゴリの力は減衰、勢いを落とした影はケイティの権能の前には無力で、彼女の生み出した赤黒い沼は影を呑み込んで消滅させる。
バササエルの影は接触した魔法を吸収し、物体の動きを封じる特性を備えていたが、万能ではない。
根拠は首途が放ったあの巨大な火柱だ。 つまり、効果を発揮するのは影が持つ魔力――干渉力と言い替えてもいいそれ以下の物や魔法に限る。
単純に影より強い魔法をぶつければ吸収できずに貫通し、影の拘束力を上回る腕力を発揮すれば引き千切れると言う訳だ。
その予想は正しく、バササエルの影はケイティの権能以上の力を発揮できずに似た特性を備えた彼女の生み出した沼に抗えずに呑み込まれると言った結果になった。
「取りあえず喰らっとけ!」
瓢箪山がギターを掻き鳴らし、音の塊をバササエルに飛ばす。
影の障壁に防がれるが、その表面が水面のように弾ける。 前回とは違う反応を見てアスピザルは確信を深めた。 明らかに威力を殺しきれていないからだ。
バササエルの挙動もおかしくなっている。 当然だろう、グアダルーペの権能が効いているので消耗が激しくなっているからだ。
グリゴリにとって魔力の管理は生死に直結するので、余計な消耗は可能な限り避ける必要がある。
その魔力を余計に消耗させられているのだ。
焦るかどうかはともかく、多少の動揺は誘えたかなとアスピザルは土で作った槍を降らせながら味方を連れて移動。 アスピザル達の攻撃も通っていないが、そこは想定内だ。
牽制にさえなればいい。 瓢箪山が後退しつつギターで音の塊を放ち、夜ノ森が転移魔石で呼び出した量産型ザ・コアⅡを構えて射撃。
瓢箪山の攻撃は障壁を削る事しかできないが夜ノ森の攻撃はしっかりと貫通している。 だが、二層に重ねた障壁を突破するには至らないので決め手にはなり得ない。
「やっぱりまともに攻撃を通すのは難しそうね」
「それはいいよ。 これは織り込み済みだし、本命さえ通れば問題はないからね」
魔石で事前に指定したポイントに仕込みの依頼をしたゴブリンの工兵達から準備が完了したと連絡が入ったので、後退しつつそこに敵を誘導する。
バササエルは影を操る以外の攻撃手段がないのか、執拗に影を繰り出してくるが、その悉くがケイティによって無効化。 防いだタイミングで夜ノ森と瓢箪山が遠距離攻撃を繰り出し、グアダルーペが権能で削る。
グリゴリ相手に接近戦は危険なので夜ノ森は転移魔石をいくつも持ってきており、それを用いて大量の量産型ザ・コアⅡをいくつも入れ替えて使っている。
場所はユトナナリボの東の外れだ。 彼自身が事前に確認しているので間違いないだろう。
ただ、今の自分にまともに扱えるのかと言った不安はあるが――
「――どうにかなると思いたいなぁ……」
見えて来た誘導地点が視界に入り、アスピザルはそう呟いた。
誤字報告いつもありがとうございます。




